第二十六章 魔王の血脈 -2-
「空を飛ぶ馬とは珍しいじゃねえか。おれさまの相手に相応しいぜ!」
暑苦しい登場だ。
マジャガリー最強の男の対応は、精神的にちょっと疲れる。
「あの小男をやる前に、格子柄、お前を討ち取って悔しがらせてやる。さあ来い!」
「アラナン・ドゥリスコルですよ。そんな変な呼ばれ方はちょっと」
「言いにくい! フェスト優勝者が細かいことを気にするな。おれさまも出ようと思っていたんだが、シュヴァルツェンベルク伯が出るってんで止められたんだ。その鬱憤、お前で晴らさせてもらうぜ!」
ファルカシュ・ヴァラージュの声とともに、飛竜が火を吐いてくる。
ぼくの紅焔ほど高熱ではないが、食らえば火だるまだ。
「とっととやっつけるですよ!」
飛竜の火炎をアンヴァルが華麗に避ける。
機動性はアンヴァルのが上だ。
相手の左側に回り込み、フラガラッハを振るう。
だが、かざされた盾が斬撃を防いだ。
「魔力で盾を強化するとは。フラガラッハで斬れないとは驚きですね」
「そんな舐めた攻撃でおれさまがやられるか! この槍でも食らえ!」
ヴァラージュの振るう槍も魔力で強化されている。
ぼくの障壁程度では、そう持ちはしない。
だが、いまのぼくなら、ヴァラージュの攻撃の兆しを見てとることはそう難しくなかった。
剣で突きを逸らすことくらいは容易である。
しかし、彼の盾捌きは異様に巧みだった。
フェイントも連撃も通用せず、全て盾で防がれてしまう。
クリングヴァル先生が手こずったのもわかるな。
「苛烈に攻めるタイプと思いきや、守り主体ですか。意外と度胸がないんですね」
「ははは! 攻撃は守りから生まれるんだよ、坊主!」
でも、ウルクパルの円環の拳よりは突破口がある。
盾は一方向にしか向かないからな。
「じゃあ、こういうのはどうです」
神槍を出し、空中に浮遊させる。
攻め手を二つにすれば、一方しか盾では防げまい。
「小賢しいな!」
前から剣で斬りつけると、ヴァラージュは盾で防ぐ。
その隙を後背から槍で突く。
だが、意に反して神槍が金属音とともに弾き返された。
攻撃に合わせて、鎧を魔力で部分的に強化しやがったのか。
器用なことをしてくれる。
「ぬるい攻めだなあ、優勝者! ヘルヴェティアのフェストはその程度で勝ち抜けるのかあ!」
哄笑するヴァラージュ。
だが、それはぼくの気を惹き付ける罠だ。
後ろから迫る飛竜騎士に、気付かないと思っているのか。
後方からの突進をアンヴァルがひらりとかわし、通りすぎるところをフラガラッハの一閃で首を刎ねる。
主を失った飛竜が混乱するところに、神槍で頭をぶち抜いた。
並みの飛竜騎士なら、神器の一撃は防げない。
耐えるファルカシュ・ヴァラージュの方が異常なのだ。
「──可愛くねえな。後ろにも目がついていやがるか」
「集団戦は苦手じゃないんですよ。部下を無駄に死なせるだけだと思いますが」
「やはり、スヴェン・クリングヴァルの弟子も化物かよ。おれさまが出張ってきて正解だぜ」
「正解じゃないかもしれませんよ、ファルカシュ・ヴァラージュ。ウルクパルを討ったのは、クリングヴァル先生じゃなく、ぼくですから」
だいたいヴァラージュの戦法は飲み込めた。
後は、あの防御を噛み破るだけだ。
「なに……お前があのアセナ・ウルクパルを倒しただと? まさか、虚喝も大概にしろ」
初めて、ヴァラージュに動揺が走る。
クリングヴァル先生相手に逃げた彼が出てきたのは、ぼくなら勝てると思っていたからだろう。
だが、ウルクパルがぼくに殺されたとなると、その計算も一から崩れるわけだ。
「お前を倒す方法は二つ考えたが、折角だから新しい方法を試してやるよ」
口調を変え、フラガラッハを突きつけると、ヴァラージュの顔が一気に紅潮する。
わかりやすい挑発に引っ掛かったか。
飛竜が火を吐きながら、槍を構えたヴァラージュとともに突進してくる。
飛竜と騎士との連携。
飛竜騎士の必勝のパターンなのだろう。
「アンヴァル!」
「馬使いが荒い野郎ですよ!」
光の翼をなびかせながら、アンヴァルがヴァラージュの上に回り込む。
ぼくはひらりとアンヴァルから飛び降りると、方向転換しようとしているヴァラージュ目掛け、剣を突き出した。
剣身に神力が螺旋を描き、渦巻く。
右手の紋様が輝くと、その神力が真紅に染まった。
紅焔の破壊者とでも言うべきか。
神炎渦巻く刺突が、ヴァラージュの盾に突き刺さる。
盾は紅焔を受け融解し、突き抜けたフラガラッハが甲冑を貫き、胸に刺さった。
「終わりだよ、ヴァラージュ将軍。貴方がフェストに出ていたら、一回戦を勝てるかどうかだったろうな」
「ぐはっ……とんでもない小僧だぜ……。おれさまの盾を、力ずくで破壊するかあ? くくく……優勝者の名は、伊達じゃねえってか」
ヴァラージュが面頬を上げてぼくを睨む。
その口が、楽しそうに吊り上がった。
「さよなら、ファルカシュ・ヴァラージュ」
突き刺さった刃から、紅蓮の炎が吹き上がる。
甲冑の中から灼かれ、ヴァラージュ将軍はあっという間に黒焦げになった。
しかし、これだけ至近で発火すると、幾ら障壁があってもぼくも熱いな。
威力は絶大だが、この技の多用は避けたいところだ。
ヴァラージュの甲冑が地面に落ちていく。
主を失った飛竜が叫び声をあげて突っ込んでくるが、フラガラッハの一撃で首を落とす。
太陽神の翼を羽ばたかせて、そのまま恐慌に駆られている飛竜騎士二騎を斬り捨てると、アンヴァルが隣に下降してきた。
「最後は一人でやるとは勝手な野郎ですよ。今日はアンヴァルと一緒じゃなかったですか?」
「いやー、流石にアンヴァルもあの炎を至近で受けたらまずいかと思ってさ」
「太陽神の眷属に神炎が効くわけがないですよ。全く、これだからアラナンは駄目なんです」
放っといてくれ!
さて、気を取り直して、残りの騎馬隊を探す。
あら、四散して逃げ始めているな。
太陽神の翼を全開で飛ばせば一掃できそうだが、まあいいか。
とりあえず戦果は十分だろう。
ファリニシュとノートゥーン伯に、ファルカシュ・ヴァラージュを討ち取ったことだけ伝えておこう。
クリングヴァル先生には言わない。
面倒なことになりそうだからな!
(ファリニシュか。アラナンだ。こっちにヴァラージュ将軍が現れたんで、仕留めておいた。飛竜騎士三騎と、騎馬も三十騎くらいは討ち取ったかな)
(よござんす。わっちの方はまだ追い付いておりんせん。飛竜騎士が出ればわっちが対処いたしん──あっ)
不意にファリニシュの念話が途切れた。




