第二十六章 魔王の血脈 -1-
一日分先行したマジャガリーの騎馬隊に追い付くのは、アンヴァルの足を以てすれば雑作もないことである。
北西に進む主街道はノートゥーン伯たちが向かったため、ぼくは北の山脈の西端を北上し、しかるのち西に向かうルートを取った。
「この道を行ったのは、五十騎程度の数しかいやがらないですよ」
アンヴァルが足跡から敵の数を推測する。
普段は食費が高くて駄目な子だが、能力もそれ以上に高い。
でも、この程度もわからないの風の視線を向けられるとちょっと悔しい。
「半日ほど前に北上していやがりますが、早足の足跡ですよ。一時間も走ればアンヴァルなら追い付くです」
「頼むよ」
風を切ってアンヴァルが走り出す。
神馬の追跡を振り切れる騎馬隊は、まずいないだろう。
この五十騎にケルテース・ラースローがいる可能性は低いが、ボーメンの領内でマジャガリーの軍にあまり好き勝手させるわけにもいくまい。
ウルクパルとの戦闘で身に付けた力を試す場にでもさせてもらおう。
右手に山岳が続く街道を北上すること一時間。
農村を抜けて原野を疾駆していると、次第に前方に砂塵が見えてくる。
どうやら追い付いたようだ。
「よし、アンヴァル、一発でかいのぶちかますから、混乱したところに突っ込んでくれよ」
今回は騎乗戦闘をやるつもりだ。
だから、遠距離での魔法使用は初撃だけにするつもりである。
何を撃つのかといえば、あれだ。
折角新しい加護を得たのだから、どんなものか見てみたいだろう。
という訳で、右手を前に出し、左手で右手首を抑える。
初めて使うので、ちょっと精神集中がいる。
集中の焦点にしやすくしたのだ。
右手首の紋様が、赤く輝きを放ち始める。
いつも額の神の眼に虚空との門ができるが、今回はこの紋様に接続するのがわかる。
神聖術を発動。
膨れ上がる灼熱の神力。
「紅焔!」
その瞬間、指向性を与えられた膨大なエネルギーが前方に向けて放射される。
紅蓮の業火が前を行く騎馬隊を飲み込み、真紅の奔流が彼らを焼き尽くした。
予想以上の高熱とエネルギー。
クリングヴァル先生が竜化したときに吐く竜炎に匹敵するな。
「やつだ!」
「格子柄が出た!」
生き延びた敵は、半分くらいか。
二十余騎は馬ごと黒焦げとなって路上に倒れている。
まとった甲冑も高温で半ば溶けているようだな。
聖爆炎と違って爆風や衝撃力はないが、致死率はこっちのが遥かに高そうだ。
「突喊!」
それでも、生き延びた騎士が、槍を揃えて突進してくる。
連中の武勇の力量は、帝国騎士の平均よりは高そうだ。
重い騎士槍の一撃を食らえば、金属鎧を身に付けてないぼくなど容易く内臓に傷を負い、絶命するだろう。
──もう一撃紅焔ぶちかませば一掃できそうだけれど、これ範囲を大きくしようとするとそれなりに時間が掛かる。
ま、今回は別な方法でいこう。
面頬を下ろした騎士の表情はわからない。
だが、向けられた槍の穂先には、強い殺気が籠っている。
剣で斬り払ってもいいが、今回はアセナの拳を試させてもらうよ。
伸びる穂先。
右手に螺旋の神力をまとい、弾き出す。
すれ違い様、がら空きの脇腹に一撃。
崩れる騎士には目をくれず、そのまま駆け抜ける。
次の刃先が迫る。
腕を回して槍を絡めとると、強く引いて態勢を崩す。
兜に掌打を入れれば、神力が徹って意識を失い、馬から振り落とされていく。
「馬上で接近戦をやるとは狂っていやがるです。槍か、せめて剣を使いやがれです」
「確かに馬上だと大地の力を利用できないんだよね。神力を強引に叩き込んでいるけれど、攻撃の技術の練習にはならないなあ。ま、防御の技術の練習にはなるけれど」
「間合いが近すぎるです。アンヴァルじゃなきゃ、とっくに馬がやられているです」
文句を言いながらも、アンヴァルは敵騎馬の突撃をうまくかわして最適の位置取りですれ違う。
お陰で包囲されることなく順当に敵を減らすことができる。
だが、数騎馬から叩き落としたところで、敵の動きが変わってきた。
遠巻きに囲むように動き、突っ込んでこなくなったのだ。
こっちは遠距離攻撃の手段はいくらでもあるからいいんだが、どういう意図だろうか。
「さっき、あいつが空に鏑矢を上げていたですよ。何かの合図です。アンヴァルの予想では──」
「飛竜騎士かな。まさか、ファルカシュ・ヴァラージュ自らは来ないだろうが──」
言い終わらないうちに、高速で飛来する大きな魔力が感知内に引っ掛かってくる。
飛竜騎士で間違いない。
「幸い、ヴァラージュ将軍ではなさそうだな」
「来たら討ち取ればいいだけですよ。そんなこと言っていたら、全部クリングヴァルに持っていかれるですよ!」
「いや、別に先生と競争してないからね!」
クリングヴァル先生と敵将討ち取りを競っているわけではない。
出会えば戦うが、出会わなければ探し出そうとは思わない。
面倒じゃないか。
「行くですよ、アラナン! あれ相手には素手ではやらないですよね?」
「そこまで驕っていないよ。飛竜の障壁は人間より堅い」
フラガラッハを抜き、接近する飛竜騎士を見上げる。
「太陽神の翼を使うですよ。アラナンがいれば、こっちでも使えるです!」
アンヴァルの四本の足から光の翼が現れ、浮遊感とともに空へと駆け上がった。
いきなり使われるとびっくりするんだが!
太陽神の眷属だから、ぼくの加護を使えるのか?
おっと、余計なことを考えている場合じゃないな。
神槍を投じ、飛竜を牽制する。
回避してスピードが鈍ったところに、フラガラッハを一閃。
すぱりと飛竜の首が落ちる。
障壁をものともしない斬れ味。
やはり、攻撃力ではフラガラッハが図抜けているな。
態勢を崩した騎士がぶんぶんと槍を振り回すが、神銃を撃ち込むと墜落していく。
飛竜騎士でも、あの程度ではウルクパルの足下にも及ばない。
「まだ来るですよ!」
アンヴァルの叫びの前に、ぼくだって感知している。
三騎の大きな魔力の気配。
そのうちひとつは、特に大きな魔力だ。
「おい、アンヴァル。本当にファルカシュ・ヴァラージュが来たじゃないか。どうしてくれる」
「やっちまうですよ!」
この大喰らいめ。
たくさん食べるだけあってビッグマウスだぜ。
「ま、クリングヴァル先生が仕留めきれなかった実力、試させてもらおうかな」
また無茶してと怒られそうだが、仕方ない。
向こうからやって来るんだから!




