第二十五章 無音の暗殺者 -4-
ひひひ。
ウルクパルの嘲笑が響き渡った。
このウルクパルの手から、二度も逃れられると思っているのですね。
何と頭の悪い小僧でしょう。
これは教育が必要ですね──ええ、教えてさしあげなければ!
自分の神が、大した力も持たない木っ端に過ぎないことを!
ぼくは、ウルクパルの無駄口には付き合わず、さっさと虚空の門を開けることにする。
残りの魔力は少ないので、圧縮を強めて効果をできるだけ高めたい。
魔力が少ないので、全魔力を圧縮するには却ってやりやすい。
限界ぎりぎりまで小さくすると、一気に虚空の門を開く。
額の神の眼が解放され、そこから神力が溢れてきた。
そして、クリングヴァル先生の言っていたことが理解できる。
体内に残る魔力が、神力を操る妨げとなる。
そのアセナの秘奥が、ぼくの神の眼の感知力を更に高めた。
圧縮で限界を超えることはできなかったが、この神力の操作だけで圧倒的に以前より戦いやすいな。
そして、朧気にウルクパルの気配がわかる。
そこに神の眼を集中すると、ぼやけてはいるがウルクパルの姿が見えた。
なるほど、ちょっと離れているが、この距離なら一足で届くぜ。
身を屈め、一気に長い距離を跳ぶ。
突き出す右手に神力を集め、一撃で勝負を決めに行く。
不意打ちでの奇襲ではあるが、姿を消す暗殺者相手だ。
それくらい問題ないよね。
まさか、ぼくが位置を掴んで攻撃をしてくるとは思っていなかったのか、ウルクパルの反応が僅かに遅れた。
その反応の遅れは、アセナの拳士相手には致命的だ。
右拳がウルクパルの胸を捉え──そして吹き飛ばした。
だが──。
「くっ、浅いか」
神力がウルクパルの体に徹っていない。
障壁で防がれたような手応えだ。
やっぱり、少ない魔力で神力を呼び出した弊害が出ている。
門から取り出せた神力も少ないのだ。
「貴様……」
路上に倒れたウルクパルが、胸を押さえて立ち上がってくる。
やはり、それほど大きなダメージはなさそうだ。
「わたしが見えていましたね。どういうことです。それも勘だとでも言う気ですか?」
「勘だよ?」
「むかつくガキですね!」
知らんがな。
それより、打開策を考えないと。
見えていると言っても、前回の戦闘でウルクパルは姿を隠していなかった。
それでも、ぼくは彼に圧倒されたのだ。
センガンのときと違い、負けたのはパワーではない。
拳の技術だ。
まずは、教わった通り、ウルクパルの動きを予測するところからやってみるか。
神の眼の感知力が上がっているせいか、ウルクパルの神力の流れは何となくだがわかる。
彼は怒りに任せて直線的に突っ込んでくる。
円環の拳ではなく、アセナの竜爪掌だ。
クリングヴァル先生に教わった螺旋で突きを外側に弾き、懐を取る!
そう目論んだ瞬間、接触した左腕が絡め取られ、ぐいと引かれる。
まずい、これは左の尖火が来る。
咄嗟に前転し、ウルクパルの肘から逃れて距離を取る。
おっと、右肩にかすったか。
服が切り裂かれ、血が滲んでいた。
やつの肘は、刃物か!
「わかっていると思いますが、鍛え上げたアセナの拳士の腕は武器と同じです。ましてやわたしには加護がある。貴様のような雑魚神の使徒程度、喰らって糧として差し上げますよ」
振り向いたウルクパルは、唇を舐めるとにやりと嗤った。
くそ、余裕だな。
予想通り、やつの手技は厄介だ。
絡めとる技術が異様に高い。
だが、神力の流れで少しは予測できる。
そうじゃなかったら、いまの尖火でやられていた。
さて、まずは簡単には絡めとられないよう、パワーを上げるか。
簡単な話だ。
いや、やるには難しいのだが。
循環する神力を圧縮し、反発から流す速度を向上させる。
そう、魔力の身体強化でもやっていたことだ。
神力だと操作が難しいから、やっても失敗する確率が高かった。
でも、今なら──できそうだ。
再びウルクパルが雷衝で飛び込んでくる。
やつがこうやって真っ正直に突き込んでくるのは、ぼくが防御で払おうとしたときに腕を絡めとろうとしているのだ。
だが、今度は引き込まれないぞ。
圧縮した神力で身体強化をかける。
魔力がない状態だと、神力の操作は魔力の操作とそんなに差がなく行える。
これって、加速の操作に悩んでいたノートゥーン伯にまず教えてあげるべき情報じゃないか。
──と、そんなこと考えている場合じゃない。
雷衝を左螺旋で弾き出す。
そのとき、ウルクパルの右腕がぼくの左手を掴み取ろうとするが、今度はパワー負けせず振り切った。
そのまま左肘の尖火に行こうとして、左足が捻れないのに気付く。
いつの間にか、ウルクパルの右足が、ぼくの左足の内側に差し込まれている。
ならば、右足を一歩踏み込み、右肘の尖火を──。
行こうとする前にウルクパルの左掌が滑り込んでくる。
右肘でその掌打を叩き落とし、そのまま腕を伸ばして竜爪掌で反撃。
ウルクパルは円を描いてぼくの右腕の外側に回り込み、腕を取ろうとしてきた。
此処で円環の拳か。
直線的なアセナの拳は、強力な反面打ち終わりに僅かな隙ができる。
連打を繋げれば反撃は防げるが、こういう横への動きには弱点もある。
咄嗟に太陽神の翼の最高速で逆側に跳び、態勢を立て直した。
逃がしたと悟ったか、ウルクパルが舌打ちをする。
「ちっ、前回より勘がいいじゃないですか。わたしの動きを読もうとしているのですか?」
「へっ、一度戦った相手なら、それくらい簡単だぜ」
実際のところ、神力の流れで動きを読もうとしても読みきれない。
今日一日でそんなに上達するもんじゃない。
でも、神の眼のお陰で勘にも補正がかかっている気がする。
だから、まだ戦える。
いまの攻防のときに、ひとつ罠を仕掛けておいた。
ウルクパルは、足下の地面を見て、莫迦にしたように鼻を鳴らす。
「こんな子供騙しの魔力隠蔽で、わたしが引っ掛かると思っているのですか、アラナン・ドゥリスコル」
忌々しげに、ウルクパルが足下に描かれた魔法陣を踏みつけて破壊する。
神力で魔法陣の機能を止めて、込められた魔力ごと吹き飛ばしたのだろう。
だが、それは狙い通り。
踏まなければいいものを、ウルクパルはぼくを舐めているから引っ掛かった。
その罠は二重構造だ。
真の魔法陣はその下で、上の魔法陣が破壊されると発動する。
ウルクパルの足下から、爆音が轟いた。




