第二十四章 イ・ラプセルの騎馬隊 -9-
飛竜騎兵隊とクリングヴァル先生の戦いが始まった。
ということは、ケルテース・ラースローの騎馬隊の手が空いてしまったということだ。
クリングヴァル先生に集中していた矢が、こっちに飛んでくるようになった。
いや、回避はできるけれど、こう矢の数が多いと全部を捌くのは結構きついね。
それに、ぼくが上空にいるせいで、槍騎兵がノートゥーン伯たちの方に向かっちゃったじゃないか。
まずい、阻止しないと!
そう思ったときには、先頭を駆ける数騎がいきなり凍り付き、粉々に砕け散っていた。
ファリニシュか。
槍騎兵の前に回り込んで、進路を妨害している。
槍騎兵はファリニシュを突破してノートゥーン伯たちの方に向かおうとするが、間合いに入った者はみな氷の彫像となってしまう。
有無を言わさぬ氷結化に、さしも勇猛なマジャガリーの精兵も腰が引けているようだ。
「アラナン! ケルテース・ラースローを抑えろ!」
クリングヴァル先生が無茶を言う。
そもそも、わかりやすく出てきたファルカシュ・ヴァラージュと違って、ケルテース・ラースローは兵に埋没していて位置が掴めない。
小部隊単位で指揮している隊長格はわかるが、その隊長格に指示を出している者がいない。
上から見ていてこれなんだから、平面で戦っていたらさっぱりだろう。
(アラナン、地図を寄越せ)
ノートゥーン伯から念話が入る。
矢を避けるので忙しいが、地図化に敵の布陣状況を付けたものを送ってやる。
すると、暫くして指示が飛んできた。
(アラナンに弓騎兵が、イリヤに槍騎兵が流れている状況だ。ケルテース・ラースローが指示を出しているとしたら、両方の戦況を把握できる位置でなければならん。恐らく、両部隊の間、この位置にラースロー将軍はいる。その近辺を攻撃しろ)
どうしてぼくの回りには、無茶を言う人が多いのだろう。
四方八方から矢を射込まれて、回避に専念せざるを得ない状況に追い込まれているのに!
まあ、瞬間的に速度を上げれば、この弓騎兵の追走も振り切れるけれどさ。
太陽神の翼の出力を上げ、瞬間的にぼくを追う弓騎兵たちの射程から離脱。
他の部隊に見つかる前に、ノートゥーン伯に指示されたポイントに急行する。
そこで、聖爆炎を叩き込もうと手を翳したとき、背筋を嫌な予感が貫いた。
咄嗟に反射魔法陣を展開。
すると、目の前で魔法陣に何かがぶつかって弾けた。
「魔力をまとった弾丸だと? でも、こんな魔力隠蔽のレベルが高いやつなんて、心当たりが一人くらいしか──」
神の眼を誤魔化す隠蔽能力の持ち主なんて、あいつくらいだ。
闇黒の聖典のアセナ・ウルクパル。
戦闘能力は不明だけれど、あのセンガンが一目置いているように見えた。
ただ者ではないはずだ。
油断なく周囲の気配を探るが、相変わらず感知はできない。
下の騎兵たちが散開していくのを見逃すのも無念ではあるが、迂闊に追うとウルクパルに迎撃される。
と、またぼくの背中の毛が逆立つような感覚が走る。
これが来た瞬間、太陽神の翼を全開にする。
さっきまでいた空間を貫く見えない弾丸。
撃ってきた方角は、あっちか。
正確な場所はわからないが──。
聖爆炎を同時に十個も撃ち込んでやれば、何らかの反応があるんじゃないか。
爆炎が投下されると同時に、黒煙の中から強大な魔力反応が現れる。
静音のウルクパル。
闇黒の聖典随一の暗殺者。
予想通り、その基礎魔法の練度は桁外れだ。
そうでなければ、これほどの魔力隠蔽はできまい。
「わが無音の銃弾を二度もかわすとは、思ったよりもやるようですね、アラナン・ドゥリスコル」
「危険に対する勘は、昔から鋭いんだよ。あんたの攻撃も、何となくわかるんだ。何故かはわからないけれどね」
ここにいた部隊はばらばらに散っていってしまった。
誰がケルテース・ラースローだったかは、わからず仕舞いだ。
なかなか嫌らしい用兵をするやつだな。
ウルクパルが控えていたところを見ると、確かにラースロー将軍はここにいたのだろうが──。
いまは、追っている余裕がない。
ファリニシュとノートゥーン伯に託すしかないな。
(静音と接敵。ラースロー将軍は取り逃がした)
二人に念話で報告だけしておく。
驚く気配は伝わってくるが、いまは向こうからの念話はカットだ。
一瞬でも気を逸らしたら、殺されるのはぼくだ。
やつは、それほどの相手である。
「降りてこないのですか、アラナン・ドゥリスコル。イフターバ・アティードの認めた男が、アセナの拳を使わないのですか?」
ウルクパルが、長い黒髪を掻き上げた。
髪を伸ばしているなど、暗殺者としては不用意である。
だが、ウルクパルの隠蔽能力は恐らく神聖術だ。
常識では測りきれないのだろう。
だが、狙撃手相手に距離を取るのはよろしくない。
ウルクパルがレオンさんのように銃を持っていない以上、あの狙撃も神聖術によるものである可能性が高い。
どんな風に出すかがわからない以上、接近戦の方が活路はありそうだ。
上空からの急降下。
まずは、フラガラッハで真っ向から斬りつけてみる。
並みの防御くらい噛み破る神剣の斬撃。
ウルクパルは、僅かに顔を背けて切っ先をかわした。
「確かに速いですね。その歳でそれとは、センガンが執着するはずです。ですが──」
ついとウルクパルが踏み込んでくる。
狙撃手が自ら接近戦を挑んでくるのか?
斬撃の勢いを殺さず、回転して今度は横殴りに斬りつけようとする。
が、円を描くように回り込んだウルクパルが、ぼくの手を絡めとるように掴み、投げ飛ばした。
「なっ、アセナの拳ではない──」
「アセナは剛の拳。剛の拳は力強いが故に隙ができるものです。わが拳は流れるように切れ目がなく、故に隙がない。アセナ・イシュバラに追い付くために開発した、わが秘拳です」
倒れたところに、追撃の蹴りが降ってくる。
慌てて転がってかわすと、ウルクパルは面白そうに笑った。
「アセナの拳士としては未熟。センガンが評した通りですか。無音の銃弾に反応するほどの素質がありながら、勿体ない話ですね」
くそっ、こいつの技はかなりの練度だ。
唯一の救いは、こいつの神聖術がまだ第二段階なことか。
魔力量は多いが、それは自前のものだ。
虚空から引き出せる魔力には、まだそれほど大きくはなさそうだ。
あの無音の銃弾をばら撒かれるだけで、普通にこっちは詰むだろう。
そうしないのには理由があるはずだ。
「さあ、アセナの拳を使ってみなさい。裏切者のアセナ・イリグが、どんな拳を伝えているか見てやりましょう」




