第二十四章 イ・ラプセルの騎馬隊 -6-
アウグスタを出立した後は、東へと向かうことになった。
集結の遅いパユヴァール公爵の軍に歩調を合わせる気など先生方にはなく、専らエーストライヒ公国の輸送路を潰してまわる。
戦い自体は大してないが、何しろ高速で移動しっぱなしだ。
流石に高等科生たちもげっそりと頬がこけ、目だけがぎらぎらと光るようになっている。
エーストライヒ公国も輸送の経路は極秘にしているし、魔法の樽などを使ってできるだけ小規模で動くようにしているが、ファリニシュの嗅覚とぼくらの機動力を上回ることはできなかった。
それでも、エーストライヒ公国としては相当に困っているようで、ついに正規軍と兵站の移動を同時に行わざるを得なくなったようだ。
お陰で、エーストライヒ公国軍の足はかなりペースが落ちたと言える。
長駆と同時の強引な基礎魔法の鍛練は、確かに高等科生たちには効果はあった。
元々魔力再循環は修得している連中だし、明らかに魔力の流れが洗練されてきている。
頭でっかちな高等科生には、いい運動になったようだ。
もっとも、魔力圧縮まで教えないところを見ると、彼らには基礎魔法をそこまで突き詰める才能がないのかもしれない。
いや、ティナリウェン先輩、トリアー先輩、ベルナール先輩、そしてヴォルフガングの四人だけは訓練を受けていたな。
この四人は、まだ鍛えれば魔力圧縮を使える見込みがあるのだろうか。
「アラナン、ヴォルフガングの槍をちょっと見てみろ」
クリングヴァル先生に言われ、たまにある小休止中にヴォルフガングの槍と手合わせすることになる。
え、休憩中だろう?
クリングヴァル先生には関係ない言葉なんだよな。
目を付けられた生徒が不運なだけだ。
今回ヴォルフガングが構えているのは、馬上用の騎士槍ではなかった。
歩兵用の短槍だ。
取り回しはしやすいだろうが、威力と射程には欠ける。
もっとも、こっちが素手で相手をする以上、どちらも欠点にはならないわけだが。
両手を前に出し、右半身に構える。
ヴォルフガングは慎重だ。
アプフェル・カンプフェンでぼくと対峙し、このアセナの拳士の両腕が油断のならないものだと認識している。
ぴたりと穂先をぼくの目に合わせ、気息を整えて身体強化を練り込む様子はかつてのように甘いものではない。
よし、誘ってみるか。
ヴォルフガングに合わせて規則正しく吐いていた呼吸をわざと乱す。
そして、ついと後ろに下がった振りをして下半身はその場に残す。
釣られて踏み込んだヴォルフガングの右足。
おう、なかなかの踏み込みの強さ。
これは──雷衝を槍に応用したか。
突き出された槍を左に回避し、左手を槍に添えてヴォルフガングの外側に出る。
体が流れたヴォルフガングは、慌てて槍を戻そうとするが、それは悪手だ。
その流れに沿って力を動かし、槍を奪い取ると倒れ込んだヴォルフガングの鼻先に刃を突きつけた。
「ま、参りました」
ヴォルフガングは呆然としている。
クリングヴァル先生に指導を受けて、少しはぼくに近付けたつもりだったのだろう。
だが、この程度ではまだまだだ。
雷衝もどきで捉えられるほど、ぼくは甘くはない。
「どうだ、ヴォルフガング。お前はまだまだだってわかっただろう。実際、高等科生でもお前の相手になるやつは少ないが、それでもアラナンの手に掛かればこんなもんだ。お遊びの域を出てねえのよ」
クリングヴァル先生は、どうやら高等科生を何人か破って増長したヴォルフガングの鼻をへし折りたかったらしい。
確かに彼には天賦の才がある。
そこらの騎士では相手にならないくらい十分強いと思うんだけれど、それでは足りないのだろうか。
ああ、そうか。
ぼくは槍は得手ではないもんな。
クリングヴァル先生は、拳だけじゃなくて槍もよく使う人だ。
槍の技を伝える弟子が欲しかったのかもしれない。
「でも、ヴォルフガング、ぼくなんかまだまだ飛竜やクリングヴァル先生の域に達してないからな。魔力の扱いも、武術の技倆も」
「当たり前だ。お前とは積み重ねてきた年月が違うだろうが」
「え、でもアラナンさんは黒騎士と引き分けられたのでは」
「あれは加護の力のお陰さ。本来の力量は、かなり差があるよ」
「ふん、おれの加護の力はああいう武術大会では使えない種類のものだからな。もっとも、いまは進化させたから、もう黒騎士などに遅れは取らんがな」
クリングヴァル先生があえて神聖術を使わずに基本的な魔力と武術を鍛え続けてきたのは、飛竜の方針らしい。
それは、ぼくの学院の指導でも行われていたな。
クリングヴァル先生が負けなければ、本来ぼくは神聖術を解禁されなかったはずだ。
それにしても、先生の神聖術はぼくも見たことがない。
どんな術なのであろう。
「先生の神聖術はどんなものなんです?」
おお、いい質問だ、ヴォルフガング。
ぼくも聞こうと思っていたんだ。
先生はヴォルフガングの質問に面倒臭そうに頭を掻いたが、鼻を鳴らすとぼそりと呟いた。
「竜化だよ」
竜変化の神聖術!
流石は竜騎士の血を継いでいるだけのことはあるんだな。
「加護があるだけだと、竜に変身するだけで力も制御できねえ。飛竜の弟子になって、ようやく変身しても力を制御できるようになった。そして、この間、竜の力を人間の体に降ろすことに成功した。今なら、黒騎士にも負けねえ。その理由がわかっただろう?」
確かに、武術の技倆で言えば、クリングヴァル先生は黒騎士に引けは取らない。
神聖術の差で敗れただけだ。
だが、第三段階まで進んだ神聖術があるなら、黒騎士とも十分戦える。
うーん。
クリングヴァル先生に追い付くどころか、差が開いている気がするよ……。
この人、常に自分を鍛えて向上させようとしているからなあ。
「だが、そんなおれでも、飛竜には及ばない。あの領域に至るには、まだ十年は必要だ。巨人殺しのときに、お前もそう思っただろう?」
「そりゃ……単眼巨人を一撃で斃されては、もう差を痛感する他なかったですからね。でも、実際のところ敵にもあれくらいの怪物がいるんで、いつまでも追い付けないとか言っている場合じゃないんですが」
「飛竜の息子か。──やつが出たら、おれが相手をする。アラナンはあの孫の方を何とかする方法を考えるんだな」
「いや、それがまた難題なんですがね」
あれだけの戦力を、エーストライヒ公が使わずに置いておくはずがない。
今回の戦争で、間違いなく出てくるだろう。
わざわざクリングヴァル先生が同行してきたのは、そのためだ。
しかし、子供だけじゃなく母親も相当に厄介だし、本当にあの家族には悩まされるよ!




