第二十四章 イ・ラプセルの騎馬隊 -2-
ファリニシュが戻ってきた。
マルグレーテ村で小休止をとっている間に、狼に戻って偵察に出ていたのである。
ファリニシュの鋭敏な感覚と機動力は、偵察任務にはうってつけだ。
ノートゥーン伯は、クリングヴァル先生とティナリウェン先輩とぼくを集め、ファリニシュの報告を聞いた。
「輸送隊の現在地は、ここから南東のホーエンス村を過ぎたあたりでござんすな。北東のドアロビーロに向けて、道を進んでおりなんす」
「ホーエンスからドアロビーロはおよそ五マイル(約八キロメートル)か。二時間以内には着いてしまうな」
「では、その間で捕捉するか」
ぼくの地図化で出した映像を見ながら、ノートゥーン伯とティナリウェン先輩が確認しあう。
基本的にはノートゥーン伯のもとで統一した行動をとるが、ぼくとクリングヴァル先生には単独行動の指示も出るし、いざとなるとティナリウェン先輩が分隊を指揮することになっている。
「護衛の兵はどの程度いるんだ?」
「それが……」
ノートゥーン伯の問いに、珍しくファリニシュが言い淀んだ。
言葉に詰まるとは、彼女らしくないな。
「護衛の兵は三十人ほどでおりんすが、指揮官が……オスカー・フォン・アンドレアスでござんす」
「オスカー・フォン・アンドレアス卿か。ファドゥーツ伯の爵位を失っても、まだ領内にいたのだな」
ノートゥーン伯も驚いているようだ。
会話の雰囲気からすると、シュヴァルツェンベルク伯に爵位を奪われた前のファドゥーツ伯かな。
確か、初等科の野外実習のときに襲撃してきたやつじゃなかったっけ。
あのときは人面鳥とイグナーツが同時に襲ってきて、面倒だったなあ。
でも、そうか。
それなら、あのときの意趣返しができるな。
「じゃあ、ついでにそいつも潰しとこう。完全武装の騎士を相手にする経験は必要だ。イシュマール、お前が先陣でやれ。エリオットとアラナンは手出しするなよ」
そう思っていたら、いきなりクリングヴァル先生が無茶ぶりをしてきた。
ノートゥーン伯が困ったような顔してるじゃん。
指揮官としての立場もあるのに、クリングヴァル先生ったら頓着しないからなあ。
「オスカー卿は名の知れた武人ですから、率いている兵も素人ではないでしょう。わたしたちが出ないで大丈夫でしょうか、先生」
「お前たちが倒したんじゃ、騎馬隊の部隊としての調練にならないんだよ。なに、心配するな。イシュマールの素の武術と馬術は、エリオット、お前より上だぞ」
ノートゥーン伯が、複雑そうな表情でティナリウェン先輩を見た。
確かに、神聖術も含めればノートゥーン伯は強い。
だが、基本的な技倆ではティナリウェン先輩が上を行く。
イフリキア王国の青衣の民の戦闘力は、決して侮れるものではない。
だが、クリングヴァル先生から命令されたティナリウェン先輩の表情は優れなかった。
いつも冷静で、歴戦の傭兵のような佇まいのティナリウェン先輩にしては珍しい。
「クリングヴァル先生、先陣がおれで大丈夫でしょうか?」
予選からフェストに出場するほどの実力者が、明らかに不安がっていた。
そういや、ティナリウェン先輩、リンドス島でも勝ち目がないとか言っていた気がする。
意外と気が小さいのだろうか。
「アラナンはじめ、下から上がってきた後輩に次々と抜かされて自信を失うのはわかるけれどよ、イシュマール。おれから見れば、以前の高等科で基礎魔法と武術の釣り合いが一番取れていたのはお前だ。騎士が相手だからって気後れする必要はない。リンドス島で実戦は経験しただろう?」
「はい。ですが、あのときは先生やアラナンが道を開いていました」
「今度はたった三十人ぽっちだ。相手もセイレイス最強の男サルキス・カダシアンみたいな化け物じゃねえ。それなら、なんとかなるさ。というか、それくらいしてみせろ。伊達に青衣をまとっているんじゃねえんだろ」
クリングヴァル先生が乱暴にティナリウェン先輩の胸を突く。
先輩は目を白黒させたが、口をぎゅっと引き締めると鼻から息を吸い込んだ。
思わず後ずさるほど、その瞳に強い光が宿っている。
「わかりました。やってみます」
立ち上がったティナリウェン先輩の足取りは力強かった。
トリアー先輩とベルナール先輩を呼び寄せると、襲撃の方策を煮詰めている。
クリングヴァル先生はぽりぽりと頭を掻くと、ノートゥーン伯の肩を叩いた。
「あー、悪かったな、お前の出番を奪ってさ」
「いえ……。先生が高等科生の底上げを図ろうとしたことはわかっています。本来、指揮官たるわたしが導かねばならないことなのでしょうが……。そこまで至ってなかったようです」
「気にすんな。一応、こっちは仮にも教師だ。これが仕事だからな」
クリングヴァル先生にしちゃ、まともなことを言っている。
基本面倒臭がりで、何年も指導する生徒がいなかった人の科白とは思えないよ。
でも、そんなことを言って鍛練のメニューを増やされたくないから、言わないけれどね!
「おれたち教師組でイシュマールの援護をする。エリオットとアラナンは、逃走を図るやつがいたら仕留めろ。速度には自信があるだろ?」
「まあ、そりゃあそうですが。イリヤはどうしますか?」
「彼女は周辺の警戒と索敵だ。この輸送自体が罠という可能性もあると、エリオットが言っていただろ。オスカー・フォン・アンドレアスが直接率いている以上、その可能性も高い」
確かにそうだ。
クリングヴァル先生ったら、脳筋なのに戦いには頭が回るのかねえ。
「よし、わかったな、アラナン、イリヤ。イリヤは周辺の警戒と索敵、わたしとアラナンは逃走者を確実に仕留めるぞ。では、先生方はイシュマールの支援をお願いします」
ノートゥーン伯が改めて命令を言い渡した。
まあ、指揮官は彼だしね!
ぼくは頷くと、アンヴァルを呼んでその背に跨がる。
独立行動ということなので、割りと気楽な任務だ。
プレッシャーの掛かるティナリウェン先輩には申し訳ないけれどね。
「主様、オスカー・フォン・アンドレアスに襲われたときのことを覚えていなんすか?」
ファリニシュが、じっとぼくを見つめてくる。
うん。
忘れてはいないよ。
あのときは、人面鳥が一緒に襲ってきたんだ。
カレルが怪我したのも、そのときだったよな。
「今回も魔物が襲ってくる。イリヤはそう思っているのか?」
「先に潰しておきんすが、抜けたときはお任せ致しんす」
ふむ。
ファリニシュには確信があるようだな。
ある程度、怪しい群れを捕捉しているのかもしれない。
ま、単眼巨人でも出てこない限り、何とかしてやるさ。
さて、みんな戻ってきて騎乗しているようだ。
ティナリウェン先輩が、剣を抜いて自分に続けと叫んでいる。
左右をトリアー先輩とベルナール先輩が固めているな。
あの三人はリンドス島の経験者だ。
実戦に不安はないだろう。
だが、他の学院生は初陣だ。
緊張している者が大半で、上手く襲撃が掛けられるのだろうか。
「うちらがおるねんて」
「心配が顔に出てるわよ、アラナン」
ジリオーラ先輩とマリーが、からかうようにぼくの顔を覗き込む。
二人は最後尾を駆けるようだ。
脱落者を出さないように、後ろから見る役目なのだろう。
「頼むよ、二人とも。中等科生もいるしな」
なんだかんだ言って、二人には安心感がある。
クリングヴァル先生の鍛練を乗り越えてきているからだろうか。
手を振りながら駆け出した二人を見送りながら、何となくそう思った。




