第二十三章 ベールの嵐 -8-
前回、フェスト準決勝でコンスタンツェさんと対決したとき、ぼくはかなり際どい勝利を収めた。
実際、金色の聖光は攻防自在の強力な神聖術だし、並みの騎士では相手にならないだろう。
でも、その後黒騎士やセンガンなどの本当に強い相手と戦ったことで、ぼくの力は思った以上に上がっていたらしい。
もう、彼女の動きがぼくにははっきりとわかる。
予備動作だ。
コンスタンツェさんの動きは素早いし、聖光刃は瞬きする間もなく飛んでくる。
だが、攻撃の前の動作で全て読める。
これが黒騎士やセンガンなら、こうはいかない。
教会の促成栽培で聖騎士になった弊害かな。
コンスタンツェさんの地力は、悲しいかな化け物のレベルには達していないのだ。
「なんやの、この子……真面目にしよし! あてを莫迦にしてはるさかい、えろう勘に障りますえ」
「コンスタンツェさん、ちゃんと剣の修練してた? 評議員なんかになって怠けてたんじゃないの。フェストのときより、遅く感じるよ」
聖光刃の乱舞をフラガラッハで捌きながら前進する。
コンスタンツェさんの笑顔が消えた。
どんなときでも貼り付いていたあの笑顔が、今は大きく歪んでいる。
「ほら、もう部下がやられたよ」
ファルコニエーリ神父が絶叫とともに倒れる。
ノートゥーン伯の加速に反応しきれなかったのだろう。
彼の神聖術は明らかにひとつ段階が上がっている。
いまなら、コンスタンツェさんともいい勝負ができるかもしれない。
「だらしない連中どす。時間稼ぎもできひんなんて。ルウム教会も質が落ちはったなあ」
「お喋りをしている余裕はあるかな、コンスタンツェさん。ほら、そっちも終わりだよ」
ジリオーラ先輩の実体を捉えられなかったベニーニ神父が、その大柄な体を横倒しにしていた。
頸動脈を切り裂かれているところを見ると、致命傷だろう。
先輩たち、手加減する気全くないんじゃないのかね。
「こんな連中、やってられないよ!」
影から影へ死角を渡り歩くマリーに嫌気が差したか、鞭を振るっていたステラが逃げ出して裏口へと向かった。
でも、残念。
そっちにはファリニシュがいるはずだ。
凍らされて終わりだろうな。
「一人でもまだやる気かい、コンスタンツェさん。勝ち目はないと思うよ」
「せやなあ、ほんまに──」
コンスタンツェさんの視線が動いた瞬間、後ろで見ていた飛竜がいつの間にかその先に立っていた。
「ふむ、これか」
飛竜が足に魔力を込めて軽く足踏みすると、そこに魔法陣が浮かび上がる。
「巧妙に隠していたが、これが脱出の切り札じゃな。転移の魔法陣とは、予想外ではあったが」
「かなんなあ。あての目えの先を読みはったんどすか。ずっと見てはったんやなあ」
「でなければ、わざわざアラナン・ドゥリスコルに相手はさせん」
コンスタンツェさんは諦めたように両手を上げると、細身の剣と短剣を手放した。
どうやら観念したみたいだ。
「アラナンはんたちだけならともかく、飛竜までいてはるんじゃ、どないもしはりまへんわ。好きにしなはれ」
「それじゃ、失礼するよ、オルシーニ大司教」
ノートゥーン伯が近付き、コンスタンツェさんに封魔の手錠をかけた。
コンスタンツェさんは大人しく捕まったが、妖しい笑みはたたえたままだ。
このまま終わる人ではないし、まだ油断はできない気がする。
逃げたステラは予想通りファリニシュが凍らせており、これで教会の制圧は完了した。
今頃は市庁舎にもギルドの冒険者が向かっているだろう。
ベール市の衛兵と戦闘になっているかもしれないが、シピが指揮している以上、さほど時間はかからないだろう。
あっちには大魔導師も行っているし、上手くいけば無抵抗で降参するかもしれないな。
「これで終わりなのかしら?」
マリーの問いに、ノートゥーン伯が難しい顔で首を振る。
「面倒なのはこれからだ。ベール市長とクウェラ大司教を拘束したんだぞ。政治的なやっかいごとが山のように押し寄せてくるのは必定だ」
「でも、連合評議会は掌握できたのよね?」
それをノートゥーン伯も否定をしなかった。
そう、選帝侯会議の二の舞を、連合評議会で踏むわけにはいかない。
後手に回っている状況をひっくり返すには、強引な手法も必要だ。
今まで大魔導師はぼくらの勉強のために割りと受動的になっていたが、いよいよ自分から動くつもりなのだろう。
この一撃は、その反撃の嚆矢だ。
「いよいよ、ロタール公と対決だよ、マリー」
連合評議会がまとまれば、ヘルヴェティアはロタール公の戦力を抑えるために出兵することになるだろう。
マリーにとっては因縁の相手だ。
ここで決着をつけておきたいところである。
「ぶっ潰してやるわ!」
狙われ続けたマリーは意気軒昂だ。
「アルマニャック王国も、帝国に協力するロタール公には不信感を持っているのよ。ロタール公に手を貸さないよう、父上が手を回してくれるわ」
マリーの実家のアルトワ伯か。
実際、アルマニャック王国とロタール公の関係はよくない。
だが、ルウム教会がアルマニャック王国を動かす可能性もある。
ここはどうなるかわからない。
「それよりアラナン、聖騎士が相手になってなかったじゃないか。いつの間にあんなに腕を上げていたんだ?」
「いや、思ったより強くなかったですね。ノートゥーン伯でも勝てますよ。センガンとやった後じゃ、危険度が違いすぎます」
「わたしでもか? 加速で速度は追い付けるが、あの聖光の防御を突破できるかな?」
「ノートゥーン伯の課題はそこですかね。なに、クリングヴァル先生がアセナの拳を槍術に応用しているように、ノートゥーン伯も剣術に応用すればいけますよ」
実際、ノートゥーン伯も、ジリオーラ先輩も、マリーも、以前とは比較にならないほど腕を上げている。
剣技では学院随一のティナリウェン先輩でも、この三人の上達には舌を巻いていた。
ぼくも負けてはいられない。
黒騎士に師事しているハンスだって、どれくらい上達しているかわからないしな。
「うちもそのうちあの女狐を打ち負かしたるで! いまは聖光に勝てへんけれどな」
ジリオーラ先輩は、昔からコンスタンツェさんへの対抗心が強い。
学院時代の確執があるのだろう。
ルウムとジュデッカという南北の対立もあるのかもしれないが。
「でもな、アラナン。その気になれば、もっとすぐに聖騎士押さえられたやろ。女の子や思うて手え抜いていたんとちゃうんか?」
おっと。
ベニーニ神父とやりあっていた割りによく見ているな、先輩は!




