第二十三章 ベールの嵐 -3-
評議会は予想通り紛糾し、昼食も摂らずに続けられた。
付き合わされるこっちもへとへとだ。
大魔導師の額にも皺が増えている。
ボーメン王を支援し、ロタール公と対決するというのが大魔導師の狙いだ。
当然、聖修道会総主教ウルリッヒ・ベルンシュタイン、フラテルニア市長ベルナルド・シュピリ、冒険者ギルド本部長アセナ・イリグは大魔導師と歩調を合わせる。
他にもルツェーアン護民官リヒャルト・マティス、アルトドルフ市長シリル・ミュラーは強力な味方だ。
対して、エーストライヒ公支持を打ち出し、出兵自体に反対する評議員が何人かいる。
ルウム教会のクウェラ大司教コンスタンチェ・オルシーニを筆頭に、ベール市長フロリアン・メルダース、オルテ市長テオドール・ズーターだ。
この三人は意図的にアレマン人の味方をしているが、巧妙なのは、エーストライヒ公に味方をしてボーメン王と戦えとは言わないところだ。
逆に戦うなと主張し、穏健派の評議員を説得しようとしている。
アアル、ドゥレモ、シュヴァイツ、ヴァルテン、シドゥオンの五人の市長は、未だ態度を保留している。
これが全部敵に流れれば、評議会の決議はエーストライヒ公の味方で決してしまう。
まさかそんな事態にはならないと思うが、選帝侯会議ではしてやられたからね。
油断は禁物だ。
「リンドス島にも出兵したヴァルテン市が優柔不断なのはいただけないわね!」
ロタール公が嫌いなマリーは、夕食を食べながら怒りを吐き出していた。
「出兵で疲弊したせいもあるだろうな」
リンドス島までは長旅だった。
出兵の費用はジュデッカ共和国に出させたが、失った兵は生き返らない。
物資も急には集まらないのだ。
ルツェーアン市やアルトドルフ市は意気軒昂だが、ヴァルテン市の方が普通の姿勢だろう。
「ヴァルテン市長のペーター・リヒトは、ルウム教会の信者だ。だから、ルウム教徒のリンドス騎士団救援にも兵を出した。今回は、難しいな」
ノートゥーン伯の分析は、ぼくらの中では群を抜いている。
彼がそう言うのなら、残念ながらヴァルテン市長の票は期待できそうにない。
「期待できるのはドゥレモ市長のミシェル・ギザンだ。ロタール公国に近いドゥレモでは、いつも危機感を持って練兵している。ギザンもマティス護民官の薫陶を受けた指揮官だ。彼の票は固いだろう」
「そない楽観したらあかんて。ギザンはアルス人やで。ロタール公国に親族がおっても不思議やない。どこで隙を突かれるか、わかったもんやない」
現実的な視点だ。
流石はジリオーラ先輩だな。
ぼくやマリーは、まだ甘いところがある。
ジリオーラ先輩はあのコンスタンチェさんと張り合っているくらいだし、商人らしい冷静さを持っている。
「問題は、アアル市長のヘレナ・キーブルクだな」
ノートゥーン伯がため息を吐く。
アアルは、ヘルヴェティア自由都市連合の初期の中心地だ。
ヴァイスブルク家の親戚であるアレマン貴族のキーブルク家が支配していたが、アレマン貴族がヘルヴェティアから追放されたときに爵位を捨てて生き残った。
ヘレナは古い血を持つだけに、あちこちに繋がりを持つ厄介な女傑だ。
ベール市長のフロリアン・メルダースのように表だって行動はしないが、その分狡猾さは上回る気がする。
「ヘレナは情では動かへん。徹底的な現実主義者や。情勢に有利な方に付くやろ」
「選帝侯会議ではエーストライヒ公が勝利した。現状では、エーストライヒ公が有利なのだよ、ブラマンテ孃」
ノートゥーン伯が問題だというのは、ヘレナの妹がシュヴァイツ市長のマルティン・オイラーに嫁いでいるせいもある。
オイラーは特にアレマン貴族とは関係ないが、それほど強い意見を持つタイプでもない。
ヘレナが強く言えば、義姉の意見に引っ張られる危険性がある。
逆に、シドゥオン市長のエンツォ・マルティネッリは信用できる男だ。
ヘルヴェティア南部にはクウェラ大司教領があるが、これは実質的にはルウム教会の支配下だ。
その隣でクウェラ大司教を見張るのが、シドゥオン市の役目である。
評議会開始から意見を出さないのは、クウェラ大司教たるコンスタンチェ・オルシーニを観察するためであろう。
ジュデッカ共和国出身のこの男は、権謀にも強い政治家向きの人物である。
まあ、ドゥレモ市とシドゥオン市が味方に付けば、過半数は取れる。
そうすれば、アアル市とシュヴァイツ市も同調するだろう。
ヴァルテン市がコンスタンチェさんに与しても、大勢に影響はない──はずだ。
「ドゥレモとシドゥオンの票は難しいとすると、オルシーニ孃の打つ手はなんだろうかね」
「ミシェル・ギザンで考えられるのは、先ほども出たように親族を絡めての脅迫かなあ」
ノートゥーン伯の問いに答えると、ジリオーラ先輩が付け加えてきた。
「エンツォ・マルティネッリなら、何はともあれ金やろな。動く動かへんとに関わらず、ジュデッカ出身者にはまず金から攻めてくるねん」
「教会が本気なら、破門状を出してくるのではないかしら」
マリーの意見に、ノートゥーン伯とジリオーラ先輩がうーんと唸って考え込んだ。
破門は教会の最終手段であるが、冒険者ギルドによる治安維持と聖修道会による郵便事業を抱えるヘルヴェティアに対し、その手段は取りづらいはずだ。
お互いの決定的な対立を避けるために、わざわざクウェラ大司教を評議員の一員に迎えているのである。
それを全てぶち壊しにする度胸が、教会にあるだろうか。
「コンスタンチェさんは教会の切り札だ。破門状を出す権限を委ねられている可能性もあるが、ジュリオ・チェーザレ・シルヴェストリ枢機卿がそこまでやるかな?」
いまのルウム教会の実権は、教皇よりシルヴェストリ枢機卿が握っている。
コンスタンチェさんも、シルヴェストリ枢機卿が後ろ楯になっているからこそ聖騎士の地位にいるのだ。
ヘルヴェティアでの彼女の行動も、指示は枢機卿から出ていると見て間違いない。
「ただ、ベールは冒険者ギルドのお膝元だ。今回、評議員の監視は黒猫率いるギルドの諜報部が動いている。裏を取られることは、まずないと思うよ」
シピが動いているなら、安心できるだろう。
ギルド屈指の黄金級冒険者だ。
評議員に変な動きがあれば、洗い出してくれるだろう。
フランヒューゲルとは違うのだ。
此処はヘルヴェティアの首都ベール。
地元の利というものがある。
「とはいえ、ベール市長のフロリアン・メルダースは油断ができない。ベール警備隊は彼の指揮下だし、独自の諜報網も持っている。今頃、裏で黒猫と暗闘している頃かもしれないな」
「聖騎士も、教会の暗部を伴ってきとるはずや。元々、聖騎士は教会に敵対する魔族を狩る連中やっちゅうねん」
「ヘルヴェティアは元々セルトのヘルヴェティ人の国。つまり教会からすると当時は魔族の国の扱いだったからね」
「脳味噌が筋肉でできとるスカンザ民族に比べると、セルト民族は魔法的要素が強かったんや。大魔導師を見ればわかるやろ」
ノートゥーン伯やジリオーラ先輩と話していると、マリーがなかなか入ってこれないようであった。
二人に比べると、マリーはまだ政治的な知識が薄い。
そこは年齢もあるし、仕方がないと思うけれどね。
でも、少しは気を付けて、彼女に話題に入ってもらうよう水を向けるべきかな?




