第二十三章 ベールの嵐 -2-
扉が開くと、真っ先に笑顔のコンスタンチェさんが視界に入ってきた。
いや、正面にいたわけじゃない。
こっちを見ろと言いたげな魔力を暴力的に周囲に撒き散らしているのだ。
見たくなくても、目をやらざるを得ない。
「ベルンシュタイン総主教、ちょいとあてに喋らせておくれやす」
ぼくが登場するや否や、待ち構えていたかのようにコンスタンチェさんが立ち上がる。
彼女の言葉が耳に入ると同時に、強烈な魅了の魔力を感じた。
聖騎士め、言葉に魔力を乗せて放っているようだ。
「オルシーニ大司教。発言は報告の後でお願いしますよ」
熊のような巨漢を揺らしてベルンシュタイン総主教が笑う。
流石は聖修道会の責任者だ。
精神攻撃に対する防殻は持っているようだね。
「いいではないか。大司教猊下の意見を伺おう」
狼のように鋭い眼差しの男がベルンシュタインさんの意見に異議を発した。
この人は見たことがある。
リンドス島遠征軍でアルトドルフ軍を指揮していた戦う市長、シリル・ミュラーだ。
マティス護民官の薫陶を受けた大胆な用兵家だと聞くが、なるほど、敵の攻撃をあえて引き出そうという意図だろうか。
ちなみに、聖騎士の魅了に対抗できなかった者も何人かいたが、大魔導師が人差し指を動かしただけで解除されていた。
彼女も小手調べだろうけれど、ティアナン・オニールの目の前でそれは無理があるだろう。
「懲りない人だねえ、シリル」
「斬り込みは若い者の役目だろう、リヒャルト」
ため息を吐くルツェーアンのリヒャルト・マティス護民官。
それに対して、ミュラー市長は何か面白がっているように見えた。
「よかろう、ウルリッヒ。聖騎士に喋らせよ」
大魔導師が頷くと、ベルンシュタイン総主教も無理に逆らいはしなかった。
「わかりました。オルシーニ大司教、どうぞご発言下さい」
「わざわざ手続き踏まへんといけへんて難儀おすなあ」
コンスタンチェさんは、言葉に魔力を乗せるのを止めるつもりはないようだ。
大魔導師への嫌がらせなのか?
防がれても、微笑みながら魅了を続けてやがるよ。
「さて、あてが言いたかったんは、そこの魔法学院の学生風情がなんで選帝侯会議に出ていたかちゅうことどす。一介の学生に、皇帝を決める会議に出る権限やらなんやらあるはずがおへんなあ。どなたか、裏で糸を引いとる人がいたんではおまへんどすか?」
薄ら笑いを浮かべるコンスタンチェさん。
その瞳は真っ直ぐ大魔導師に向けられている。
いい度胸だなあ。
真っ向からティアナン・オニールに喧嘩を売っているのかな。
「アラナン・ドゥリスコルが選帝侯会議に隣席したのは、ギルドの護衛の依頼任務じゃ。リンブルク家から、冒険者ギルドに依頼があってのう。そうじゃな、イリグ」
「指名での依頼だ。フェストでの活躍によるものだろう」
大魔導師に水を向けられ、飛竜が頷く。
リンブルク家と学院とギルドの責任者がぐるなのだ。
そのあたりの工作はすでに完了している。
調べても、穴は出てこないだろう。
コンスタンチェさんもそんなことはわかっているだろうが、あえてフェストを引き合いに出した飛竜の発言に心なしか怒っているな。
フェストでは、準決勝でぼくに敗退していることを思い出したのだろう。
笑顔に異様な迫力が出ているや。
「説明感謝致しますえ、飛竜。こん次のフェストには出られるとよろしおすなあ」
言葉遣いは柔らかいが、額がぴきぴきいっているよ、コンスタンチェさん。
「それではよろしいですかな、オルシーニ大司教」
「構しまへんえ、ベルンシュタイン総主教」
コンスタンチェさんが座り、やっとぼくの出番のようだ。
ベルンシュタインさんの指示で前に進み、順を追って選帝侯会議の経過について報告していく。
みな、すでに情報は仕入れているはずだが、それでもブランデアハーフェル辺境伯の裏切りと、センガンによるパユヴァール公殺害に関してはどよめきが起こった。
「以上のことから、エーストライヒ公と闇の聖典の繋がりが予想されます。帝国では聖典教団は禁止されましたが、エーストライヒ公が皇帝になれば、それも解除される可能性もありますね」
「由々しき事態だな、大司教猊下」
鋭い眼差しのまま皮肉な笑みを浮かべ、アルトドルフ市長がコンスタンチェさんに突っかかった。
「教会がそないなこと許しまへんえ」
「ほう。だが、教会がエーストライヒ公を押し上げたんだろう。それとも、ルウムで戴冠を拒否するか?」
「エーストライヒ公が闇の聖典と手を組んではる証拠があらへんうちは、どないもしないとちゃいますやろか」
視線をぶつけ合うコンスタンチェさんとミュラー市長。
おお怖い。
火花が散っているよ。
「いずれにせよ、エーストライヒ公がヴィッテンベルク王となったわけですな。次代の皇帝と、事を構えるわけにはいかない。連合としても、方針を考える時期に来ているのではありませんか」
そこに、不気味なほど静かにしていたベールの市長が沈黙を破ってきた。
フロリアン・メルダース。
狡猾な蛇め。
アレマン人の代弁者だからな、こいつは。
「そ、そうですな。ヘルヴェティアの四方はほぼエーストライヒ公に同調する勢力に囲まれている。迂闊に敵対すれば、ヘルヴェティアの存亡に関わりますぞ」
メルダース市長に追従したのは、気弱そうなオルテの市長テオドール・ズーターだ。
腰巾着め、いつもベールには逆らわないな。
「だが、まだ皇帝に決まったわけではないよね」
呑気そうな声で、しかし自信に溢れながらルツェーアンの護民官が反論する。
「ヘルヴェティアの軍は精強だよ。我々が味方をした方が皇帝になる。違うかな、フロリアン。それとも、軍を信用できないとでも?」
「無論、ネフェルスの英雄を信用しないなどと申しませんとも」
蛇はマティス護民官の誇りを傷つけようとはしなかった。
何せヘルヴェティア軍の総指揮官が相手だ。
これを貶めることは自分を貶めることと同じだからな。
「ですが、英雄とて体はひとつ。東からファドゥーツ伯爵、北からブライスガウ伯爵、西からロタール公爵と同時に攻め込んできたらどうしますかな。エーストライヒ公の手は長い。しかも、ヘルヴェティアにも多くのアレマン人たちがいるのですぞ」
「ファドゥーツ伯くらい、アルトドルフで抑えてみせるさ。ブライスガウ伯が来たら、フラテルニアで何とかできるだろう。ロタール公くらい、リヒャルトの手に掛かれば軽いものさ。ヴァイスブルク家の軍は、一度リヒャルトは破ってみせただろう?」
今日はアルトドルフ市長が切れてるな。
シリル・ミュラーか。
意外な人が矢面に立ったもんだね!




