第二十二章 選帝侯会議 -10-
(全く。おぬしは無謀なことを簡単に考えすぎる)
大魔導師に連絡を入れると、予想通りお説教が待っていた。
「いや──まあ飛竜直系の弟子としては引くに引けないと言いますか」
(アセナの拳では彼奴のが上じゃ。それは己でわかっておろうに)
わかっている。
そんなことはわかっているけれど。
やっぱり、負けたくないじゃないか。
他の人はともかく、センガンには特にそう思う。
向こうもきっとそう思っているのだろう。
だから、わざわざ何度もぼくの前に現れるのだ。
(ともあれ、一度戻ってこい。戦いの準備となろう。それは、ヘルヴェティアも同じじゃ)
「ボーメン王が暗殺される危険性はありませんか?」
(やろうと思えばできるじゃろう。だが、それではエーストライヒに反抗する諸勢力を屈服させることはできん。エーストライヒ公は、戦いでしか自分の権力を固めることはできないとよく知っておる)
そんなもんなのだろうか。
会議でのエーストライヒ公の悪辣さを見ると、手段を選ばぬ男のようにも思える。
主要な反抗勢力の諸侯を暗殺してしまえば、戦いも楽に終わるのではないだろうか。
(時には暗殺も使う男と、暗殺を常用する男ではまるで違う。会議で暗殺を使った以上、エーストライヒ公に次に求められるのは堂々とした戦場での勝利よ。それが、政治というものじゃて)
「はあ、難しいものですね」
ぼくには、政治の世界は無理そうだな。
そんな呑気な考えもちらりと浮かぶが、好むと好まざるとに関わらず、そこに踏み込んでいかざるを得ないのだろう。
それが、自分に負わされた太陽神の祭司としての仕事なのだから。
「それで、戻って何をやるんですか」
(ヘルヴェティアとしては、当然今回の件に対して連合評議会を開かねばならぬ。その場にいた者として、おぬしも出よ)
「連合評議会──ベールですか」
(これはヘルヴェティアとしても避けては通れぬ。そこでボーメン王の支持とロタール公との開戦にまで持っていかねばならぬ)
「ロタール公との開戦ですか?」
(うむ。ロタール公がエーストライヒ公支持なのは明らか。西であれが軍を動かせば、黒騎士が掣肘されようて。我らは後背を安んじねばなるまい)
ロタール公との戦いは望むところだった。
マリーにちょっかいを出してくるあの一族を排除できるなら、喜んでぼくは参戦するだろう。
今までの鬱憤を晴らすいい機会だ。
(ベールには、スヴェンも連れていく。おぬしはまだまだアセナの拳の鍛練が足りぬ。次の段階に進むのは、スヴェンの合格を得てからじゃ)
おっと。
それは、ベールでのぼくが鍛練漬けになるという宣言ですか。
あの地獄の日々が再び!
──まあ、強くなるためなら仕方ないのかな。
大魔導師の指導もあるだろうから、二倍きついことになるかもしれない。
ぼくは果たして生き残れるのだろうか?
そんな戯れ言はともかく、フランヒューゲルに戻ったぼくらを待っていたのは、レオンさんとルイーゼさんだけだった。
他の諸侯たちは、慌ただしくフランヒューゲルから出発していったようだ。
特にエーストライヒ公は、戴冠と合戦の準備を両方するんだ。
忙しいだろうな。
「おれたちは、ミンガに行くぜ。パユヴァール公国の戦力をまとめて、帝国南部のアレマン人を引き受ける」
そうしろと、爺さんからの命令だからな、とレオンさんがぼやいた。
ルイーゼさんは微笑んでいるだけだが、その微笑みには静かな怒りも感じられた。
ホーエンローエ家の一員として、今回のエーストライヒ公の所業に憤りを感じているのであろう。
「フリースラントの工作はいいんですか?」
「そっちはもう終わってるんだ」
新たに出した煙草に火を点けると、レオンさんは空に向けて煙を吐き出した。
「フランデルン伯が動けば、勝手に火が点く。ラーヘ・ランデンの聖修道会の勢力は、帝国南部の比じゃねえぜ。あっちは、商人の力が強い。海があるからな」
「──前にフリースラントに行ったときに、もう準備は済ませていたんですね?」
「むしろあのときは、激発しそうな連中を止めに行っただけだからな」
大魔導師の手として、レオンさんの活動範囲は広い。
いざというときのために、色々な手を打っている。
こういう先人がいると安心するが、いつまでも頼っているばかりというわけにもいかない。
「ブランデアハーフェル辺境伯のことは、どうするんでしょうね」
「そいつは、ザッセン辺境伯に任せるしかない」
ブランデアハーフェル辺境伯の裏切りは、プルーセン騎士団の副総長にアルフレートがいるせいもあるのだろう。
ならば、ポルスカでぼくらが前騎士団総長のジークフリードを助けていれば、アルフレートが副総長になることもなく、翻ってブランデアハーフェル辺境伯も裏切らずに済んだのであろうか。
騎士団を再建中のアルフレートが戦場に来ることはないであろうが、ハンスとアルフレートが戦うような事態だけにはなってほしくはない。
「──セイレイス帝国は、どっちの味方に付くでしょうかね」
「セイレイスの黒石教団は、ルウム教団とは相容れない。ルウム教の力を削ぐためなら、こちらと手を結ぶさ。ペレヤスラヴリ公国はイリヤ・マカロワが手を回すとのことだが──」
ちらりとレオンさんがファリニシュを見る。
レオンさんは、イリヤ・マカロワがファリニシュであることを知っている数少ない人物だ。
その力を侮ることはないであろうが、未だに国に影響力を持っているのか危ぶんだのであろう。
「ペレヤスラヴリの御家は、わっちとは強き絆で結ばれておりんす。お任せなんし」
「と、言うことならばポルスカとマジャガリーは考えずにボーメン王はエーストライヒと対峙できる。後は力勝負さ。それで負けるようでは皇帝の資格もない」
「──厳しいですね」
「勘違いするなよ、アラナン。おれたちも慈善でボーメン王を助けるんじゃねえ。帝国を率いるなら、相応の力が必要だ。差しでぶつかってエーストライヒ公を上回れないなら、エーストライヒ公が皇帝に就いた方が帝国にとってはいいかもしれん」
「ヘルヴェティアにとってもですか?」
「それはまた別だ。──だが、東から新たな波が来るとき、西に必要なのは強い覇王であり、正しい賢帝じゃねえ。エーストライヒ公は、そこら辺のことだけはわかってやがる」
東から来る新たな波──第三の魔王。
それがいつのことかはわからないが、そう遠くないことはある程度みな予測している。
その波がきたとき、いまは大人しいタルタル人たちが、蝗のように魔王に従って西に押し寄せて来るはずだ。
そのときに柱となるのがどの勢力か。
今回の戦いは、それを決めるためのものだ。
本当なら無駄な戦いと言えるかもしれない。
だが、新たな権力は流血なくして樹立されることはない。
少しでもいい未来を手繰り寄せることになると信じて、ぼくらは前に進むしかなかった。




