第二十章 リンドス島攻防戦 -10-
皇帝親衛隊の乱れは、一瞬であった。
ルツェーアン市民軍の攻撃に対し、すぐに刀と盾を装備した部隊が前面に出てくる。
そして、その隙間から火縄銃を持った鉄砲隊が支援を始めた。
ルツェーアン市民軍も矢で応戦するが、火力支援は数の多い皇帝親衛隊の方が優勢である。
クリングヴァル先生を先頭にルツェーアン市民軍も善戦しているが、逆に押され始めていた。
ルツェーアン市民軍が押された分、皇帝親衛隊の前衛は前進してきた。
そこに、丘からアルトドルフ市民軍が駆け降りてきて、横腹を突いた。
僅か五百の横撃であるが、突進には勢いがあった。
食い破られた皇帝親衛隊の火力支援が、一時的に薄くなる。
「いまが機だ」
ノートゥーン伯は、ティナリウェン先輩、トリアー先輩、ベルナール先輩の三人に出撃を命じる。
「アルトドルフ市民軍はもうすぐ勢いが止まる。だが、そこで止まっては、マティス将軍の部隊が危機に陥る。三人で、もう一度アルトドルフ市民軍に勢いを付けてこい」
ノートゥーン伯がこの三人を組ませるのは、当然高等科に長くいる同士で連携が取りやすいのもあるだろう。
だが、火力支援のベルナール先輩と、前衛型のティナリウェン先輩、トリアー先輩のバランスがいいのもある。
丘を駆け降りた三人がアルトドルフ市民軍に加わると、爆炎が火柱を上げるとともに止まり始めていた足が再び勢いを盛り返した。
セイレイスのあの三人の魔法師を見て思ったが、一部の例外を除けば、他国の魔法師のレベルはそれほど高くはない。
せいぜい、学院の中等科クラスだ。
考えてみれば、学院の高等科に進んだ者は故国に帰れなくなるんだから、それも当然であろう。
ということは、高等科でもトップクラスのあの先輩たちが、セイレイスの魔法師より優秀で当たり前なのだ。
「ノートゥーン伯、ミクラジア軍管区軍が動く!」
皇帝親衛隊の意外な苦戦を見てとったか、城に向いていたミクラジア軍管区軍が包囲の陣を動かし、アルトドルフ市民軍を殲滅しようとしていた。
「いや、心配ない。あれを待っていたんだ」
だが、ノートゥーン伯はぼくの指摘に動じなかった。
彼が指差す先を見ると、城門が開いてリンドス騎士団が出撃してくる。
先頭を駆けるのは、正規の騎士五百騎。
城に対する備えが厚いときは騎兵突撃も食い止められて効果が薄いが、アルトドルフ市民軍に対応するために兵の半数を動かしてしまったため、ミクラジア軍管区軍の防御陣は手薄になっていた。
そこに、騎士を衝角としてリンドス騎士団が突撃する。
意識をアルトドルフ市民軍の方に移していたためか、ミクラジア軍管区軍の防衛線は、たちまち食い破られた。
「──よし、ミクラジア軍管区軍はリンドス騎士団で押さえられそうだ。皇帝親衛隊を崩しにかかるぞ」
戦況を見ていたノートゥーン伯が、残りの面子を召集する。
「アラナンとイリヤは空から行ってくれ。残りの者は、ヴァルテン市民軍の突撃と合わせて行くぞ」
切り札を切ってもいい頃だということか?
そういうタイミングは、専門に教育を受けているノートゥーン伯でないとわからない。
とりあえず、命令通りに出撃するとしようか。
「じゃあ、イリヤ、行こうか。黒石教の長老以外は警戒する必要はない。その老人が出てきたら、ぼくが相手をするよ」
「わかりんした。行きなんしょう、主様」
まずぼくが、続いてファリニシュが空に舞い上がる。
南国のこの気温では、ファリニシュも大規模な吹雪などは起こせない。
上から見ると、随分崩したように見えても、戦況はまだ皇帝親衛隊が優勢であった。
兵数で勝る上に火器の装備率が高いので、少し押し込んだところで反撃され、また押し返されている。
クリングヴァル先生も砲火を集中的に浴び、前進できていない。
「まず大砲を潰すぞ」
後方から三十門近い大砲が、ルツェーアン市民軍に砲弾を撃ち込んでいる。
その激烈な砲火で、ルツェーアン市民軍も進めないでいるのだ。
高速で接近し、上空から聖爆炎を連続で投下する。
対空の銃声が響き渡るが、高速で飛翔するぼくに当てられるやつはいない。
爆風とともに、たちまち五、六門の大砲が吹き飛んだ。
すぐに、ファリニシュが後に続いてくる。
砲兵を援護の対空銃撃兵を的確に凍りつかせながら、大砲にも氷塊の雨を降らせて破壊していた。
派手な音や煙は出ていないが、ぼくより確実に抵抗する兵を仕留めているな。
「イリヤ、出てきたぞ!」
大砲を潰されるのは向こうにとっても痛手なのであろう。
黒石の長老が、五人の魔法師を率いて舞い上がってきた。
「後ろはわっちがやりんす」
「任せた」
ファリニシュがぼくの隣から飛び去ると、五人の魔法師が釣られて追いかけていく。
ぼくの前には、ジャファル・イブン・ナーシルだけが残った。
「空の悪魔か。まさに兵が言う通りだの」
「もう少しかっこいい名前のがよかったね」
長老の杖の先から、一条の雷撃が走る。
だが、それがあることはもう頭に入れてある。
杖を向けられた瞬間、射線からはずれるようにしていれば、そう食らうことはない。
反撃のタスラムの弾丸を放つが、相変わらず杖を向けられると逸らされてしまう。
あいつには、飛び道具が通用しない。
「──ふん、ならば懐に入るまでよ」
フラガラッハを抜き、間合いを詰めようとする。
だが、そうはさせじとジャファルは連続で雷撃を撃ってくる。
太陽神の翼を使っていても、雷撃を乱射されると迂闊に懐には飛び込めない。
方向を変え、一旦上空に離脱する。
だが、上を取ったはずが、気が付けばいつの間にかジャファルがぼくの頭上に移動していた。
莫迦な、やつの移動速度はそこまでの速さはない。
どうやって頭を取ったのか。
混乱するぼくに、ジャファルから再度雷撃の線が放たれた。




