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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第一部 フラテルニア魔法学院編

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第二章 氷雪の魔狼 -10-

 夜半から風が強くなってきた。

 山頂の方は猛烈な吹雪だろう。

 昨日までは晴れていたのに、こちらが登頂しようとするとこれだ。

 魔狼の強烈な歓迎と言うところだろうか。

 いつもは寝付きのいいはずのぼくが、強風の音で眠れなかった。

 いや、これはプレッシャーなのか?


 魔狼に有効な魔術(エレメンタル)は思い付かない。

 炎熱系は場に氷雪系の力が強過ぎるから拭き消されるだろうし、だからと言って氷雪系なんて通じるはずがない。

 猛烈な吹雪が発生しているところを見ると、風嵐系も効果が薄そうだ。

 氷河(グレッチャー)の上では大地系も効きにくい。

 これは勇敢な戦士(ケオン)による近接戦しか手はないのだろうか。

 だが、相手は危険度(ロート)級。

 大鬼(オルク・ハイ)程度が相手だと反動も大したことはなかったが、魔狼が相手ではどれだけ反動が来るか想定もつかない。


 そんなことをぐるぐる考えていたら、夜が明けていた。

 眠い目を(こす)りながら干し草から抜け出す。

 レオンさんはすでに起きていて、雪山用の服や道具を取り出していた。


 雪解け水を沸かし、お湯を(すす)って暖を取りながらパンとチーズを(かじ)る。

 体が温まると、不安が薄らぐような気がした。


「行けるのか?」


 レオンさんはぼくの悩みも見抜いているのだろう。

 白銀級(ズィーバー)冒険者のレオンさんが歯が立たないと言い切る相手だ。

 本来なら冒険者に成り立てのぼくにどうにかできる相手じゃない。

 でも、大魔導師(ウォーロック)とギルド長の黒猫(シャ・ノワール)ができると見込んでいるのだ。

 いや、待てよ。むしろぼくよりあの二人が来るべきじゃね?


「まあ、やるだけやってみます。最悪は力押しの肉弾戦ですね」


 あの二人ではなく、ぼくじゃないとまずい理由があるのかもしれない。

 そうすると、その理由は何だろう。


 雪山装備に身を包むと、ぼくは自分とレオンさんに空調管理(アイムシル・リア)魔術(エレメンタル)を使っておく。

 冷え込んでいた空気が、ぼくらの周囲だけ暖かく変わる。

 まあ、着込んでいるから、あまり高くはしないようにしよう。

 寒くなければ十分だ。


「驚いたな。こんな呪文まで用意しているとは」


 レオンさんはこの魔術(エレメンタル)の有用性に(いた)く感心する。

 正直魔法(ソーサリー)は鍛錬による積み重ねだが、魔術(エレメンタル)は発想と才能が全てだ。

 魔力を使っているのはぼくじゃないからな。

 これを褒められても(いささ)面映(おもは)ゆい。


 登山靴を履き、アルペンストックを手に持ち、命綱を腰に(くく)り付ける。

 毛皮の外套に身を包み、皮革の手袋を装着した。

 さて、万年雪の氷河エーヴィッヒシュネー・グレッチャーに挑む準備は整った。

 例え、行く手に猛吹雪が待っているとしても行かねばならぬ。


 レオンさんを先頭に氷河(グレッチャー)に足を踏み入れる。

 視界は極めて悪い。

 命綱を手繰(たぐ)ってレオンさんに付いていくので精一杯だ。

 猛吹雪で外気温が下がっているので、同時に空調管理(アイムシル・リア)は強めていく。

 これがなければ、本当に凍死しかねない。


 ウォルルウウウウウウウン。


 びくりと、レオンさんに繋がった命綱が震える。

 山頂の方から、大きな狼の遠吠えが聞こえたのだ。

 あいつは、ぼくたちの侵入に気付いている。

 今のは、生かして帰さぬと言う決意の遠吠えだ。


 レオンさんは、魔狼が出てくれば離れて見ていると当初言っていた。

 自分はあくまで道案内だと。

 その理屈で言うなら、もうそろそろレオンさんは引き返した方がいい。

 もう魔狼にいつ襲われるかわからない。

 万年雪の氷河エーヴィッヒシュネー・グレッチャーはやつの領域だ。

 だが、ぼくの喉は緊張のせいかからからに渇き、レオンさんに声を掛けることもできなかった。


 いや、嘘だ。

 ぼくは、心細かったのだ。


 この旅の間ずっと、レオンさんはぼくを引っ張ってきてくれた。

 いまレオンさんがいなくなり、ぼくだけになったときの寂寥感(せきりょうかん)を思うと、足の震えが止まらない。

 大自然の脅威の前では、人間なんてちっぽけなものだ。

 エアル島でぼくは散々それを叩き込まれてきた。


 吹雪が吹き荒れる万年雪の氷河エーヴィッヒシュネー・グレッチャーを黙々と登っていく。

 普通に行けば、インデンベルゲンまで六時間くらいだろう。

 だが、この猛吹雪だ。

 日没までに辿り着けるかもわからない。

 と言うか、正直辿り着いてもそこがインデンベルゲンかどうかなんてわからない。

 視界が全くないからだ。


 時間の感覚も狂ってきた頃、レオンさんが立ち止まった。

 (いぶか)しげに近付くと、ブランデーとチーズを差し出してくる。

 どうやらエネルギーの補給をしておけと言うことらしい。


 もそもそとチーズを噛む。

 味がしない。

 余裕がないせいか。


 ブランデーを飲み干すと、かーっと喉が()けるような感覚があり、やがて腹から温まってきた。

 うん、何か正気を取り戻せたような気がする。

 今までは、ファリニシュに飲み込まれていたのだ。

 この吹雪は魔狼の攻撃。

 すでに戦いは始まっているのだ。


 しかし、この容赦のない吹雪をルウムの神父たちは突破できたのだろうか。

 空調管理(アイムシル・リア)を使うぼくですら突破できるかわからない。

 寒さに抵抗のない者たちなら、この吹雪だけで全滅しそうだ。


 レオンさんが方位磁石(コンパス)で行く先を確かめている。

 視界が全く効かないから、磁針で方角を見るしかない。

 今のところ方角は間違っておらず、インデンベルゲンまで三分の一くらいは来たそうだ。


「おれたちが凍えないので、やっこさん怒り狂っているぜ」


 時折、魔狼の大きな遠吠えが響き渡る。

 確かに、レオンさんの言っているようにも感じ取れる。

 吹雪で人間の体温を奪い、活動を鈍くし、凍傷も起こさせ、そして方角を見失い彷徨(さまよ)わせる。


 意地の悪い戦法だ。


 これでは魔狼の目の前に着くまでに大抵の人間は力尽きる。

 これだけの自然の猛吹雪が相手だと、ぼくの風刃(グィー)程度の風じゃ対抗できないし、打つ手はない。

 いや、あるにはあるが……あれは発動できるかわからないし、制御もできない。


「それにしても、恐ろしい力だ。これだけの吹雪を、狼の個体が起こせるものなのか?」

「これは魔術(エレメンタル)ですね。メートヒェンの山の力が魔狼に味方しているんです。そうでなければ、こんな吹雪を維持はできません」


 付近の魔力は魔狼に集まっている。

 ぼくの利用できる魔力は少ない。

 本当に勝ち目があるのだろうか。

 この感じからいくと、ファリニシュは魔狼と言うより神狼の域に達している気がする。


 僅かな休息の後、再びぼくらはインデンベルゲンを目指して出発する。

 吹雪はますます強くなり、濡れた服に体温を奪われそうになるが、その分空調管理(アイムシル・リア)の温度を上げる。


 降りしきる雪は新雪となって積もり、足を取るようになっていた。

 一歩進むごとに雪深く足が埋まり、歩みは遅々として進まない。

 ただでさえ視界が悪いのに、これではクレバスなどあったとしても雪に埋もれて発見できないだろう。


 レオンさんも無言のまま必死に歩いていたが、焦慮の思いは伝わってくる。

 これは、今日のうちにインデンベルゲンに到達するのは厳しいかもしれない。

 こうなったら、早くファリニシュが出てきてくれないものか。

 分厚い雲と吹き付ける雪に閉口しながら、ぼくは黒い空を見上げた。

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