第二十章 リンドス島攻防戦 -7-
フラガラッハを抜くと、向かい来る衝撃波に叩き付ける。
神剣の剣風に、カダシアン将軍の衝撃波はかき消された。
将軍は口笛を吹き、にやりと笑う。
「皇帝親衛隊に欲しい逸材だのう。どうだ、ミクラガルズに来て鍛えてみないか?」
「ぼくはエアル島の人間ですからね。外国人を皇帝に近付けていいんですか?」
「ふはは。皇帝親衛隊は、みな外国人奴隷の出身よ。このわしとてそうだ」
将軍は巨体に似合わぬ軽捷さで飛び上がると、空中に魔力を硬質化させて足場にし、ぼくに向けて槍を繰り出してきた。
ティナリウェン先輩と似たようなタイプか。
だが、パワーとスピードは、先輩を優に上回るな。
太陽神の翼で更に上空へと逃げるが、カダシアン将軍も魔力ブロックを足場にして追ってくる。
しつこい人だ。
「ぼくの動きを追って付いてくるだけ大したものですが、相手はしてられないんですよ」
繰り出された槍の穂先をフラガラッハで斬り飛ばすと、将軍に向けて聖爆炎を叩き込む。
空中で爆風を食らったカダシアン将軍は、バランスを崩してブロックから落下するが、態勢を立て直して新たなブロックの上に着地した。
予想通り、これくらいで倒せる相手ではなさそうだが、しかし距離は空いた。
更に連続して聖爆炎を放り投げ、爆風に紛れて次の船へと進む。
あんなのと付き合っていては、時間がなくなってしまう。
「此処から先は進ませぬよ、アラナン・ドゥリスコル」
だが、前方を塞ぐように小柄な老人が現れた。
黒石の長老ジャファル・イブン・ナーシルか。
下に集結してきたガレー船からも、魔力の高まりを感じる。
セイレイスにも、何人か魔法師がいるようだな。
「ふはは、長老よ。こやつはわしの獲物である。譲られよ」
そして、後ろからはカダシアン将軍が追い付いてきたか。
空中戦の機動力で負ける気はないが、なかなか面倒な展開だな。
「チルギン・インサンレル・ザクレラ・ギディヨシュ」
老人は杖を構えながら早口で叫んだが、将軍は何処吹く風だ。
「長老は戦いにきたわけではあるまい。皇帝の横で、黙って戦見物でもしていればよろしいのだ」
「アシャーギ・ギツメイジェク・シェイラ・ソイレメ、ギツメキ」
「わしの楽しみの邪魔をされるな。下の連中も下げられよ」
何だかよくわからないが、ジャファルとカダシアン将軍がもめている。
これは、好機と言えるだろう。
聖爆炎を投げ付け、爆風に紛れて遁走しようとする。
だが、ジャファルの杖の先に楔形の文字が浮かんだかと思うと、爆炎が上方に弾かれた。
文字魔法を予め仕掛けておいたのか。
事前設定ができるとなると、瞬時の対応も可能になる。
思った以上に厄介な相手だ。
同時に、眼下の三隻の船からも魔力の高まりが起きる。
三人の魔法師の手に、楔形の文字が浮き上がった杖が握られている。
あれも、事前に渡してあったということか。
誘い込んで、仕留めるつもりだったのかな。
眼下の三人の魔法師が杖を掲げる。
文字が光り、そこから三本の雷撃が走った。
ぼくの目の前が真っ白になり、魔力障壁が一気に削られる。
ぐう── 今のは障壁で防げたが、軽い痺れが手に残ったぞ。
やってくれるじゃないか。
「アラナン・ドゥリスコル。黒石の秘術を侮るでないわ!」
ジャファルが杖を掲げると、ぼくの四方に文字が浮かび上がった。
これも、事前に仕込んでいた罠か。
文字は青白く輝き、ぼくの周囲を囲むように互いにその光を伸ばし合った。
何だ、これは。
「む──魔力を吸われる──」
光の輪は、その中にいる者の魔力を吸収する働きがあるのか。
ぼくの体から、魔力が吸い上げられる感覚がある。
無論、ぼくは周囲の自然や虚空から魔力を引き出すこともできるが、そのためには大元の自分の魔力も必要だ。
これが枯渇してしまったら、魔術も神聖術も使えなくなる。
「どうだ、異教の使徒よ。これが黒石の妖精の輪だ」
「これくらいでぼくを封じられると!」
妖精の輪は周囲を囲んでいるが、上方も下方も空いている。
立体的な機動の空での戦いには、対応してない術だろう!
翼を翻し、上方へと飛び上がる。
妖精の輪の吸収の力が明らかに弱まり、やはりこの術は地上用だと確信する。
甘いな、ジャファル。
空での戦いの経験が少なかったか──。
「おっと、逃がさないぞ、少年」
カダシアン将軍の行動をあてにしていたか、か。
野郎、ぼくの上昇の先回りをするように上を取ってきやがった。
もめていたように見せたのも計算か?
いや──こいつは感覚派だ。
槍ではなく、大剣を構えたカダシアン将軍が、歯を剥き出して笑う。
考えるより先に体が動いていやがる。
クリングヴァル先生と似たタイプだな。
大剣が頭上から振り下ろされる。
あの体格に身体強化が乗ると、相当な使い手でも武器ごと両断されるだろう。
だが、どんな重い一撃でも、魔力圧縮で強化しているぼくなら、押し切られることはない!
「はっはは! 本当かよ。わしの斬擊を、受け止めよったぞ」
フラガラッハで将軍の大剣を受け止めると、激しい衝撃と押し潰されんばかりの力が伝わってくる。
身体中の魔力を高速で循環させ、大きく吠えながらその刃を押し返した。
「その体で、なんて力だ。まさに怪物だ」
カダシアン将軍の顔が驚愕に歪む。
でも、こっちもちょっとこの二人を同時に相手にするのは分が悪いや。
危険を冒すなと言われているし、此処は撤退するべきだろう。
「とりあえず、勝負はまたにしますよ」
一度急上昇し、そこから急降下をかけて将軍と長老を振り切る。
最高速ではこちらが上だ。
この急な方向転換には付いてこれず、二人は上に取り残されている。
そのまま陸地に向けて飛ぶと、何とか撤退することはできた。
陸地の敵陣を見ると、派手に炎上していた。
油を撒いて火を放って回ったのだろう。
仮設の小屋や柵が、盛大に火の手を上げている。
騒動が起きているのは予想通りクリングヴァル先生とティナリウェン先輩の突入口で、包囲されながらも鬼のように敵を蹴散らしていた。
でも、もう頃合いだろう。
上空に行って包囲の一角に聖爆炎を落としてやると、刀を構えていた兵たちが陣形を乱して崩れ去る。
そこに突入した二人は、易々と包囲を突破した。
「余計な真似をしやがって!」
走りながら、クリングヴァル先生が手を振り上げて叫んでいる。
「気にするな、アラナン。お陰で助かった」
疲れた表情のティナリウェン先輩が、荒く息を吐きながらぼくを見上げた。
先輩も魔力を使い果たしているな。
やはり、先生に付いていくのは大変だったか。
去年のぼくの苦労もわかってもらえたかな、先輩!




