第二十章 リンドス島攻防戦 -4-
翌日。
よく晴れた初夏の日差しの下、神の眼で海上を眺めていると、遠く水平線上に帆が幾つも現れてくるのが見えた。
間違いない。
セイレイスの輸送船団だ。
「来ましたよ」
傍らに立つベルナール先輩に声をかけると、先輩は小さく頷き、掌を打ち合わせた。
緊張を解す動作だろうか。
「イシュマール、将軍に伝令。艦影、見ゆだ」
ノートゥーン伯が、ティナリウェン先輩を伝令に走らせる。
「時間的に、連中まだニギア、ティロス、クレパティアに派遣した艦が沈んだことは知らないな?」
ノートゥーン伯の問いかけに、とりあえず頷いておく。
確証はないけれど、カルパトス島からリンドス島に来るのに、わざわざ北西の三島を回ってくる意味がない。
制海権を得ているセイレイスは、安心して僅かな護衛で輸送帆船を送り出している。
襲撃を予想もしてないだろう。
「いいな。オーギュストは、上陸用の舟艇が接近してきたら狙え。アラナンは、後方の母艦を沈めろ。ガレー船より、兵員の乗った帆船を優先だ」
「了解。小回りの利かない帆船は、ぼくから見れば亀みたいなものです。沈めるのは簡単ですよ」
実際、海岸の岩場から攻撃するベルナール先輩では、沖合いに停泊するガレー船や輸送帆船には魔法が届くまい。
「皇帝親征ってことは、ミクラガルズ最強の男も来ているってことだな。ターヒル・ジャリール・ルーカーンより強い男ってのを、見てみたいものだ」
不吉なことをクリングヴァル先生は言う。
この人は、強い人と戦うことしか頭にない人だ。
それ以外の細かいことはどうでもいいタイプだよね。
皺寄せが全部ノートゥーン伯に行っている。
「上陸してきた敵兵は、クリングヴァル先生に任せますよ」
さりげなく押し付けると、先生はにやりと笑ってぼくの髪をかき回した。
やるべきことは、わかっているらしい。
沖合いにガレー船が現れると、轟音が鳴り響き、大砲を撃ち始めた。
湾の砂浜に向けての艦砲射撃。
上陸の邪魔物を排除するつもりだろう。
無人の砂浜に向けて、流星雨のように砲弾を降らせてくる。
「そろそろだな。上陸が始まるぞ。帆船から上陸用の小舟が降ろされる」
ノートゥーン伯の宣言通り、反撃がないことで満足したのか、ガレー船が退いて輸送帆船が出てきた。
そこから、上陸用の舟艇が出され、陸戦の兵が乗り込んでいるようだ。
「行ってきますよ」
出撃を宣言すると、ノートゥーン伯が頷いた。
「輸送帆船を優先的に沈めろ。まだ小舟を降ろしてないのがいい」
「了解」
ノートゥーン伯の指示は、頭に入っている。
大丈夫だと手を挙げながら、太陽神の翼を広げた。
大地を蹴り、晴れ渡った蒼穹へと飛び上がる。
上空から見ると、リンドス湾に敵の艦隊が集結してきているのが一目瞭然でわかった。
とりあえず、昨日の要領で行ってみようか。
上空から、聖爆炎と神槍を叩き込む。
たちまち、一隻の輸送帆船が火を噴いた。
右往左往する兵たちに神銃の乱射を浴びせながら、備え付けの上陸用舟艇にも聖爆炎を投げ込んでおく。
爆発と火災と浸水で、帆船が沈降し始めているのがはっきりわかった。
そして、異常に気付いたガレー船が、慌ててこちらに向かってくるようだ。
だが、機動力でぼくに勝てると思っているのか。
ガレー船が到着する前に、ぼくは次の獲物に取りかかる。
再び聖爆炎を撒き散らすと、槍を撃ち込んで船に大穴を開けまくる。
空からの襲撃であることが理解されてきたのか、散発的に矢を飛ばしてくる者もいたが、神の眼を使用中のぼくがその程度の速度の狙撃に当たることはない。
五隻を炎上、沈めるのに十分とかからなかった。
だが、ベルナール先輩が受け持っている前線の方は、少し苦しいようだな。
先輩の火の鳥は巨艦も沈められる大技だが、あれはそう連発できない。
従って、小舟には少しランクの落ちる爆炎魔法を使っているようだ。
そのため、仕留めるのに時間がかかって全部の小舟に対応できていない。
上陸し始めている兵がいるのだ。
しかし、これはまあ予想の範囲内だ。
元々、全てを殲滅しきれるとは思っていない。
上陸する兵が増えて、ベルナール先輩のところに敵兵が増えてきたら撤退するしかないだろう。
それまでの時間勝負だ。
次の輸送帆船に向かう。
すると、船上から一斉に射撃音が聞こえてきた。
銃弾を避けるために上昇しつつ、下の船上を見る。
ほう、あれは皇帝親衛隊の火縄銃部隊だな。
西方の騎士などはまだ銃を軽視しているが、セイレイス帝国では積極的に銃火器を兵に導入している。
あの部隊は、早めに潰しておきたい。
船上に向けて、聖爆炎を連続して投下する。
爆音が轟き、銃を構えた兵たちも甲板に身を投げ出されていた。
燃え上がる帆布が、倒壊する帆柱とともに兵たちの頭上に落ちていく。
絶叫には心が痛むが、それと任務は別物だ。
甲板上の抵抗勢力を一掃すると、槍を船底に撃ち込んで船を沈めにかかる。
その間に、もう少し聖爆炎と神銃の弾丸をばら撒いておいた。
精鋭部隊は、念入りに潰しておかないと後が怖い。
次の船に取りかかろうとしたとき、海水が渦状にせり上がってぼくに向かって突っ込んできた。
旋風を当てて四散させたが、これは明らかに魔法だ。
あの艦には、魔法師が乗っている。
当然、重要人物に違いない。
「アラードゥイ・クァダインタハー!」
眼下の輸送帆船から、大きな魔力を感じる。
そうか、そこにいたか。
仮にも、ルウム教会に張り合うほどの宗教組織を作り上げた黒石教団だ。
神の加護を持つ男がいても、不思議はない。
「エスカット!」
銃声が響き、ぼくの頬を弾がかすめる。
魔力を持った老人の周囲に十数人の護衛がいるようだ。
あれも皇帝親衛隊かな。
「恐らく、あれは黒石の長老ジャファル・イブン・ナーシルかな。聞いていた特徴と一致する」
そうだとすれば、大物だ。
セイレイス帝国どころか、黒石教徒全体にとっての権威である。
あれを倒せば、今後の展開が非常に楽になるはずだ。
神銃を抜くと三連射撃を老人に向けて放つ。
回避しようが、弾丸は追尾して対象に命中する。
その命もらった、と思った瞬間、老人の手にした杖が目映い輝きを発した。
すると、ぼくの意志に逆らって、神銃の弾丸が老人から逸れていく。
こいつ──思った以上に手強いかもしれない。
こいつの首にこだわるべきか、否か。
ぼくの脳裏に迷いが走った。




