第十九章 白光の脅威 -10-
ビアンカとイザベルの対決の見学には、ハンスとカレルを誘った。
ハンスは学長が戻ってきたら卒業の認定になるので、評議会が終わるまでは暇である。
カレルはいつも忙しそうにしているのだが、不思議と色んなところに現れる。
これもひとつの才能なのだろうか。
「イザベルさんは、思いきりのよさがいいんですよね。迷いがなくて、攻めるときはすぱっと来るんです」
「視野も広いんだよな。小鬼に囲まれながら、おれたちの方にも気を配っていたし」
そして、何故か誘ってないのにヘルマンとアリステーアもいる。
この時間帯は初等科もランキング戦のはずだが、そっちには興味ないのか。
「そういや、ヴォルフガングが初級迷宮挑戦権を得たって?」
「耳が早いっすね、兄貴。ええ、あいつ以外十位以下の雑魚ばっかりの班なんですが、一人でアドリアーノ・ヴィドーに勝っちまいましたからね。中等科に上がるのもすぐでしょうし、上がれば一番になりやがるでしょう」
ヴォルフガング・フォン・アイゼンブルクの力量は、入学当時のハンスよりも上である。
流石にいまのハンスには敵わないが、その力は侮りがたい。
得手は槍だから、黒騎士の後継者にはなれないだろうが──帝国でも有数の武人になることは間違いあるまい。
「ビアンカはハンスと同じ付与魔法科だよな。ハンスから見て、どうなんだ?」
「これでもわたしも豪剣で撃ち砕く型だからね。ビアンカに力負けしたことはない。だが、彼女とまともに撃ち合えば、大抵の生徒は武器を弾かれて態勢を崩すよ。攻め立てられて守勢に回ったら、もう終わりだね」
ビアンカは攻めが主体のパワータイプか。
女の子とは思えない激しさだな。
「イザベルさんは妨害魔法科ですから、上手く嵌まれば勝機はありますよう」
「でもよ。まとまってはいるんだけれど、イザベルさんには突出したところがないんだよな」
辛辣な意見だが、ヘルマンの言うことは正鵠を射ている。
イザベルは苦手がなくバランスの取れた戦士だが、これという特長はない。
ビアンカは荒っぽいが長所をパワーに振り切っているため、持ち味を生かされると手が付けられない。
先に訓練場に入ったのは、ビアンカの方であった。
せっかちだから、開始時間よりかなり早く来ている。
湾刀を肩に担ぎながら、足を踏み鳴らしてイザベルを待っていた。
「遅いな、イザベル」
「そりゃ、おれがこの間、わざと少し遅れろと言ったからな」
平然とカレルがとんでもないことを言った。
「よく見ろよ。ビアンカのあの苛つきよう。あいつは、待つのが苦手なんだ。苛立ちが高まると、剣筋が目に見えて荒くなる」
「驚いた。ランキングに興味がないくせに、やけに詳しいな」
「なに、アルフレートの受け売りさ。おれは生徒の情報も扱っているからね。あいつに試合を見させて、おれがその情報を商売する。下位の生徒は必死だからな。いい小遣い稼ぎにはなったぜ」
こいつはどれだけ手広くやっているんだろう。
学院の生徒の範疇を超えて活動しているし、何をやっているか全部知っている人間は本人以外いないんじゃないか?
「──でも、イザベルの性格的に、遅れるのはできなかったみたいだな」
時間ちょうどに、イザベルは姿を現した。
あの真面目で堅物なイザベルが、遅刻ができるはずがない。
カレルは肩をすくめると、首を振った。
作戦を遂行しきれないイザベルに呆れたのか。
「人を選んで作戦を立てろよ。わかるだろ?」
「いやっ。イザベルはもっと任務のためなら悪どいこともしなければならないことを覚えないとな!」
純真な少女を悪の道に誘うなよ、カレル!
「遅れて申し訳ございません」
律儀に謝ると、イザベルは訓練場の中に入った。
ビアンカは苛立っていたようだが、若干治まったようにも見える。
だが、性格的にビアンカが黙っているはずがなかった。
「叩きのめしてやるわ」
「お好きにどうぞ」
イザベルには幾つか短所もあるが、臆病者という言葉がそこにはない。
眉を逆立てて威嚇をするビアンカに、怯えた様子もなく無表情を貫いている。
いい度胸だ。
ビアンカは開始線に下がり、湾刀を右手に持って構えた。
威嚇が通じぬとわかると、実力で黙らせる気になったのだ。
野生の獣のような猛々しさを持っているビアンカである。
勝負勘はいい。
「おい、ハンス。未来の花嫁に声援は送らないのか?」
ちょっとからかうと、ハンスはため息を吐いて両手を広げた。
「可能性があるだけさ。わたしが決めることではない」
「ザルツギッター家の後嗣の婚姻だからな。外交と同じで、一番利益のある形で決定される。ハンスに比べりゃ、おれやアラナンは幸せなもんさ」
そんなぼくたちの戯言を知ってか知らずか、ビアンカとイザベルが開始線で対峙した。
ビアンカは裂帛の気合で押すが、イザベルは静かに流している。
イザベルの方が落ち着いているな。
「始め!」
審判の声と同時に、ビアンカが一気に攻勢をかけた。
遠間から一足跳びに距離を詰めると、激しく左右斜めからの撃ち込みを繰り返す。
イザベルは必死に撃ち返しているが、パワーの差で押し込まれているな。
後退を余儀なくされ、気が付けば訓練場の隅にまで追いやられている。
「カレル、中途半端にビアンカを怒らせたのは失敗じゃないか?」
「まあ、見てろよ。イザベルは冷静だぞ」
見たところ、追い詰められているのはイザベルだ。
もう退がれない位置にまで押し込まれ、ビアンカの連撃を必死に撃ち返している。
だが、力負けは歴然で、弾かれるのはイザベルの剣だけだ。
左手に盾を持っていなかったら、とっくに撃ち負けているだろう。
「あれで大丈夫なのか?」
「順調だよ。見ろ、アラナン。追い詰められてからのイザベルの粘りで、ビアンカが苛立っている。大技で決めに来るぞ」
カレルの言う通り、ビアンカは勝負を急いできた。
湾刀を振り上げると、刃が赤熱化し、白い煙を上げ始める。
灼熱の刃。
ビアンカの得意な魔法剣だ。
あれと撃ち合えば、イザベルの武器は持つまい。
だが、撃ち込もうと力を入れて踏み込んだとき、ビアンカの右足の下の土が僅かに凹んだ。
いつもであれば、その程度の妨害で乱れるビアンカではなかった。
だが、とどめを刺すために、ビアンカはいつもより大きく荒くなった。
イザベルは、その一瞬の隙を付いたのだ。
態勢が崩れたビアンカを、イザベルが盾で押し返す。
力が込められないビアンカは、容易く仰け反った。
瞬時にイザベルが足を飛ばし、ビアンカの足を払う。
揉んどりうって倒れたビアンカの頭部にイザベルが剣を振り下ろし、そこで勝負が決した。
「な、だから言っただろ」
カレルがぼくの背中を叩き、片目をつぶった。
うーん、ちょっとビアンカにはすっきりしない負け方だろうな。
だが、ビアンカの猛攻を凌いだのは、イザベルが基本の身体強化と剣術をしっかり学んでいるお陰だろう。
それを考えれば、これも彼女の努力の賜物といっていいのだろうか?
「──カレル、作戦を授けたのがお前だとビアンカにばれたら、五体満足でいられないと思うよ?」
多分、それが結末だろうと思った。




