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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第二部 帝国擾乱編

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第十九章 白光の脅威 -7-

 アルトゥン──アセナ・センガンの母親。

 そして、魔王ボルテ・チノの血を受け継ぐ魔女。

 まさか、息子のセンガンの怪我の復讐でこんなことを企てたというのか?

 本当にそうだとしたら、随分息子思いで、短気で、そして無鉄砲なやつだな。


「さっき、お前が巨人に仕掛けたときに、隠した魔力に僅かに揺らぎがあった。動こうとしたが、速すぎて諦めたんだろう」


 太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーを使っていなかったら、やられていたのかな。

 ぞっとしない話だ。


「ま、大魔導師(ウォーロック)が魔女を見ている。気にしなくても大丈夫だ。それより、あの不死身の巨人を何とかしないとな」


 ヴァイセスリヒトの顔の大穴は、もう完全に修復していた。

 また、暴れ始めると近付くのも容易ではない。

 颶風(ぐふう)のように荒れ狂うあの丸太のような槍を潜り抜けなければ、懐には飛び込めないのだ。

 時折混ぜられる真円の眼からの白光が、それに追い討ちをかける。


「スヴェンの手にも負えぬか?」


 飛竜(リントブルム)は、クリングヴァル先生に無理なら自分が代わるぞと言いたげである。


「何の。一度で駄目でも、何度でも繰り返してやりますぜ」


 轟と槍を振り回すと、再び先生は巨人の体を駆け上がっていく。

 ぼくは上空には上がらず、足を攻めることにした。

 あちこち動かれても困るので、振り下ろされる足を回避しながら体を支えている方の足をフラガラッハで斬りつけていく。


 上方からは、何かが吹き飛ぶような音が聞こえてきた。

 クリングヴァル先生の攻撃だろう。

 だが、一撃くらいで何とかなる相手ではない。

 今度は攻撃を止めず、二人でひたすら攻撃を繰り返す。

 ざくざくと足の腱を斬りまくると、さしもの巨人の回復も間に合わず、横倒しにどうと倒れた。

 そのせいで多くの木々が薙ぎ倒され、激しい風が巻き起こって振動が大地を揺るがした。

 が、斬られた傷口はすぐにでも再生し始めてしまう。

 こいつの魔力は底なしなのか?


「──そうか。巨体すぎて、魔力の流れをきちんと見ていなかったぜ。そりゃ、幾ら攻撃しても無駄なわけだ」


 返り血で全身赤黒くなったクリングヴァル先生が、槍を担いで戻ってきた。


「フェストでもいたろ、アルビオンの王弟。あれと同じだ」

「あっ、大地の魔術(エレメンタル)──巨人ならおかしくないですね。ぼくも目の前だけ見てて、大地から魔力を吸い上げているとかまで気付かなかったです」


 言われてみれば、確かに巨人が大地と接している部分から大量の魔力が流れ込んでいる。

 あれを何とかしないと、この辺一帯が魔力が尽きて死の大地になってしまうぞ。


「爺どもは気が付いていたはずだ。おれとアラナンを試している気か? 性格の悪い連中だぜ」

「聞こえとるぞ、スヴェン」


 じろりと学長に睨まれたが、クリングヴァル先生はふんと鼻を鳴らした。


「大地から切り離さないと、攻撃しても意味がねえ。だが、あの巨体を地面から持ち上げる方法──あるのか?」

「一万ポンド(約四千五百キログラム)以上あるんですよ。どんなに身体強化(ブースト)しても、五百ポンド(約二百三十キログラム)が精一杯ですよ」

「弱っちいなあ。千ポンド(約四百五十キログラム)くらいいけよ」

「それでも全然足りませんよ!」


 いけない。

 クリングヴァル先生のペースに乗せられたら、解決策を考えるどころじゃないや。

 だが、本当にどうしたものか。

 うーん。

 地面に穴を掘って落とすことはできるが、そのまま落下すればまた大地に触れてしまう。

 あの巨体を支えられない以上、どうしても限界があるな。


「どうします、先生!」


 巨人は完全に再生し、槍を振り回して足を踏み鳴らす。

 当たりはしないが、揺れるし鬱陶しいな。


「参ったね」


 だが、クリングヴァル先生も槍を担いだまま、軽く肩をすくめた。


「あの質量を持ち上げる手段なんて、おれの手札にはない。こればっかりはお手上げだ。残念ながら、ご老体にお出まし願うしかないや」

「降参とは情けないのう。仕方なや、何とかしてやるがよい、イリグよ」

「ふん。だから、フェストでレナス帝領伯ごときに遅れを取るのだ」


 大魔導師(ウォーロック)に促され、飛竜(リントブルム)が重い腰を上げた。

 いよいよか。

 ぼくはクリングヴァル先生から武術を教わっているから、飛竜(リントブルム)の拳を生で見たことはないのだ。


「見ておけ」


 飛竜(リントブルム)は、庭を散歩するかのように巨人に向かって歩いていた。

 特別速くもなく、回避もしていないのに、振り回す巨人の槍は飛竜(リントブルム)には当たらない。

 どういう境地なんだろうか。


 そのまま静かに巨人に接近した飛竜(リントブルム)は、目の前にあった大木のような足に手を伸ばし、触れた。

 掌打とかとかではない。

 本当に触れただけだ。

 そして、くるりと踵を返し、戻ってくる。


 え、今ので終わり?


「──見ろ、アラナン」


 クリングヴァル先生が、飛竜(リントブルム)が触れた場所を指し示した。

 何かと思い、その先を見る。

 すると、巨人の足が、触れた部分から黒く変色し、どんどん腐って崩れていっている。


「え、あれはなんです? あんな技がアセナの拳にはあると? クリングヴァル先生も使えるんですか?」

「──莫迦だな。おれの知るアセナにあんな技はねえ──拳ですらねえ。あれはただ、触れることで、魔力の働きを狂わせただけだ」


 黒く腐った部分は次第に広がり、ぼとぼとと崩れた腐肉が地上に降ってくる。

 あれが──魔力の働きを狂わせただけ?

 冗談じゃない。

 あれだけぼくと先生が必死になって攻撃しても沈まなかった地上の巨艦が、飛竜(リントブルム)が軽く手を添えただけで呆気なく死ぬのか。


「──再生を逆に促進したんだ」


 不意に飛竜(リントブルム)が何をやったのか、水が土に沁みるように理解できた。

 強力な巨人の再生の魔術(エレメンタル)

 飛竜(リントブルム)はその魔力の流れを見極め、急所となる一点に触れて魔力の流れを逆にしてしまったのだ。


「あんなことが可能なんですね──。人間業とは思えないや」

「魔力の流れを狂わすなんざあ、本来闇の技だよ。だから、飛竜(リントブルム)はおれにも伝えてない。アセナの暗殺の拳ってこった。だが、それだけに──連中は躊躇いなく使うだろうな」


 崩落する巨人の上空に、黒衣の女性が浮かんでいた。

 黒いベールで顔を隠し、表情を見ることはできない。

 だが、怒りに震えていることは、その激しい魔力の奔流で否が応でもわかった。

 この女性──ハーフェズやセンガンよりも、遥かに恐ろしい量の魔力を持っている。


 魔王の裔。


 これが、闇黒の聖典(カラ・インジール)の幹部アルトゥンの力か。


円眼の巨人(キュクロープ)は大地の申し子。それを葬り去るとは、相変わらず不遜な所業ですね、王よ」

「鬼神も我が前を行くのを避く。忘れぬことだ」


 黒衣の魔女は、飛竜(リントブルム)と睨み合う。

 アセナ・イリグにとっては、アルトゥンは息子の嫁に当たるのだろうか。

 見るからに仲はよくなさそうだな。


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