第十九章 白光の脅威 -6-
翌朝早朝から、三人はぼくの毎朝の訓練に同行することになった。
とはいっても、朝にやっているのは、走ることと、型の反復練習だけだ。
簡単そうに見えるが、ヘルマンとアリステーアは走るだけで脱落した。
当然、身体強化を使わないと付いてこられないし、使ったらすぐに魔力が切れる。
こればかりは再循環が使えないとどうしようもないので、一応その原理は教えておく。
できるようになるかは自分次第だ。
少し体をほぐすと型の反復練習に入るが、これも魔力を攻撃に乗せて放つための重要な基礎訓練だ。
体の動きが澱めば、魔力の流れも滞る。
イザベルはそれなりにまとまっていたが、小さくまとまりすぎであった。
一の魔力で半分の威力も出せていない。
魔力圧縮を覚えろとは言わないが、一の魔力で一の威力は出さないとどうしようもない。
これが、小鬼相手でも多数だと捌ききれなくなる原因だな。
なので、ヘルマンとアリステーアにはとにかく再循環を、イザベルには魔力の効率的な流し方を教える。
すぐにはものにできないだろうが、頑張ってほしいものだ。
三日後、寝ようとしているところにシピから連絡が入る。
封印に接触している女がいるそうだ。
円眼の巨人が再び現れるというので、大魔導師と飛竜、クリングヴァル先生にも協力要請を出したらしい。
初めからそうした方がよかったよな。
女が封印に触れたときに付けたマーキングで影渡りを使い、シピは現地に急行するそうだ。
ぼくにも早く来いという。
愚図るアンヴァルを叩き起こして、この間の場所に急行する。
三十分もかからず到着するが、近付くにつれて先日の強大な魔力が強く感じられるようになった。
円眼の巨人は、すでに戻ってきている。
あの不死身とも思える再生能力は、人狼を思い出して嫌な気分になるな。
空気を震わす咆哮が此処まで聞こえてきた。
すでに、戦闘は始まっている。
大魔導師が動いているなら、すでに到着していてもおかしくない。
あの老人は、転移の神聖術くらいは使えるはずだ。
轟音とともに、夜空を赤々と染める巨大な火柱が立った。
円眼の巨人よりももっと大きい、まさに小山のような火炎だ。
あんな炎はハーフェズですら出せないだろう。
明らかに、学長のものだ。
これは、ぼくが行く前に終わっていないか?
あんな炎の中で生き残れる生物はいないだろう。
山中の木々を燃やし尽くすような火焔に接近すると、学長たちがいるところを発見した。
もう、みんな到着しているようだ。
ぼくが一番遅かったな。
「ぼくは来る必要なかったですかね」
炎を見ながらクリングヴァル先生に聞くと、先生は槍を構えながら首を振った。
「そんな生易しい相手じゃねえ。見ろ、炭化しても再生してきやがる」
学長の炎──どうやら指定された範囲の外には延焼しないよう結界の中だけ焼き尽くしているようであるが──の中を凝視すると、確かに黒焦げになった巨人の魔力は全く衰えていない。
それどころか、瞬く間に新しい肉と皮膚が出来上がっているようだ。
「反則ですね、あんなの」
「とりあえず、あれで駄目なら弱点の攻撃か。あの目でも潰してみるぜ?」
クリングヴァル先生が、簡単そうに言う。
「やってみよ」
簡潔に飛竜が答えた。
この老人だけは、本当にいるのかどうかもわからないほど静かだな。
魔力も気配も、全く感じられない。
戦闘中ということで、他の人は魔力を少しは感じ取れるんだが、飛竜だけは本当に魔力を発していないんじゃないかと思えるくらい何も伝わってこない。
「じゃ、行くか。アラナン、お前も行ってみろ」
いきなりクリングヴァル先生に言われ、思わず一瞬目をしばたかせる。
だが、戦うために来たんだし、このまま見学だけなんて性に合わない。
やってみようか。
「じゃあ、行きますよ!」
少なくとも、太陽神の翼を発動すれば、クリングヴァル先生より速く攻撃できるはずだ。
輝く翼を足の左右に広げると、駆け上がるように巨人の円眼を目指す。
巨人の動きは、前回と同様ぼくを捉えられるほどではない。
それでも、真円の眼がこちらを向き、魔力がそこに集中するのを見れば何がくるのかわかる。
咄嗟に横にずれると、ぼくのいた場所を眩しい白色の光が通過していくのが見える。
危ない、相変わらず油断はできないな。
だが、これで暫くは白光も来ないだろう。
一気に行くぞ!
全速で飛翔し、フラガラッハを真円の眼に突き立てる。
巨人は苦悶の声を発し、ぼくを振り払おうとするが、それより速くクリングヴァル先生が駆け上がってきた。
先生は、飛翔系の魔法を持っているわけではなく、巨人の体を伝うように跳び上がってきたのだ。
もし、ぼくが太陽神の翼がなく、同じことをしろと言われたらできまい。
やっぱり出鱈目な人だ。
先生の槍の先端に集まる魔力の凝縮度を見て、ぼくは慌てて剣を抜いて全速で離脱をしようとする。
かろうじて離脱したぼくの足をかすめるように、螺旋に渦巻く魔力を帯びた先生の螺旋の雷光が、巨人の真円の眼に突き刺さった。
同時に槍の先端に圧縮されていた魔力が解放され、その激しい衝撃が巨人の巨大な頭の後ろにまで突き抜ける。
魔徹。
巨人の頭に開いた大穴を見て、あの威力はまだぼくには出せないと改めて思う。
「先生!」
だが、それども円眼の巨人の魔力は尽きていなかった。
みるみるうちに肉が盛り上がり、穴が塞がって傷口が再生していく。
これには、流石のクリングヴァル先生も肩をすくめざるを得なかった。
「呆れた化け物だな。一回、退くぞ」
クリングヴァル先生は地上五十フィート(約十五メートル)の高さから、平気な顔で飛び降りる。
慌てて、ぼくもその後を追った。
大丈夫か一瞬不安に思ったが、回転しながら着地した先生は、特に問題なさそうな表情だ。
あの高さから落下して無傷とか、どういう原理なんだろう。
「気付いたか、アラナン。巨人の側に、隠れているやつがいるぞ」
油断なく槍を構えた先生が、さらりととんでもないことを言う。
驚いたが、考えてみれば封印を解いた女がいるはずだ。
それが、隠れているやつなのか?
「アルトゥンだ」
相変わらず、飛竜の言葉は短く、無駄なことを言わない。
だが、その眼光はしっかりと隠れている女を見据えているようだ。
「ほう──魔王の血統じゃな。道理で巨人の封印を解けるはずじゃ」
学長の表情も険しくなる。
闇黒の聖典でも、大物が来ていることに驚いたのか。
「センガンがアラナンに傷付けられた報復かの。心せよ、アラナン。油断しとると、アルトゥンに殺されるぞ」




