第十八章 アプフェル・カンプフェン -7-
ぼくとカレルの前に彫像兵を置き、アルフレートは走り去る。
何処に向かうのかと思えば、ヘルマンがギーゼラを追いかけている方角だ。
アルフレートめ、ぼくとの直接対決は分が悪いと見て、大将首に方針を切り替えやがったな!
「アラナン、行け!」
振り下ろされた巨像の腕を、魔力障壁で受け止めてカレルが叫ぶ。
「ヘルマンじゃ、アルには勝てねえ!」
「任せた!」
カレルが大きく手を叩いて彫像兵の注意を惹く。
巨像は、そこまで動きは素早くない。
回り込んで、ぼくはアルフレートの後を追う。
アルフレートは、すでにヘルマンに追い付きかけていた。
ギーゼラを追うことに集中しているヘルマンは、アルフレートの接近に気付いていない。
「ヘルマン、後ろ!」
援護は間に合わないので、声を張り上げる。
振り向いたヘルマンは、アルフレートの姿を認め、動揺した。
そこに、潜り込むかのようにアルフレートは肉迫する。
抜き放たれた手刀が、ヘルマンの胴を薙いだ。
あの動き、黒騎士の神速の断罪を意識していやがるな。
アルフレートの動きに付いてこれないヘルマンは脆くも吹き飛ぶが、かろうじて魔力障壁が持ちこたえてまだ意識があった。
だが、俊敏な動きでアルフレートは追撃に掛かっている。
あの詰め方。
フェストの決勝を思い出すな。
アルフレートは、見ただけでアルトゥール・フォン・ビシュヴァイラーの動きをなぞることができるんだ。
流石の才能。
剣に関しては、本当に誰より一番才能があるのではなかろうか。
アルフレートが、再度手刀を抜き放つ。
今度の軌道は左斜め上から肩口に入ってくる。
まともに受ければ、鎖骨を砕かれかねない。
何とか伸ばした魔力の糸で、強引にヘルマンを引っ張る。
魔力障壁ごとシャツの胸をすっぱり斬り裂かれたが、かろうじてヘルマンを救い出し、ぼくの後ろに保護することに成功する。
ヘルマンの表情は恐怖に歪み、汗と涙でくしゃくしゃになっていた。
それだけ、アルフレートのプレッシャーがきつかったのだ。
「一撃で仕留めるつもりだったんですけれどねえ。初等科生とはいえ、一位の実力を侮ってはいけませんでしたか」
「冗談に聞こえないところが怖いな。だが、アルフレート。黒騎士の真似事じゃ、ぼくには通じないぞ」
「嫌だなあ、アラナンさん。ぼくの剣に型は──」
にこりと笑うと、アルフレートは高速の三連貫手を目、喉、心臓に向けて放ってくる。
前に出していた両手で払ったが、躊躇なく急所を攻撃してくるとは容赦ないな。
「元々ありませんよ」
「ああ──やりにくい相手だよ、お前は」
ハンスのように、反復練習で鍛えた剣は読みやすい。
だが、アルフレートは感覚で剣を振るうので、決まった型がない。
一撃に宿る力はハンスの方があるが、読みにくさはアルフレートに軍配が上がる。
「だが、それでも──」
上下同時に放たれた手刀を腕の回転で払い除けると、がら空きの腹に門の破壊者を突き込んだ。
衝撃は体内に残さず、手加減して吹き飛ばす力にしておく。
それでも、アルフレートの魔力障壁を砕き、悶絶させる程度の威力はあった。
「身体強化の練度がまだ甘いんだよ、アルフレート。中等科のレベルを抜けきれてないぜ」
「ぐふ……重い一撃ですね……。流石はアラナンさんだ──ぼくの剣は軽いですかね──?」
踞るアルフレートから頭上の白銀の林檎を取ると、ぼくは小さく頷いた。
「アルフレート、お前は誰よりも才能はあるけれど、その剣には鍛練の積み重ねがない。そんな剣では、本当に強い人には勝てないよ」
「ふふ──そんな気はしていました。だから、いつもあと一歩及ばないんですよね──。本気で撃ち込んで負けるのが怖かったんでしょう。でも──」
アルフレートは地面に大の字になると、天に向かって哄笑した。
「黒騎士を目指せば変われるかもしれないと思いました。でも、所詮あれは人の剣だ。ぼくには、ぼくの剣がある──。アラナンさん、ぼくはプルーセン騎士団に行きますよ。叔父が死に、代わりに将来の騎士団総長としてぼくを迎えるそうです。ポルスカで壊滅した騎士団を、ぼくが立て直さなければならない」
「プルーセン騎士団に──そうか、ジークフリート・フォン・ローゼンツォレルンの跡をアルフレートが」
「当座はお飾りの副総長ですけれどね。ルウム教会は、あそこの前線を手放すわけにはいかないんですよ──まさか、ぼくにお鉢が回ってくるとは思いませんでしたが」
今日のアルフレートは、何処か覚悟を持って立ち向かってきた気はしていた。
それは、こういう理由によるものだったのか。
ローゼンツォレルン総長の戦死の状況を目の当たりにしていただけあって、複雑な気持ちだ。
「北の大地で、一から見つめ直しますよ。なに、強くなる方法は見てきたつもりです。後は、自分がやるかどうか」
「そうか──プルーセン騎士団でな。頑張れ。寂しくなるな」
アルフレートを助け起こすと、その肩を叩く。
彼は胃を押さえると、痛そうに顔をしかめた。
「それにしても、門の破壊者はないでしょう。殺す気ですか」
「手加減したぞ」
「昼飯は食えそうにないですよ。あいたた」
大袈裟にアルフレートが痛がっているところに、ヘルマンがギーゼラの林檎を持って戻ってくる。
一人になったので、抵抗を諦めたようだ。
それにしても、すばしっこい子だな。
ヘルマンだって、初等科にしては十分に速いのだが。
それを完全に振り切るんだからな。
「ああ、お疲れヘルマン。よく持ちこたえたな。右脇腹は大丈夫か?」
「めっちゃ痛いっすよ。でも、あのアルフレートさんを一撃でのすとは、流石は兄貴っすね」
「それくらい元気なら大丈夫だな、後はカレルは──」
振り返ると、ちょうど彫像兵が巨大な腕を振り上げたところだった。
その腕の下では、魔力障壁が丸裸になったカレルが、座り込んで悲鳴を上げていた。
「おおい、アラナン、アル、助けてくれえ! こいつを止めてくれよ!」
涙ながらに訴えてくるカレルを見て、アルフレートは慌てて彫像兵に命令を出す。
腕を振り下ろした彫像兵は、その勢いを止められなかったが、かろうじて着地点を僅かにずらした。
轟音とともに鋼鉄の拳が開いた足の間に衝突し、大量の土砂を巻き上げる。
カレルは腰が抜けて、這うようにして後ろに下がった。
「いやあ、すみません、カレルさん」
「すみませんじゃねえええ! 殺す気か、アル!」
「いやですねえ。手加減しましたよ」
「嘘つけ、何処に手加減の要素があったんだよ!」
へたりこむカレルを見て、アルフレートはからからと笑った。
笑いすぎて、腹が痛くなったのか右手で押さえる。
その目尻には、かすかに涙が浮かんでいた。
それが痛みによるものなのか、こんな生活が終わろうとしている寂しさによるものなのか、ぼくにはわからなかった。




