第十八章 アプフェル・カンプフェン -6-
その後、尖塔の下に降りるまでに二班と遭遇したが、何れも高等科生のいない班で相手にならなかった。
全員でかかって、瞬時に制圧して終わりである。
「──途中経過だ」
尖塔の一階には、魔導画面が設置されており、現在の順位と得点が表示されていた。
トップはぼくたちで三十三点。
直接戦った分と、トリアー班が獲得していた三点を加算したポイントとなっている。
そう、カンプフェンは、倒した相手の持っているポイントも奪い取れるのだ。
このルールのお陰で、最後まで優勝者はわからない。
「二位はマリーやハンスたちか。やるねえ」
カレルの呟きに、思わず頷く。
二位のマリー班は、十七点であった。
攻撃力の高い班だから、片端から出会った班を潰して回っているのだろう。
「三位はジリちゃん先輩とノートゥーン伯か。十点ずつで同点だな」
参加している班は、全部で二十七班。
もう半分以下の数になっているな。
此処からは、上位陣の潰し合いになる。
「生き残っているのは、もう七班だけだぜ。どいつからやるかね」
カレルが、魔導画面の半分に映し出される学院の地図を指し示す。
地図には光点があり、ご丁寧に光点はプラチナ、黄金、白銀、青銅で色分けされていた。
プラチナは学長室のある尖塔で瞬いている。
これじゃ、ぼくだけ完全に特定されるじゃないか。
「一番近い黄金を目指すか──いや、一個近付いてくるな。迎撃するぞ」
地図に表示される金色の光点のひとつが、明らかに接近してきていた。
ぼくたちを狙っての移動で間違いない。
「見つけたでえ。いまこそ、選抜戦の借りを返す刻や!」
現れたのは、ジリオーラ先輩とアルフレート、それに背の低い子供みたいな少女であった。
彼女がギーゼラ・リヒターかな。
「アラナンさん、カレルさん、今日は全力でいかさせてもらいますよ」
アルフレートは剣の天才児であるが、格闘はそこまで得手ではないはずだ。
だが、それでもカレルよりは十分に強い。
「しかし、直接攻撃魔法も剣も使わないこのルールでは、ジリオーラ先輩の独自呪文もあまり意味がないのでは?」
彼女の独自呪文は、あくまで直接攻撃呪文を反射したり、剣を受け流すためのものに過ぎない。
どちらも禁止のこのルールでは、長所を生かせないのはお互い様だ。
「あほ言いな! うちかていつまでもそのまんまやないで! 見とき、これが新魔法、水鏡に映る影や!」
ジリオーラ先輩の言葉とともに、その姿が三つに分かれる。
分身の術というわけか。
お粗末な術者が使えば、魔力感知で一発でわかるんだが、流石にジリオーラ先輩、本体の見分けが付かない。
看破眼で見ても、わからないぞ。
「甘いで、アラナン。これは、神の眼を想定して開発した魔法や。看破眼くらいで見破れはせえへんで!」
参ったね。
ぼくの手の内を知り尽くす身内ならではの魔法というわけか。
流石はジリオーラ先輩だよ。
正面と左右から、ジリオーラ先輩が迫ってくる。
仕方がない。
まず、正面の先輩に向けて竜爪掌を放つ。
だが、手応えはない。
幻影だ。
「もろたで!」
左右から伸びてくる手を、魔法の糸を伸ばして絡めとる。
が、魔法の糸は左右の先輩もすり抜けた。
全部幻影だと!
僅かな気配を感じて顔を上げると、先輩はそこにいた。
跳躍して上から奪いにきていたのだ。
本体は逆に姿を隠しておくとか、マリーの戦法の真似かよ!
「うちの勝ちや!」
先輩の手が林檎に伸びる。
だが、その手は林檎の前に現れた魔法陣で弾かれた。
咄嗟に張った反射魔法陣が間に合ったのだ。
「いや、危ないところでしたよ、先輩。腕を上げられましたね」
回転して着地した先輩は、ぺろりと右手の甲を舐めた。
紅い舌にどきりとする。
「クリングヴァル先生のしごきがえげつないからや。うちも驚きやで」
まずいな。
ギーゼラを追いかけ回しているヘルマンはともかく、カレルはアルフレート相手に長くは持たない。
ジリオーラ先輩に手こずっている場合じゃないぞ。
「もう一発いくで。、水鏡に映る影!」
再び、ジリオーラ先輩が三つに分かれる。
だが、一度見た技はそう何度も通じませんよ、先輩!
大量に魔力の糸を生み出すと、八方に展開させる。
伸びていく糸を三人のジリオーラ先輩はかわそうとするが、無数の糸を全部はかわせない。
右──はずれ。
中央──はずれ。
左──に糸が触れようとしたとき、更にジリオーラ先輩が分裂した。
一が三、三が九、九が二十七だと!
ぼくの周囲が全て先輩の分身で囲まれる。
これが、本気の先輩の力か。
「ふふふ」
「終わりやでアラナン」
「うちの本気の攻撃を」
「見切れるかいな」
二十七人の先輩が、口々に声を投げかけてくる。
単なる鏡に映した分身というだけではない。
これは、エスカモトゥール先生の心理魔法も複合的に使っているな。
高等科ならではのテクニック。
八方から踏み込んでくるジリオーラ先輩に、感嘆の声すら漏れるよ。
だが──。
「水鏡に映る影、見切ったよ!」
左後方から襲ってくるジリオーラ先輩に、集中的に魔法の糸を伸ばす。
軽快にかわしていた先輩も、無数の糸の全てを避けることはできず、手足を絡めとられた。
「な、何でやねん! 魔力も気配も探らせる要素は隠してあるはずやで!」
「確かに、先輩の隠蔽は完璧でしたが──」
ぼくは動けない先輩に近付くと、彼女の黄金の林檎を右手で掴み、にやりと笑った。
「本物だけ香水の匂いがしたんですよ。何かの植物の香りですか?」
「──アルマニャックのグラース産のジャスミンの香水や。しもたな、そないな欠点があったなんて」
がっくりとジリオーラ先輩がうなだれる。
いやいや、結構危なかったですからね。
先輩が分身に力を割いて魔力障壁が甘かったから糸で簡単に捕まえられましたが、本来魔力の糸程度は弾いちゃう人も多いですからね。
ちょっと分身の数を多くしすぎたんじゃないかってところかな。
「おおい、アラナン、助けてくれよ!」
カレルは、アルフレートの攻撃を魔力障壁を強化する真道具を使ってしのいでいるようだ。
あの慌て具合を見ると、そろそろ持たないのかな。
「ジリオーラさんは負けましたか。カレルさんに固執したぼくの失敗ですかね」
アルフレートは頭を掻くと、カレルへの攻撃を止めて数歩下がった。
「それでも、まだ終わりじゃないですよ。出でよ、彫像兵!」
アルフレートが宙に描いた魔法陣を地面に叩きつけると、そこから八フィート(約二百四十センチメートル)を超える巨漢の彫像が出現してくる。
鈍く輝く鋼鉄の巨像が、出現とともに意志をもって動き始める。
「アラナンさんを止めろ、彫像兵!」
そういや、アルフレートの所属科は召喚術科だったよな。
もっとこう──可愛い何かを呼んだりできないのかよ!




