第十八章 アプフェル・カンプフェン -4-
各班の開始位置は、教師によって厳密に定められていた。
ぼくたちの場所は、何と学長室のある尖塔の最上階である。
階段は一ヶ所しかなく、移動のルートは限られている。
「気を付けろよヘルマン。お前が一番狙われるんだ」
各競技者の保有している林檎は同価値ではない。
金、銀、銅とランクがあり、ポイントは十点、五点、一点に設定されている。
そして、ぼくの林檎だけはプラチナで、三十点だ。
はっきり言えば、うちの班を倒したところが優勝となる可能性が高い。
そして、班のリーダーは初等科からというルールと、リーダーが取られると班員全員討ち死にのルールが、ヘルマンを狼の前に投げ出された子羊に変える。
そして、優勝するのは、制限時間内に奪った林檎のポイントが一番多い班だ。
だから、自分の林檎のポイントが多くても、嬉しいことはひとつもない。
ぶっちゃけ、ハンデだよね、これ。
「それでは、競技開始じゃ!」
何処かに声を伝える魔道具を置いているのか、学長の開始の宣言が響き渡る。
さて、じゃあまずは階段を押さえるか。
此処は尖塔の最上階。
昇る手段は一ヶ所しかない階段だけ。
そこから来る敵をぼくが迎撃すれば、カレルとヘルマンは安全だ。
「二人はそこにいてくれ」
少し離れた場所で二人を待機させると、階段から上がってくる敵を待つ。
もう、下の階から上がってくる気配は掴んでいる。
先頭を来たのは──ティナリウェン先輩だ。
イフリキアの青衣の民。
盾を構えるように腰のあたりに置かれた左手と、肩口に担ぎ上げた右拳が異様な構えとなっている。
この人は、高等科でも屈指の剣の達人のはずだが、拳の構えは何でこんなに独特なんだろう。
「アラナン・ドゥリスコル。何でもできるお前にとって、今回のように限定された勝負は大きな足枷になるだろう。悪いが、勝たせてもらうぞ」
ティナリウェン先輩は、野生の獣のような瞬発力としなやかさを持っている。
感覚も、非常に鋭い。
身体強化のない素の状態の身体能力が非常に高いのだ。
そして、厄介なのが、魔力物質化だな。
想像力次第でどんな使い方をしてくるかわからない。
階段という悪い足場で迎えるべき相手ではない。
だが、それでも方法はある。
「残念ですが、制限されるのには──慣れているんですよ!」
魔力の糸を伸ばして、先輩の足を絡めとりにかかる。
妨害魔法は、認められているんだ。
利用しない手はない。
む、同時にぼくの精神障壁に攻撃を感じる。
先輩の後ろにいるセヴェリナか。
妨害魔法科に進んでいるとは、面倒な班だ。
だが、金縛りの練度はまだ低いな。
それじゃあぼくの障壁は抜けない。
遠慮なく、魔力の糸を先輩に襲い掛からせる!
──跳んだ。
糸を軽やかに跳んで回避した先輩は、そのまま空中に魔力で足場を作ってぼくに飛び掛かってくる。
上空から頭上の林檎をかっさらうつもりか。
ふん、そうは行くか。
倒立して林檎を下にし、その勢いでティナリウェン先輩を蹴り飛ばす。
宙を舞いながらも先輩は反転し、華麗に空中の足場に着地した。
だが、その頭上には林檎がない。
「へへっ、油断大敵だぜ、ティナリウェン先輩。おれたちが観戦してるだけだと思ったか」
いつの間にか、カレルの手に先輩の黄金の林檎が握られていた。
慌てて先輩が頭上に手をやるが時すでに遅し。
イシュマール・アグ・ティナリウェンは討ち死にだ。
「莫迦な。いつ、どうやって……」
「イシュマール先輩!」
「慌てないで、セヴェリナ先輩! まだ負けたわけではありません!」
狼狽するセヴェリナと、それを叱咤したアリステーア。
ほほう、彼女がグランピアンから来た同族さんか。
「諦めないで、再度ドゥリスコル先輩に牽制を! わたしが行きます!」
階段を油断なく進んでくる赤毛の少女。
強い意志の光は、グランピアンの高地地方の人によく見られる頑迷さと表裏のものだ。
素朴だがひたむきで、そして激しい。
「わかったわ、アリスちゃん──ごめん、もう大丈夫!」
アリステーアの歩みに合わせ、セヴェリナが目眩ましの閃光を放ってくる。
妨害魔法は地味で人気はないが、セヴェリナがこれを選んだのは間違いではない気がする。
短期間でよくものにしているよ。
だが、いまのぼくなら、視界が閉ざされても魔力感知で動きを捉えられる。
光の中、いきなり動きが素早くなったアリステーアだが、ぼくは伸ばされた腕を絡めとると、階段の上の床に放り投げた。
「きゃっ──あれ?」
床の衝撃が伝わらないことにアリステーアは驚き、口に手を当てる。
そこは、ぼくの魔力の糸で作った網の上だ。
流石に、女の子を床に叩きつけられないだろ。
「林檎はもらったよ、アリステーア。いい魔力紋様術だが、まだ動きが甘いな」
アリステーアの頬には、魔力で描いた紋様が浮き出ている。
魔法陣魔法の一種とも言えるが、これは予め自分の体に書き込んであるのだ。
グランピアンの高地地方に古くから伝わる秘術だが、ぼくは祭司から聞いたことがあった。
「す、凄いですドゥリスコル先輩……。わたし、学院で魔力紋様術は封印していて、初めて使ったのに──」
投げられたときに奪われた自分の青銅林檎を見て、アリステーアは完敗を認めた。
そして、それは生き残っていたセヴェリナの死亡宣告でもある。
「参りましたね。入学してきたときと比べると、反則的なくらいに強くなっていますよ」
自分の青銅林檎を差し出しながら、セヴェリナがぼやいた。
「アリスちゃんは、奥の手を使わなくても、わたしより強いんですよ。それをあんなにあっさりと」
「ビアンカに小突かれていた男には思えないって?」
林檎を受け取りながら笑うと、セヴェリナも破顔した。
「懐かしいですね! ──野外授業の頃を思い出します」
「ぼくもさ」
そんな会話をしていると、アリステーアがおずおずと近付いてきた。
「あのう──ドゥリスコル先輩、よかったら記念に握手してもらってもいいですか?」
「え、ああ構わないよ。どうぞ」
右手を差し出すと、アリステーアは歓びに目を輝かせながら握ってきた。
素直ないい子じゃないか。
「わあ、わたしこの右手一生洗いません!」
「いや、飯のときは洗えよ」
跳び跳ねるアリステーアに、ヘルマンがぼそっと呟く。
それを聞いたアリステーアは、唇を尖らせてヘルマンと喧嘩を始めようとする。
いやいや君たち。
制限時間があって、悪いがじゃれている暇はないのだよ!




