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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第二部 帝国擾乱編
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第十七章 飛竜の拳 -4-

「やるやんか、ノートゥーン伯!」


 エリオット・モウブレーの長足の進歩に感嘆したジリオーラ先輩のところにも、男が一人襲い掛かってくる。

 だが、敵の練達の連続技を、先輩は危なげなく流水(コッレンテ)で受け流した。

 華麗な動きに、思わず見とれてしまう。

 舞うように動くジリオーラ先輩の技は、我々の中では一番美しい。


 だが、敵もさるもの。

 アセナの拳の使い手らしく、更に剣の内側へと入ってくる。

 超接近戦では、流水(コッレンテ)の捌きも使えない。

 そこに、右足を踏み込み背中から体当たりを仕掛けてくる。


 その踏み込みの足を、魔法の糸(マジックストリング)で引っ張ってやった。

 バランスを崩した男の心臓に、背中からジリオーラ先輩の剣が刺さる。

 怪鳥のような絶叫とともに男の力が抜けた。


 マリーに向かってきた敵は、かなりの巨漢であった。

 パワーを生かした剛拳が得手なのであろう。

 踏み込むと、地面が大きくひびわれるほどだ。

 だが、達人はそんな大袈裟な踏み込みはしない。

 見た目は強力だが、あの男の技倆は達人と言えるほどには至っていないな。


 事実、マリーの虚像に拳がすり抜け、態勢を大きく崩している。

 その隙を突いて危なげなくマリーが大男を仕留め、得意気な表情になっていた。


 だが、此処からだ。


 手の内を見せ、未だ相手の方が人数が多い。

 この状況では、彼らが連携して襲ってくるのは目に見えている。


「ええい、何をしているのだ。そんなガキども、囲んでさっさと殺せ!」


 アセナ・カラの叫びに応えるように、男たちの動きが変わる。

 個対個から、集団戦の態勢だ。


 ぼくに四人、ノートゥーン伯に三人、ジリオーラ先輩に二人、マリーに二人か。

 いい判断だが、忘れてもらっては困る。


 マリーに向かった二人の足許が凍り付き、動きが止まった。

 その背後から現れたファリニシュが、微笑みながら氷の弾丸でその二人の頭を吹き飛ばす。

 偵察に出ていたファリニシュを、呼び戻したんだよ、さっき。


 マリーはそのままジリオーラ先輩の援護に向かう。

 ぼくとノートゥーン伯なら大丈夫だと踏んだか。

 まあ、肋骨のひびは完治はしてないが、このくらいの人数なら──。


 近付いてくる前に、神銃(タスラム)を十連射する。

 二人の額を撃ち抜くが、二人は上手く防いだ。


 この二人は、かなりできる。

 腕利きを選んでぼくにぶつけてきたか。

 二人が息を合わせ、鏡となって表裏から攻撃を仕掛けてくる。

 拳速も込められた魔力もまあまあであるが、この程度ではアセナ・センガンの足許にも及ばない。

 太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーを発動し、フラガラッハを抜いて前の男を斬り上げる。

 そのまま上空に跳び、後ろにいた男を頭上から斬り伏せると、周囲の状況を見た。


 ノートゥーン伯もすでに二人を倒し、一対一の状況になっている。

 加速(アクセレレイション)の進歩は順調のようだ。

 だが、それで神聖術(セイクリッド)の限界を迎えたか、最後の一人に対してはやや劣勢だ。

 とはいえ、すぐにやられるほどではない。


 マリーとジリオーラ先輩の方には、ファリニシュが援護に入っていた。

 手を、足を凍らされた男たちは、為すすべなく二人に倒されていた。

 みるみるうちに減る部下たちに、アセナ・カラの顔色が次第に青ざめていく。

 これだけ一方的にやられるとは思っていなかったか?

 それは、ちょっとぼくたちを舐めすぎだな。


 狼狽するアセナ・カラの前に立ち塞がるように降り立つ。

 太陽神の翼エツィオーグ・デ・ルーを解くと、ぎょっとしたような表情でカラは叫んだ。


「な、何なんだキサマたちは! ワタシの部下があっさりとやられるなど、あってはならぬことだ!」

「仕方ないんじゃないかな。だって、あんたらアセナ・センガンより随分と手応えがないんだもの」


 挑発をしてやると、アセナ・カラは顔を紅潮させ、歯軋りをしながら門の破壊者ツェルシュトーラー・デス・トーレスを撃ち込んでくる。

 腕に渦巻く魔力の質は悪くはないが、そんないきなりの大技を神の眼(スール・デ・ディア)を発動しているぼくに当てられると思ってか。

 カラの右拳に空を切らせると、竜焰(ドラヒェンフランメ)を胸に叩き込んだ。

 今回は、衝撃を突き抜けさせず、体内の内蔵に全てのダメージが行くように調整している。

 口から血を吐いたカラは、力なく膝から崩れ落ちた。


 視線を転じると、最後に残っていた一人を、ノートゥーン伯が斬り倒していた。

 武術の腕では押されていたノートゥーン伯だが、再度加速(アクセレレイション)が使えるようになって逆転したようだ。


「何だ、わたしが最後か。まだまだだな」


 ちょっと残念そうに言ったが、ノートゥーン伯の力量は確実に上がっているだろう。

 マリーやジリオーラ先輩ではやや荷が重い相手を、四人も倒したのだ。

 普通の人間では、もうノートゥーン伯の相手は務まるまい。


「こいつらもアセナを名乗っていたな。闇黒の聖典(カラ・インジール)のようだが、何故わたしたちの居場所がわかるのだろう」

「最後に寄った村では、聖典の民(ミズラヒム)は見かけなかったんですがねえ」

「シュヴァルツェンベルク伯の密偵は、聖典の民(ミズラヒム)だけやないっちゅうことやな。気いつけなあかんで」


 ジリオーラ先輩の言う通りか。

 聖典の民(ミズラヒム)の姿がなく、ザッセン人が多かっただけに油断していたのだろうか。


「しかし、偉そうなわりにはあっさりやられたわねこいつ」


 言わないでおいた真実を、マリーが抉り出した。

 うん、アセナ・センガンに比べたら、雲泥の差ではあった。

 でも──。


「それなりには強かったよ。フェストの一回戦に出てくるくらいの力はあった。でも、センガンから感じた力は、クリングヴァル先生並みだ」


 じゃなければ、ぼくが肋骨にひびなんか入れられるものか。


「少なくとも、この小部隊に囲まれていれば、ヤドヴィカ辺りでも殺されているだろうね。アセナ・カラとしては、全くの想定外だったんじゃないかな。こんなに神聖術(セイクリッド)を使う人間がいる集団とは思ってなかっただろうし」

「すると、闇黒の聖典(カラ・インジール)でも精鋭の部隊だったというわけか。センガン級がごろごろしているわけではないとわかって、ほっとしたよ」


 再襲撃を受けるのも面倒なので、場所を少し移動して、その日は野営をする。

 明日はいよいよ決戦となるであろう。

 明日決めれなければ、マジャガリーの騎馬隊が到着してもつれる。

 スモラレク騎士団長を討たれたヴィシラン騎士団が退却する可能性もあるが、その場合は先にマジャガリーの騎馬隊を叩いて各個撃破すればいい。

 ノートゥーン伯が言うように、ジークフリート・フォン・ローゼンツォレルンは優秀な将帥だった。

 だが、事態は、我々の予想を大きく上回る形で展開する。

 偵察に出ていたファリニシュからの一報。

 南から轟く馬蹄。

 強行軍で駆けたマジャガリーの騎馬隊が、到着したのだ。


 

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