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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第二部 帝国擾乱編
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第十七章 飛竜の拳 -2-

 クラカウから、ヴィシラン騎士団と雷鳴の傭兵団(グジモート)が出撃していた。


 戻ってきたファリニシュの報告である。

 飛竜騎兵(シャールカーニア)の姿はなかったらしいが、機動力の高いあれは神出鬼没である。

 いつ何処に現れるかわからない。


 このままいくと、国王派は東から来るスモラレク騎士団長と、城内のルブリン伯に挟撃される。

 そうなれば、精強なプルーセン騎士団とはいえ持つまい。


「これは、もう負けですよ」


 国王派には、もう打つ手がない。

 兵力だけはまだ国王派のが上回っているが、将帥の武も兵の練度もヤドヴィカ派のが上だ。

 このままぶつかれば、ポルスカ王国の支配権はヤドヴィカの手に落ちる。


「アラナンは、プルーセン騎士団を甘く見ているだろう。わたしは、例え挟撃を受けても、プルーセン騎士団は勝つ自信があると思っている。シロンスク公の国民であるカトヴィッツの市民に被害が出ないよう、野戦で決着を付けるつもりなのだ。ジークフリート・フォン・ローゼンツォレルン騎士団総長なら、それくらいのことはする」


 アルフレートの叔父さんだったか。

 ローゼンツォレルン家も親族の多い一族だし、その気になれば帝国から派兵してもらえるだろう。

 だが、このポルスカ王国の争いに帝国の兵が参加したら、収拾がつかなくなる。

 皇帝のレツェブエル家と、ヴァイスブルク家の全面戦争になってしまうから、それは避けている感じだ。


「ぼくはいつも戦いの前には色々対策を打ってきたんですよ。ああいう無策の構えは怖くてぼくにはできない」

「時間は十分あっただろう。ローゼンツォレルン騎士団総長の手並みを拝見させてもらう。まずは、それでいいのだ」


 釈然としないが、指揮官はノートゥーン伯だ。

 伯爵の言う通りにするしかない。


 翌朝、カトヴィッツを遠望できる地点まで北上する。

 神の眼(スール・デ・ディア)で布陣を見ると、国王派は城の南東部、ジャニナ池の畔にカリツェ公の槍兵部隊がいる。

 公の兵は聖修道会セント・レリジャス・オーダーと冒険者ギルドの支援から成り立っているが、武装は公自身が整えているため統一されている。

 美意識が高いのか、道楽なのかわからないが金は持っているようだ。

 その西、バルバラ池の畔にはシロンスク公の傭兵部隊だ。

 暁の傭兵団(ブラスク)は半壊したが、生き残りが中核となってちゃんと指揮系統を再編したらしい。

 前回は編成を一日でやろうとしたから無理があったんだ。

 多少はましになっているだろう。


 更に、その背後にはポズナン伯の部隊が控え、この三部隊は城からの出撃に備えているように見える。

 攻めの姿勢ではなく、守りを重視しているな。


 一方、そこから東に四マイル(約六・四キロメートル)ほど行ったミスロヴィッツ村を本陣として、プルーセン騎士団が街道を封鎖していた。

 こちらは、明らかに東から来る敵を想定している。

 ジークフリート・フォン・ローゼンツォレルンの構想には、初めから両面作戦があったのか。


「兵力では、なお国王派が上回っている。勝機は十分にあるぞ」


 実際に布陣を見ると、ノートゥーン伯の言うのももっともな気がしてくる。

 ぼくの地図化(マッピング)の映像を見て、マリーも同様の感想のようだ。

 だが、ジリオーラ先輩は、飛竜騎兵(シャールカーニア)の不安を口に出した。


「せやけど、上空から爆炎魔法を浴びせられたら、どんな軍隊でも浮き足だつで。プルーセン騎士団には、対空の迎撃手段があるやろか」

「無論。プルーセン騎士団は、実戦を重ねた軍隊だ。いまの帝国ではすでに使用していない兵器も持っている。それが、これだ」


 ノートゥーン伯が指し示した一点を見ると、台車に載せられた大きな弓のようなものが映っている。

 クロスボウのように見えるが、あんな大きなものは初めてだ。


「かつてルウム帝国で使われていた攻城兵器、バリスタだ。今では西方ではその技術は失われてしまっている。プルーセン騎士団は、セイレイス帝国への遠征で、その技術を持ち帰ったようだな。通常の矢では歯が立たない飛竜(ワイヴァーン)にも、これなら致命傷を与えられる」


 成る程、側にあるのは矢というより槍だ。

 鉄球を撃ち出すタイプもある。

 あんなものを何発も食らえば、城壁も保たないだろう。

 大昔にすでにこんな兵器があったとは、人間というのは恐ろしい。

 でも、何で西方では失われていたんだろう。


 ノートゥーン伯に聞くと、ルウム帝国の衰退に合わせて伸長したスカンザ民族の文明レベルの問題だったようだ。

 北方の蛮族同然だったスカンザ民族──ノートゥーン伯のアングル人もそのひとつだが──は、ルウム帝国の技術や知識を受け継げなかったようだ。

 東方からの魔族の侵攻も数度あり、都市が破壊されたことも大きいらしい。

 今では、大分文明も発展してきたと思うんだけれどね。

 一度失伝した技術を復活させるのは難しいそうだ。


「トレンチン城の郊外で、マジャガリーの騎馬隊が、モラヴィア辺境伯の軍を撃ち破ったらしい。五日前のことだそうだ」


 学長と情報の交換をしていたか、ノートゥーン伯がみなに新しい情報を披露した。

 やはり、マジャガリーの騎馬隊も北上してきていた。

 モラヴィア辺境伯も国境を越えて阻止に向かっていたようだが、持ちこたえることができなかったようだな。

 トレンチン城は、カトヴィッツの南約百三十マイル(約二百十キロメートル)。

 一週間もあれば、カトヴィッツまでたどり着く。

 戦場にマジャガリーの騎馬隊が加わったら、これはもう決定的になるだろう。

 国王派としては、マジャガリー軍が到着する前に敵を撃破する必要がある。

 待ちの姿勢で大丈夫なのか。


 それでも、ヴィシラン騎士団も西進はしてきている。

 マジャガリーの騎馬隊と呼応して攻める気だろうが、各個撃破される可能性もある。

 絵図を描いているのがスモラレク団長かシュヴァルツェンベルク伯かわからないが、大胆な性格をしているのは確かだ。


「見ろ、プルーセン騎士団が一隊を出すぞ」


 斥候がヴィシラン騎士団の接近を報告したか、プルーセン騎士団は二百人ほどの部隊を前進させていた。

 あれは、どういう意図だろうか。


「ヤドヴィカの軍を、懐に引き込みたいのだろう。膠着は得策ではない。餌に食いつかせ、一気に勝負を決める気だ」


 わざと敗走させ、追撃で伸びる敵軍を叩く気か。

 他の部隊の動きも慌ただしくなってきている。

 連動して動くつもりだろう。


「密集隊形を取らないのは、シュヴァルツェンベルク伯の霧魔法対策かな。翼を広げた鳥のように、包囲して押し包む気だぞ」


 確かに、スロヴィッツ村の本陣を起点として、両翼が大きく手を広げている。

 囮に釣られて追撃してくれば、周囲を敵兵で埋められて終わるだろう。

 だが、そう上手くいくだろうか。


 ファリニシュからの報告では、先行した一隊がヤドヴィカ軍と遭遇したようだ。


 行軍中のヤドヴィカ軍は、先頭を行くヴィシラン騎士団が対応の兵を出してくる。

 プルーセン騎士団は、柔らかく対応しつつ、緩やかに後退しているらしい。

 だが、そこに血の気の多いヤドヴィカが乱入し、陣形を崩したようだ。

 あのお転婆め、相当な命知らずだな。

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