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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第二部 帝国擾乱編

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第十六章 雷鳴の傭兵団 -9-

 タルヌフの郊外で、マゾフシェ公三千が雷鳴の傭兵団(グジモート)を待ち構えていた。


 急遽東に移動して、こちらの情勢を見にきたが、もうぶつかろうとしているところだ。

 マゾフシェ公の方が数が多く、遮蔽物もないこの状況で、雷鳴の傭兵団(グジモート)は鉄砲の利を生かしきれない。

 必ず、接近されてしまうはずだ。

 イェジ・タルノフスキは、それに対しどんな策を持っているのか。


 マゾフシェ公は、暁の傭兵団(ブラスク)のように大盾を構えた部隊を前線に出してきていた。

 あのまま前進されたら、ヴィシラン騎士団を欠く雷鳴の傭兵団(グジモート)には打開策がない。

 幾ら連射しても、弾丸が敵を貫く前に、敵の刃がこちらに届いてしまう。


 神の眼(スール・デ・ディア)でマゾフシェ公の本陣を遠視していたら、見覚えのある男女が馬上にあった。

 特徴のある小男と女騎士。

 あれは、マゾフシェでぼくたちを尾行していた二人組だ。

 甲冑姿で本陣にいるところを見ると、やはりあの小男がマゾフシェ公なんだな。

 フットワークの軽い公爵さんだこと。


 大盾の部隊に雷鳴の傭兵団(グジモート)は間断なく射撃を浴びせたが、いまいち効果が薄い。

 負傷者も出ているようだが、戦列が崩壊するほどではないのだ。

 このままいけば、押し込まれて数の差で雷鳴の傭兵団(グジモート)が擂り潰される。


 そう予測を立てていたときであった。

 南から、急速に接近する魔力の塊が五つある。

 その速度も、軍馬の襲歩(ギャロップ)並みに速い。

 これは──。


「ノートゥーン伯、南から飛竜騎兵(シャールカーニア)です。数は五騎!」

「マゾフシェ公への対処に呼び寄せたか。これは、まずい事態になったな」


 大盾の左翼から降下し、飛竜騎兵(シャールカーニア)が爆炎を振り撒く。

 衝撃と爆風に戦列を崩されたところに、雷鳴の傭兵団(グジモート)が銃火を集中させてきた。

 マゾフシェ公の前衛が潰走し、公は態勢を立て直さざるを得なくなる。

 だが、まだ中軍、後衛、左右に展開する騎馬隊と、公の戦力は十分残っていた。

 後退はしたが、敗走したわけではない。


 マゾフシェ公は後衛から弓兵を抜き出し、飛竜騎兵(シャールカーニア)に矢の雨を降らした。

 そして、中軍を前進させつつ、左右から騎馬を動かして雷鳴の傭兵団(グジモート)を乗り崩しにかかる。

 数の利を生かした適切な判断だと思ったが、機動力に勝る飛竜騎兵(シャールカーニア)が矢を避けて中軍の牽制に回り、騎馬隊は銃撃の斉射を受けて馬が混乱していた。

 あの馬、あまりいい訓練をしていない。

 鉄砲の音に怯えてしまっている。


「急造の傭兵よりはましだけれど、マゾフシェ公の個々の兵はそれほど精鋭ではないわね」

「確か、公の兵は徴用したもんや。普段は牛とか羊とか飼うている連中やで。個々の力は冒険者や傭兵より下で当然やろ」


 マリーとジリオーラ先輩の言は正しい。

 マゾフシェ公の軍は、兵の質も連携も高い雷鳴の傭兵団(グジモート)飛竜騎兵(シャールカーニア)に翻弄されてしまっている。

 未だ押そうとはしているが、なかなか進めていない。


 だがそこで、神の眼(スール・デ・ディア)で捉えていた地図化(マッピング)の映像上に、新たな部隊が現れたことにノートゥーン伯が気付く。


「アラナン、この騎馬隊は、マゾフシェ公のものではないぞ」


 はっと気が付き、その三十騎ばかりの部隊に意識を向けた。

 間道から現れた新手の部隊は、重装備の騎士の軍団だ。

 あれは、クラカウにいるはずのヴィシラン騎士団ではないのか。

 先頭を駆けるのは、間違いなくヴァツワフ・スモラレクだ。


「従士をクラカウに残し、騎士だけで密かに出撃していたのか」


 替え馬を用意し夜半を駆ければ、クラカウから一夜でたどり着くのも不可能ではない。

 それは裏返すと、マゾフシェ公の攻撃をヤドヴィカ側が読んでいたことに他ならない。

 飛竜騎兵(シャールカーニア)の援軍もそうだが、何処まで彼らは手を打っていたのか。


「ヴァツワフ・スモラレクは、手薄になった本陣を衝くつもりだ。マゾフシェ公も後衛を動かすぞ」


 幾ら精鋭の騎士が揃っているとはいえ、三十騎で八百近い後衛は抜けまい。

 そう思ったとき、マゾフシェ公の兵を赤い霧が押し包んだ。

 あれは──。


鮮血の霧ヌーベル・デス・ガイステス!」


 ノートゥーン伯も目を見開く。

 マゾフシェ公の兵を閉じ込めたのは、シュヴァルツェンベルク伯がフェストで見せた魔法(ソーサリー)だ。

 それにしても、範囲が広い。

 媒体と魔法陣によって、かなり術式を強化している。


「まずい、後衛の過半が混乱状態だ。ヴィシラン騎士団が回り込んでくるのに対応しようとする兵は、百人もいないぞ」


 ノートゥーン伯の声にはっとする。

 確かに、激変する状況に対応できている兵が少ない。

 百人くらいの部隊では、重装備の騎士たちの突撃を止めることは不可能だ。


 スモラレク騎士団長の槍が、兵を突き飛ばす。

 シュヴァルツェンベルク伯の回転式拳銃(ペッパーボックス)が硝煙を上げる。

 そして、ヤドヴィカのオギェインの火がまとめて兵を薙ぎ払った。


 いけない、あれは突破される。

 フェスト決勝進出者が二人もいるのだ。

 とても、百人程度の兵で止められるものではない。


「ノートゥーン伯!」

「駄目だ! マゾフシェ公が討たれようと手出しは許さない」


 だが、此処でマゾフシェ公が負けては、大勢はヤドヴィカ有利に傾いてしまう。

 何のために、今まで手を打ってきたのだ。

 最後にシュヴァルツェンベルク伯に全てひっくり返させるためなのか。


 マゾフシェ公の横にいた女騎士が、公の前に出た。

 もう、ヴァツワフ・スモラレクが目の前に迫っている。

 ヴィシラン騎士団の騎士団長は、かなりの身体強化(ブースト)と槍の腕を持っている。

 女騎士は剣を弾かれ、地面に叩き落とされた。

 そこに駆け込んできたシュヴァルツェンベルク伯が、剣を抜こうとしたマゾフシェ公に回転式拳銃(ペッパーボックス)の弾丸を撃ち込んだ。


 ヴィシラン騎士団の騎士たちは、そのまま駆け抜けていく。

 主を失ったマゾフシェ公の軍に囲まれるのを嫌ったか。

 だが、指揮官を失ってしまえば、軍隊など維持はできない。

 公の死が伝播すると、マゾフシェ公の軍団は瓦解し、散り散りに敗走していった。


 飛竜騎兵(シャールカーニア)が暫く追撃していたが、やがて諦めて戻ってくる。

 タルヌフ郊外の戦いは、ヤドヴィカ派の完全な勝利に終わったのである。

 そしてそれは、カトヴィッツを包囲する国王派の諸軍にも、大きな影響を与えることは間違いなかった。

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