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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第二部 帝国擾乱編
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第十六章 雷鳴の傭兵団 -2-

挿絵(By みてみん)

 カリツェからブレスラウの道のりも、平坦な街道をひたすら進むだけである。

 農村の麦畑は、土作りの最中だった。

 今年の収穫は不作であったせいか、農奴たちも真剣に土を耕している。

 牧草地と畑を入れ替えることで、大地が疲弊しないようにしているらしい。

 ぼくも疲弊しないように、たまには役目を入れ替えるよう学長が配慮してくれてもいいんじゃないかな。


「風が気持ちいいわね!」


 速足(トロット)に抑えているので、乗り手も余裕があるようだ。

 マリーがはしゃぎながら芦毛を駆っている。


「うちにはちょう(さぶ)いわあ」


 ジリオーラ先輩の故国は大分南だし、十月でも此処より三、四度高いだろう。

 馬で風を切れば、肌寒いかもしれないな。


「これは凄いな。アラナン、これは何頭までかけられる術なんだ?」

「うーん、厳密に何頭までって決まっているものでもないそうですが、多くなると効果が薄まってくるらしいんで、ひとつの群れくらい、数十頭ってところじゃないですか?」

「数十頭でも大したものだ。これを使えば、恐るべき機動部隊ができるぞ」

「──食糧問題を解決できればですがねえ……」


 数十頭分もアンヴァル並みに食べる馬がいたら、補給が続かない。

 いや、魔法の袋(マジックバッグ)に食糧を満載すればいいんだろうけれどさ。

 それでも、食い尽くされそうな気がするよ!


 買った馬の中では、ジリオーラ先輩の黒鹿毛が一番気性が荒く、マリーの芦毛が一番大人しかった。

 だが、アンヴァルが支配下に入れているので、どの馬もアンヴァルが言えばすぐに大人しくなる。

 流石に神馬なんだなあ。

 ただの大飯食らいじゃなかったんだ。


 夕方にブレスラウに到着すると、城門には武器を持った傭兵たちが列をなしていた。

 結構人数が集まっているじゃないか。

 シロンスク部族だけじゃなく、ザッセン人やチェス人もいるんじゃないか?


「シロンスク公が、通常の倍の給金で傭兵を集めてんだよ」


 最後尾に並んでいた男が説明してくれる。


「カトヴィッツを落とされて、形振(なりふ)り構ってないみたいだぜ。明日編成を決めて、明後日にはもう出陣だと」


 ええっ、それって編成間に合うのかね。

 兵站(へいたん)の手当てなんかも商人に投げるんだろうに、文句が出ると思うんだがな。

 ノートゥーン伯も呆れているようだ。


 長い行列を処理していくのに時間がかかり、ぼくたちが街の中に入れた頃には、すっかり日が沈んでいた。

 腹を空かせた馬たちは目に見えて元気がなくなり、尻尾も垂れていた。

 仕方がないので、魔法の袋(マジックバッグ)に入れていたパンを、こっそりアンヴァルに食わせてやる。

 アンヴァルの口許に持っていった瞬間、パンは消え去っていた。

 え、食べたのかな、いま。

 アンヴァル自身ですら、食べたことに気付いてない気がするよ。

 流石の食欲魔人。

 いや、馬だけれどね。


 宿はどこもかしこも傭兵で一杯だった。

 仕方がないので、聖修道会セント・レリジャス・オーダーの修道院を訪ねて事情を話し、宿を借りる。

 修道院は、冒険者ギルドと並んでヘルヴェティアの牙城だからね。

 ちなみに、ぼく以外の三人は、カリツェの冒険者ギルドで用意してもらっていた偽造の旅券を使っている。

 そこら辺の手回しは、周到なものだ。


 修道士の話を聞くと、シロンスク公の騎士は十人ほどで、従士を合わせても五十人。

 それに普段から雇っている傭兵が百人くらいいるらしいが、その傭兵が一気に五倍くらいに増えているらしい。

 五、六百人の兵力になるということか。

 人数的には、カトヴィッツに駐留するヴィシラン騎士団より少なそうだが、大丈夫なのだろうか。


「シロンスク公が常時抱えている暁の傭兵団(ブラスク)も、歴戦を重ねた有名な傭兵団だ。人数は百名と少ないが、かなりの精鋭と聞く」


 ほほう、ノートゥーン伯は流石によく知っている。

 中核にしっかりしたまとまりがあるなら、いい戦いになるかもしれない。


「だが、一日で作った指揮系統など、実戦で役立つかどうか。新規の傭兵は、勝手に動くと思うがな」

「やっぱりそうですよねえ」


 援軍が来るまで、シロンスク公は迂闊に動かない方がいい。

 だが、麦の貯蔵をオペルンにしていたのが、仇となっている。

 ブレスラウまで運んでおけばよかったものを。

 ボーメン王国方面に売ろうと思って、往復の手間を嫌ったのか。


「麦を諦めて、プルーセン騎士団を待つのが最上の手段よね」


 マリーも同意見のようだ。


「せやなあ。でも、そうなったらシロンスク公はぎょうさん借金背負って破産やな。勝てばポルスカ王国に請求すればええんかもしれへんけれど」


 財政的な視点で物事を見てくるのは、ジリオーラ先輩ならではか。

 でも、負けて死んだらそれまでだしね。


 ちなみに、その日の夕食は買い出しで済ませたんだけれど、足りなくて馬たちから相当文句が出た。

 この量では翌日は走れないと言う。

 一頭あたり、三頭分の飼料を食べたんだがな。

 この大食いに、ジリオーラ先輩は眩暈を起こしていた。

 費用をかける価値があるのかどうか、真剣な目で眺めていたよ。

 ま、最後には納得したみたいだけれどね。


 お陰で、翌日もブレスラウに逗留することになった。

 折角なので冒険者ギルドに行ってみるが、戦場のように殺気だっている。

 破格の報酬に、冒険者もかなり傭兵として参加しているようだ。

 これは、本当に魔物退治の人手が足りなくなるかもな。

 ボーメン王国あたりから、少し人員を回すしかないんじゃなかろうか。

 まあ、シピやダンバーさんが現場を見ているんだから、その辺は手を打っているだろう。


 ギルドの依頼の状況を確認していると、ギルドの入り口の方でざわめきが起こった。

 何だろうと思って振り向くと、銀髪の美女が入ってきたことに男たちが騒いだだけのようだ。


「遅かったね」

「ちくとマゾフシェ公の動きも見てきなんした」


 別行動を取っていたファリニシュが、合流してきた。

 彼女も狼の姿になれば、アンヴァルの全速力に負けない速度で駆けることができる。

 その後のマゾフシェ公がどう動いているのか、ちょっと確認に行っていたのだ。

 鍵を握るのは、やはり彼だからね。


「騎士と部族の兵が集まり始めておりんす。旗色は未だ明らかではありんせんが」


 マゾフシェ公は、傭兵ではなくおのれの部の民の男を徴兵し軍となす。

 だから、ポルスカ王国でも最大規模の動員ができる。

 主となるのは牧畜に携わっている男たちで、農作業をしている農奴は徴用しないそうだ。


 遊牧民の血が多少は残っているのかな。


 恐らく三千は動員をかけると見られているから、マゾフシェ公の動きだけで勝負は決してしまう可能性がある。


「まあ、ぼくの読みだと、マゾフシェ公は国王に付くと思うんですけれどね」

「何か根拠があるのか?」

「うーん、根拠ってほどじゃないですけれど、ヴィシラン部族って、元々ヴィスワ川流域の部族らしいんですよね。いまは上流域だけにいるけれど、彼らが勝てば、中流域にいるマゾフシェ公を邪魔に思う可能性があるかなってことですよ」


 クラカウでシピがヴィシラン部族について話してくれたときに、そんなことを言っていた。

 ヴィシラン部族は、ヴィスワ川の権益に強い関心があると。

 いまは主に陸路でボーメン王国との取引だが、川を支配し、ボルティック海への進出を考えているのではないか。


「クラカウの近くにはええ鉱山がぎょうさんあるねんな。おもろいかもしれへん」


 ジリオーラ先輩の目が、別な方向に光った気がするよ。

 商売はちょっと置いといてよ?


「すると、国王が救出されたいま、マゾフシェ公は国王に味方する可能性が高いということか」

「あくまで、想像ですけれどね。川の漁業を主産業にするマゾフシェを根拠地にしているマゾフシェ公が、その危険に目をつぶるとも思えませんし」

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