第十五章 クラカウの政変 -6-
ダンバーさんが来るまでに、ぼくがやることはなかった。
下手に出歩いて、ぼくの顔を知っている人に見られてもまずい。
フェストを観戦に来ていた人がいないとも限らないからね。
レオンさんは普通に本名で来ているんで、ギルドに出掛けて情報を探りに行く。
シピも、黒猫に変化してヴァヴェル城の様子を伺いに出掛けている。
ぼくだけが暇をもて余すのも悪い気はするが、行動を起こす前にトラブルを生じさせるわけにもいかないからな。
大人しくしていよう。
同じ理由で、アンヴァルにも馬の姿のままでいてもらう。
食事について改善を要求されたので、宿に頼んでアンヴァルにはパンを食べさせることにする。
結果、二十人分くらいのパンを平らげたらしいが、足りないと不満を念話で伝えてきやがった。
少しは我慢しろ!
雷鳴の傭兵団が来てから、傭兵の応募が増加傾向にあるらしい。
冒険者の中にも、募集に参加する連中もいるようだ。
一時的に魔物退治の人手が足りなくなる可能性があると、レオンさんが危惧していた。
シピもその情報を重く受け止め、飛竜に報告を上げていた。
「タルタル人が相変わらずペレヤスラブリ公国を荒らしているので、ペレヤスラブリが介入してくる可能性は低いとヴィシラン騎士団は見ているわね」
シピの探ってくるヴァヴェル城の情報は、機密事項がぽろぽろ出てくる。
「それと、ルブリン伯がヴィシラン騎士団に同調する書簡を寄越したらしいわ。マジャガリー王国からも、支援の軍が送られてくるとか。国王派にとっては、よくない話ばかりね。ヴァツワフ・スモラレクは、もう勝ったような勢いで王国宰相を名乗っているわ。官僚からは不満も出ているけれど、逆らおうという気概のある者はいないわね」
「ふーん。クラカウ市長と衛兵隊も、ヴィシラン騎士団に同調している感じなの?」
「様子見している気配ね。クラカウはヴィシラン部族が多いから、騎士団に逆らうと暴動が起きるかもと警戒しているみたい。国王を救出すれば、少しは情勢も変わるかもしれないけれど──」
日和見の連中が多いわけね。
余り支持されていない国王だったんだなあ。
首都でこの状況ってのは、お粗末すぎるんじゃないかな。
翌日、ルイーゼさんが戻ってきて、カトヴィッツの状況を説明してくれた。
カトヴィッツには帝国からの移民が多く、クラカウの政治状況に関心のない者も多い。
昔から住んでいるレヒト人は、ルウム教徒が多いので、国王派に心情は近いようだ。
だが、カトヴィッツには少数の衛兵がいるだけなので、何れにせよシロンスク公の去就次第ということになりそうだ。
一時的な避難はできても、ずっといるのは危険そうだよなあ。
「できるだけ関わりたくないっていうのが、シロンスク公国の雰囲気ですわね。余り頼りにはならない様子でした」
ルイーゼさんの報告で、国王を何処に連れていくかが一層難しくなった。
シロンスク公国が安全でないなら、もうグニエズノまで行くしかない。
しかし、目立つ国王一家を連れて、グニエズノまでの長い距離を逃げ切れるものか。
一方、ダンバーさんの到着が遅れていた。
途中で何かあったのかと聞くと、ルイーゼさんの報告を聞いて寄り道をしているらしい。
クラカウとグニエズノの中ほどにあるカリツェに寄ってから来るそうだ。
カリツェといえば、ポルスカ最古の都市と言われている。
聖典の民の多い街でもあるが、確か聖修道会の修道院もあったはずだ。
つまり、それだけルウム教会の力が弱い街だが、そんなところへ何をしに行ったのだろう。
「カリツェ公は、国王の従弟よ。ルウム教徒ではなく、聖修道会の信者なのだけれど、それだけにわたしたちにとっては協力を得やすい人物ね」
協力を得られるのは嬉しいが、国王の親族が何で国王派に名前が上がってこないんだろう。
その疑問をぶつけると、グニエズノ大司教が主導するルウム教会の軍には、カリツェ公は参戦しづらいのだそうだ。
ヴィシラン騎士団に与する心配はないが、ルウム教徒にも相手にされていないようだ。
国王保護を名目にして、グニエズノ大司教相手に主導権を発揮できるようにしようというダンバーさんの計略かな?
まあ、何にせよ、当てもなくさまよう羽目にさえならなければいいんだけれどね。
それから二日後に、ダンバーさんがやってきた。
いつもの執事の燕尾服ではなく、目立たないチュニックを着ている。
髪もオールバックではなく、洗いざらしで手櫛ですいたくらいに乱れていて、別人かと見間違えるところだったよ。
「失礼、わたくしも、割りと名前が知られているものでございまして」
凝視しているのがばれたか、ダンバーさんが苦笑した。
「お見苦しいかとは思いますが、ご了承下さりますよう」
「確かに、それじゃダンバーさんだってわかりませんよ」
思わぬ笑いを得たところで、ダンバーさんを交えて国王救出の段取りを詰めることにした。
救出の鍵となるのは、ダンバーさんの魔法陣だという。
「あ──まさか、転移魔法陣ですか」
そういえば、ダンバーさんは中級迷宮に転移してきていた。
あれを使って、ヴァヴェル城から国王一家を連れ出すということか。
「ああ、カリツェに転移先の魔法陣を設置してきたんですね。それで遅れてきたんだ」
「飲み込みが早いようね、アラナン」
シピが国王一家の居場所を突き止め、ダンバーさんが救出する。
あれ、これ二人だけで可能な任務なんじゃないかな。
ぼくは何をしたらいいんだろう。
「突入班は、できるだけ気取られずに侵入しなければならないわ。わたしは変化でいけるけれど、キアランは無理。アラナンは、キアランを助けて道を切り開く役目ね。無事にキアランを国王の幽閉場所まで届けなさい」
成る程。
要するに、衛兵を騒がせずに無力化すればいいんだな。
それくらいは簡単だとも。
「わかっているとは思うが、アラナン」
煙草の火を消すと、レオンさんが口を開いた。
「基本的に戦闘行為はなしだ。騒ぎは起こさない方向だぞ」
「大丈夫ですよ、レオンさん。ぼくを信用して下さいよ」
「──おれの知っているやつで、同じ科白をいつも言うやつがいるんだ。信用できた試しがない」
「ふふっ。魔法の箭の悪口を言うものではなくてよ」
そういや、レオンさんたちは、本来三人組のチームで行動しているんだったけ。
白銀級三人のチームとか、なかなかないからな。
冒険者でも、トップクラスのチームだ。
でも、三人目って会ったことないんだよね。
確か、フェスト予選でハーフェズに負けていたんだっけ。
だから、印象が薄いんだ。
しかし、レオンさんは、ぼくが戦闘好きで後先考えずに突っ込むだけだと思っていそうなんで、此処はびしっと決めていいところを見せようかな。