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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第二部 帝国擾乱編
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第十五章 クラカウの政変 -5-

 昼食もそこそこに、オルミュッツを出発する。

 此処でも、戦争の噂はすでに出ていた。

 距離が近くなったせいか、モラヴィア辺境伯がどう出るかも議論されていたな。

 ボーメン王国の一部となっている現状、モラヴィア辺境伯はリンブルク家と歩調を合わせるしかないと思うんだが。


 更に北東に進み、モラヴィア辺境伯領を抜けると街道はシロンスク公国に入る。

 ポルスカ王国とボーメン王国の間で、常に紛争の原因となってきた因縁の地だ。

 元々はポルスカのレヒト人の住民が多かったが、レグニーツァでタルタル人が西部諸国を撃ち破ったときに、蹂躙虐殺を受けて大きく数を減らしていた。

 以降、チェス人やザッセン人の入植が入り、帰属もポルスカ王国からボーメン王国に変わってしまっている。


 カトヴィッツの街を過ぎると、クラカウまではもうすぐだという気になってきた。

 街には立ち寄らなかったが、戦争の気配を感じたか避難を始める人も出始めているようだ。

 それはそうだろう。

 此処からクラカウまでは、およど四十マイル(約六十五キロメートル)。

 アンヴァルなら、一時間で駆けてしまう距離だ。


 此処からは、アンヴァルに襲歩(ギャロップ)は控えさせた。

 こんな速度で走っているのを見られたら、当然目立つ。

 少なくとも、クラカウ近郊で目立つのは避けたい。


 結局、一時間の道のりを、三時間掛けて踏破した。

 お陰で、陽はすでに暮れかけている。

 街の門は閉まり始めていたが、何とか通してもらえた。

 冒険者であることを見た衛兵は、ギルドに傭兵の依頼が出ているぞと教えてくれる。

 ヴィシラン騎士団も、兵力を集めるのに必死のようだな。


 宿に着くと、シピとレオンさんが待っていた。

 ダンバーさんの到着までは、もう二、三日掛かるそうだ。

 それにしても、驚異的な速度である。

 早馬より速く走るとは、どんな駿足なのか。


「アラナン、貴方が来るまでに、ヴァヴェル城の中は大体調査しておいたわ」


 そして、シピの手際は異様にいい。

 飛竜(リントブルム)が倒れたときに、ギルドの采配を任されるだけのことはある。

 黒猫の姿で、自由に王城の中を偵察してきたそうだ。

 広げられた見取り図に、細かく兵の配置や何の部屋であるかが書き込まれている。

 国王一家が押し込められている部屋も判明しており、内密に処刑されたりはしていないようであった。


「これは凄い。此処までわかっているなら、救出も容易いんじゃないですか?」


 思わずそう呟くと、煙草をふかしていたレオンさんが、地図上の何ヵ所かを指差す。


「よく見ろ。巡回する衛兵とは別に固定して動かない衛兵がいる。それが、この城門と、正面玄関と、階段の広間、そして国王一家のいる部屋の前だ。これに気付かれずに、どうやって突破するかが問題なんだ」


 ふむ、成る程。

 全部倒していけばいいとか、そういう発想では駄目なわけだね。

 目立ってはいけないわけだしね。


「この手の潜入任務は、おれやルイーゼには向いていない。支援に回るがいいか?」

「そうね。突入は、わたしとキアランとアラナンでやるわ。その方が、問題も少なさそう」


 遠距離攻撃メインのレオンさんやルイーゼさんは、アタック要員ではなく、バックアップに回るのは自然な話ではある。

 しかし、どうやって突入するか。

 その作戦は誰が考えるのだろうか。

 シピかな。

 ぼくだけなら、神聖術(セイクリッド)発動すれば、衛兵の目にも止まらぬ速さで侵入することは可能だと思うけれど、その余波で何かが通り過ぎたことは気付かれてしまうかもなあ。


 ま、侵入については、ダンバーさんが来てから計画を決めるようだ。

 ダンバーさんが部屋に到達さえできれば、国王一家を逃がすことはそれほど難しい話ではないらしい。


 問題は逃がす先をどうするかで、クラカウから二百二十マイル(約三百五十キロメートル)離れたグニエズノまで行くより、四十マイル(約六十五キロメートル)の近距離にあるカトヴィッツに避難した方がいいのではという意見もある。

 だが、カトヴィッツはシロンスク公のお膝元ではないし、防衛にやや不安が残る。

 それなら、シロンスク公のいるブレスラウまで行きたいところだが、そこまでは百六十マイル(約二百六十キロメートル)とちょっと離れすぎている。


 カトヴィッツでいいか、ブレスラウまで行くか、それともグニエズノを目指すか。

 ルイーゼさんがとりあえずカトヴィッツの様子を下見に行っているらしい。


 まあ、ぼくが見てきた感じからすると、シロンスク公国は騒然としていたな。

 ヴィシラン騎士団の暴挙に怒る人が多いが、それ以前に戦争の風に怯えてどうしたらいいかわからないでいる状態だね。


「イェジ・タルノフスキ率いるヴィシラン部族の傭兵団五百が、タルノフから到着したみたいね。それで、今日は街が騒然としていたわ」


 シピの説明によると、イェジ・タルノフスキはポルスカでは有名な傭兵隊長らしい。

 五百の傭兵が、みな銃手であるという異色の部隊だ。

 それだけの火縄銃(マスケット)を、傭兵団レベルで揃えているとは凄い財力だな。


「タルノフスキの雷鳴の傭兵団(グジモート)か。手強い連中が来たな。城下が沸き返るのもわかる」


 ヴィシラン騎士団は、大規模に傭兵を募っているようだけれど、雷鳴の傭兵団(グジモート)ほど高名で、戦力が整っている大規模な傭兵団はまだいないらしい。


「実際、いまクラカウにいる兵力はどれくらいなんですか?」


 ヴィシラン騎士団自体は、三十名の騎士と二百名ほどの従士がいるだけらしい。

 衛兵隊は警察組織のようなものだから、軍事作戦には加わらないだろう。

 個別の傭兵の応募が数十人来ているようだが、部隊編成もままならない数だね、それじゃ。

 雷鳴の傭兵団(グジモート)の戦力は有り難いだろうな。


「マゾフシェ公と、ルブリン伯の動向が重要になるわけですねえ」

「マゾフシェ公はポルスカ王国でも最大の軍事力を持っている人物だし、ルブリン伯の軍事的識見も評判が高いわ。二人がヴィシラン騎士団に付くと、グニエズノ大司教側は不利になるのは否めないのよね。大司教自体は兵を持っていないから、ポズナン伯とプルーセン騎士団が軍の中核になるのだろうけれど」


 プルーセン騎士団はともかく、ポズナン伯は武勇の将ではないらしい。

 それでは、ちょっと求心力に欠けてしまうのではないだろうか。

 プルーセン騎士団だって、援軍に過ぎないわけだし。

 武闘派はみんな反国王寄りなの?


「ヤドヴィカは武人肌の人に人気があったのよ。そのせいもあるんじゃないかしら。ヴィシラン騎士団団長のヴァツワフ・スモラレクは、孫のようにヤドヴィカを可愛がっていたそうよ」


 孫ねえ。

 確かに、フェストで見たヤドヴィカは、小さくて保護欲をそそられるのもわからなくはない。

 でも、多分ポルスカ王国で一番強いのはあいつだぞ。


 数百人規模の小さな戦いなら、一人で勝敗を決めてしまうくらいの力を持っているんじゃないか?


 国王一家を救出できたとしても、国王派が勝てる可能性が低そうな気がしてきたよ、全く。

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