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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第二部 帝国擾乱編

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第十五章 クラカウの政変 -4-

 十月も半ばだというのに、ミンガは暑かった。


 馬で駆け通しだったのもあるが、汗だくになってシャツが気持ち悪い。

 どうやら、山脈を越えてくる乾燥した風が、時々この気温上昇をもたらすらしい。


 ま、ビールが旨くなるからいいか。


 ミンガデュンケルは、ミンガを代表するビールだ。

 焦げ茶色の液体を顔に近付けると、微かにチョコレートのような甘い香りがする。

 口当たりは軽く、風味が強い。


 ビールを飲んだら、白ソーセージ(ヴァイスヴルスト)を皮から引きずり出して食す。

 こいつは痛みやすいから、昼までに食わなければならない。

 その分、毎日作りたての白ソーセージ(ヴァイスヴルスト)が出てくるため、古いソーセージを食う心配はない。


 うん、亭主のお勧めを聞いて食べてみたが、この組み合わせいけるじゃないか。


 アンヴァルは猛烈な勢いでプレッツェルと白ソーセージ(ヴァイスヴルスト)を食いまくっているが──まあ今日は頑張っているし、食わせてやろう。


 とりあえず、身体強化(ブースト)のお陰で、心配していた筋肉痛にはまだなっていなかった。

 身体強化(ブースト)を持続できるようになっていてよかった。

 基礎魔法(ベーシック)大事だね。


 昼の休憩後、再び馬上の人となる。

 暫くはずっと平坦な街道が続く。

 森を抜け、麦の畑を眺め、ひたすら北東に駆けると、次第に街道は山脈へと向かっていく。


 あれが、自然とボーメン王国との国境を成すパユヴァールの森だ。

 あの山地全体が深い森で覆われ、人が立ち入るのを拒んでいる。

 多数の魔物が棲息しているのでも有名で、単身で国境を越えようとする莫迦はまずいない。


 ま、此処にいるけれどね。


「アラナン、嫌な気配がうようよしているですよ」

「気にするな、アンヴァル。いまのところ、危険度(ロート)はいない」


 野生の魔物は強さに敏感だ。

 ぼくが魔力を隠さずに威圧すれば、(グリューン)程度の魔物なら近寄りすらしない。


 深い森の中を縫うように進む山道を、アンヴァルは懸命に駆ける。

 この速度だけで、大抵の魔物は追い付いてこれないよな。


 たまに近付いてくる(ゲルプ)級の魔物には、遠距離から神銃(タスラム)の一撃で仕留めていく。

 森の中で視界は効かないが、神の眼(スール・デ・ディア)なら位置は把握できるし、射線がなくとも、曲射で命中させることができる。

 山を越えるまで、ついにぼくらに接近できうる魔物は現れなかった。

 いや、面倒がなくていいんだけれどね。


 山を越えると、ボーメン王国の関所だ。

 山の手前にあったパユヴァール公国の関所でも、単身で山に入るのは無謀だからと止められた。

 大丈夫と振り切って通過してきたが、ボーメン王国の関所では、一人で山から下りてきたわけだから余計に驚かれた。


 ボーメンのチェス人というのは、元々この周辺に住んでいたセルト系のボイー人と、ポントス海の北辺から移住してきたイシュクザーヤ人の混血である。


 イシュクザーヤ人が遊牧をしていた名残か、ボーメン王国では牧畜が盛んだ。

 街道を駆け抜けていく途中でも、牛や羊をよく見掛けた。

 ビールの生産も盛んらしく、黄金のビール(ゴルデネスビアー)と言われる有名なビールがあるという。

 今夜は、それで乾杯かな。


 日が暮れる頃にたどり着いたのは、大司教座のある街、プトヴァイスだった。

 最近ボーメンでも聖修道会セントレリジャスオーダーが流行しているようであるが、此処はボーメン王国の中のルウムの牙城。

 当然、ルウム教会の力が強い都市だ。


 正直、ぼくはルウム教の教会の近くにいると、圧迫する力を感じて余り気分はよろしくない。。

 エルの聖気はもう薄れてしまっているが、やはり残り香のような力が僅かに漂っているのだ。

 当然、セルトの神々を奉じるぼくとは相性が悪い。


 できれば、他の街で泊まりたいところであったが、此処は南ボーメン最大の交易都市でもある。

 宿も食事も、他の街より種類が揃っているはずだ。


 宿で出てきたビールは、本当に金色をしていた。

 アルビオンでもヘルヴェティアでも、ビールといえばエールのことだ。

 濃い茶色を有しており、香り高くフルーティーである。

 だが、このビールは色がもっと薄い。

 そして、驚くべきことに冷えている。


 エールといえば、常温で飲むものだ。

 だが、ボーメン特産の透明なグラスに注がれたこの黄金色の液体は、きんきんに冷えていた。

 氷室にでも入れていたのだろうか。


 ぐいとグラスを傾け、一気に呷る。

 渇いた喉に、染み渡るようだ。

 くあー、こいつは凄い。

 こんなに爽快なビールは初めてだ。

 帝国の黒ビールも悪くはないが、このボーメンの黄金(ゴルデネス)ビールには勝てないな。

 カレルがヘルヴェティアのビールを(けな)す理由がよくわかったよ。


 ビールと一緒に出てきたのは、チーズ揚げ(スマジェニースィール)だ。

 小麦粉とパン粉に卵を練り込み、チーズにまぶして揚げたもののようだ。

 軽い感じのおつまみだが、この黄金(ゴルデネス)ビールにはよく合っている。

 流石にボーメンの文化は侮れない。

 プラーガがかつて帝国の都だっただけのことはある。


 ビールを飲みながら、商人の噂話に耳を傾ける。

 すでに、クラカウの政変の話は、此処にまで達しているようだ。

 昼飯を食ったミンガでは話題に出てなかったから、やはりポルスカ王国に隣接するボーメン王国は耳が早い。

 商人の反応は、不安半分期待半分か。

 戦争が起きれば、当然物価が大きく動く商品も出てくるわけだからな。

 賭けに動くべきかどうか、腹の探り合いをしているようだ。


 とりあえず、今夜はこのプトヴァイスで寝るとしよう。


 寝る前のシピの情報によると、プルーセン騎士団が早々と国王派に付く方針を決めたようだ。

 プルーセン騎士団には、ポモージェ人の傭兵部隊が従うだろう。

 根拠地のマリーエンブルクからグニエズノに到着するのに、兵の準備に五日、移動で二週間は掛かる感じかな。


 同じルウム教徒だけあって、グニエズノ大司教の要請にプルーセン騎士団はすぐに応えたようだな。


 マジャガリー王国が縁戚となることを理由にヤドヴィカを支援してくるだろうから、それでも予断は許さない。

 マジャガリーの飛竜騎兵隊(シャールカーニア)は、機動力も制圧力も桁違いだからな。


 翌朝早く起きると、軽く体をほぐして、朝食を食べる。

 今日中には、クラカウに到着する予定だ。

 急がないとな。


 プトヴァイスを出発し、平地の街道を東へと駆け続ける。

 じきに、モラヴィア辺境伯の領地に差し掛かった。

 三時間も走ると、モラヴィア辺境伯領の中心都市ブリュンを通過する。

 寄ってみたい気もするが、今日は時間がない。

 残念だね。


 更に一時間ほど駒を進める。

 昼の休憩を取ろうかと思う頃、モラヴィア辺境伯の居館があるオルミュッツに到着した。

 モラヴィア地方の交通の要衝であり、商業も盛んのようだ。


 だが、残念ながら此処もオルミュッツ司教がいるルウム教会の拠点のひとつ。

 どうにも居心地の悪さを感じるんだよなあ。

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