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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第二部 帝国擾乱編
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第十五章 クラカウの政変 -3-

 さて、大変な事態になった。


 ヘルヴェティアとしては、ヴァイスブルク家の勢力が伸長するのは望ましくない。

 だから、ポルスカの現王家であるヴィザ家を支援することになる。

 だが、表立ってヘルヴェティアが肩入れしていることを知られるわけにもいかない。

 ヴァイスブルク家と完全な敵対状態にあるわけではないからだ。

 だから、オニール学長は連合評議会にも図らず、単独で動いている。

 ベール市長のフロリアン・メルダースは親ヴァイスブルク家だし、新任のクウェラ大司教はコンスタンツェ・オルシーニさんだ。

 その情報をどう利用するかわからない。

 当然、その活動は内密なものとなる。


 国王を救出したとしても、戦争が止まる可能性は低いかもしれない。

 だが、様子を見ているマゾフシェ公やルブリン伯を国王派に引き込むことはできる。

 そうなれば、ヤドヴィカ派も抗戦を諦める可能性もあるのだ。


 ま、それでも戦争になったら仕方がない。

 そこまでは、ぼくらが介入できる話じゃないからな。


 シピ・シャノワールは先に行って、随時念話で連絡を入れてくれるらしい。

 ダンバーさんもすでに出発しているそうだ。

 流石に黄金級(ゴルト)は対応が早いな。


「何でいつもアラナンなのよ」


 菩提樹(リンデン)亭で旅立ちの準備をするぼくに、マリーとジリオーラ先輩が愚痴をこぼしてくる。


「せやなあ。学院生なんて派遣しよったら危険すぎるやんか。いくらアラナン言うてもなあ」

「仕方ないよ。今回はぼくだけだけれど、そのうちみんなやることになるんじゃないの? 学長はこうやってヘルヴェティアを生き延びさせてきたんだろうし」


 そう言っても、まだ二人は納得した様子は見せない。

 そうか。

 理屈じゃないのだ。

 これは、ぼくが言葉を間違えた。


「ま、今回はさっと片付けて、なるべく早く帰ってくるよ。次回は、みんなで一緒に行こうね」

「せやな! ちゅうても、うちとアラナンだけでもええんやで」

「ああらあ、隠密作戦には、わたしの魔法(ソルセルリー)のが向いているのよ」

「あほ言わんといてや! うちの斥候技術のが頼りになるで!」


 放っておくと、いつまでも喧嘩していそうだ。

 仲がいいのか、悪いのか。

 やれやれ。


「遅いのです、アラナン。外で待っていたら、何遊んでいやがりますか」

「ごめんごめん。いま行くよ、アンヴァル」


 宿の外に待たせていたアンヴァルが、痺れを切らせて上がってきた。

 荷物は魔法の袋(マジックバッグ)に入れるだけだから、ぼくの準備は整っている。

 マリーとジリオーラ先輩に付き合って長くなってしまったのだ。

 でも、そんなこと言えないよね。


「じゃ、行ってくるよ。一ヶ月も掛からないと思うけれど──ま、できるだけ早く終わらせてくるよ」

「頑張ってね。アラナンだから、そこらの相手にどうこうされることはないと思うけれど、自分を過信しちゃ駄目よ」

「せやな。調子に乗ったら痛い目に合うもんや。慎重に行きいや」


 ちえっ、二人とも、いきなり息を合わせてきたな!

 やっぱり仲がいいだろ!


 苦笑しながら手を振ると、アンヴァルを連れて階段を下りる。

 朝から宿の食料を食い尽くす勢いで食べていたアンヴァルの準備も万端だ。

 本当に、金を稼いでおいてよかったよ。

 この大食らいのお陰で、食費とは思えない金額の出費がかかるんだ。


「じゃあ、行くですよ、アラナン」


 馬の姿に戻ったアンヴァルに、ひらりと飛び乗る。

 そういやアンヴァルの変化は、馬のときはちゃんと馬装がついているし、人間のときは服を着ているな。

 肉体だけの変化じゃないところが凄い。

 どういう原理なのだろうか。


「余計なこと考えていると、振り落とされるですよ、アラナン!」


 (いなな)きとともに神馬が駆け始めた。

 市街は気を使って速足(トロット)だったが、フラテルニアを出ると本気で駆け始める。

 アンヴァルの本気は、襲歩(ギャロップ)だ。

 普通の馬なら、この時速四十マイル(約六十五キロメートル)にも達する速度では、五分と走れない。

 だが、日頃から大食いで力を溜め込んでいるアンヴァルは、襲歩(ギャロップ)の速度でも一日中駆けていられる。

 規格外の神馬たる所以だ。


「本当は、アンヴァルの神聖術(セイクリッド)を使えば、統率下にある馬をある程度アンヴァルに付いてこれるようにできるんですよ」


 駆けながら、アンヴァルはとんでもない能力を自慢する。

 何だよ、それを使えば、他にも誰か連れて来られたじゃないか!


「でも、一回指揮下に入れるとその馬はもうアンヴァルのものですからね。アンヴァルの命令に逆らえなくなるんですよ。オニールの爺はそれを警戒して、アンヴァルに他の馬を近付けないんですよね。ひどい話ですよ」

「いや、それって、お前何かやらかしたせいなんじゃないの?」

「そ、そんなことあるはずないじゃないですか! 清くて可愛いアンヴァルですよ! 潔白を主張します!」


 怪しい。

 けれど、それ以上突っ込む余裕がぼくにはない。

 ひっきりなしに揺れる馬上で、下手に喋ったら舌を噛みそうだ。

 そして、ぼくの足の筋肉が保つのだろうか。


 谷あいの街道を北東に進み、一時間も走ると広大なシュトランツ湖が見えてくる。

 もう少し進めば、ヘルヴェティアとヴィッテンベルク帝国の国境がある。

 手前にはヘルヴェティアの関所があり、それを越えると帝国の関所だ。

 面倒だが、旅券を提示して認証を受ける。


「ギルバート・マクドゥーガルね。冒険者か。通れ」


 ちなみに、これは学院とギルドが協力して発行した偽の旅券だ。

 内容は全然違うが、無論公式に発行した旅券と形式は同じである。

 偽物だとばれる心配はない。

 帝国の関所も無事に通過し、ぼくはシュトランツの湖畔を更に急ぐ。


 帝国に入ったわけであるが、この辺りは正式にはシュドゥアゲルト公国の領土だ。

 確か、アルフレートの本家だったかな。

 

 とはいえ、今では分家のブランデアハーフェル辺境伯の方が、選帝侯位を得て勢威をふるっている。

 由緒は正しいが、最近あまりぱっとしない古びた貴族という感じだね。


 足早にシュドゥアゲルト公国を駆け抜け、パユヴァール公国に入る。

 アレマン人の勢力圏から、パユヴァール人の勢力圏にやって来た。

 パユヴァール人は、スカンザ民族ではなく、セルトの血が流れている。

 とはいえ、ルウム帝国時代にラティルス人の影響を強く受けたので、もうセルトの伝統を継いではいない。

 大陸に散ったセルトの民の大半は、すでにその魂を喪っている。

 哀しい現状だ。


 だが、それも時代の流れであり、押し止めることはできない。

 全てを自分の思い通りになんか、できるはずもないのだ。


 アマー湖の北辺をかすめるように通り過ぎたら、そろそろパユヴァール最大の都市ミンガが見えてくる。


 とりあえず、四時間ほど駆け通してきて、腹も減ってきている。

 ミンガに着いたら、昼飯にしよう。

 ビールも飲みたい。

 もう喉が、からからなんだよ!

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