第十四章 ユトリベルクの中級迷宮 -6-
ウェーブのかかった柔らかい金髪に、あどけない青い双眸。
身長もドゥカキス先生と同じくらいで、これは本当にまだ子供じゃないか。
ヘルマン・フォン・ヴァイスブルク。
十四歳という話だが、こんな子供がマリーより剣の腕がたつって?
アルフレートみたいな天才肌なのかな。
「どうする? ハーフェズ行ってみるかい?」
「わたしは人にものを教えるのは苦手でね。手加減もできないんだよ」
そうだった。
こいつも理論より感覚派だった。
ま、叩きのめすだけならそれでもいいと思うが、剣が得意というなら、武術より魔法が得意なハーフェズより、ぼくの方が向いているのかな。
「じゃあ、宜しく、ヘルマン初等科生。ぼくは中等科のアラナン・ドゥリスコルだ。初等科でも随一という君の腕がどの程度か、確認させてもらうよ」
「へえ、なんか拍子抜けじゃねえか。こんな甘そうなやつが、この学院一番の使い手なのかい? 魔法学院ってのも大したことはねえな」
天使のような笑顔で、貴族らしからぬ柄の悪い言葉が飛び出てくると、凄い違和感だな。
思わずマリーを見ると、ため息を吐いて肩をすくめている。
「ヘルマンは、親に反抗したい年頃なのよ。昔は、もっと可愛かったのよ。本当に無邪気な感じで」
「うっせえな。おれの過去を吹聴すんじゃねーよ。おれは、こんなとっぽいやつに負けねえ。ヴァイスブルクの赤き獅子にかけてな!」
ヴァイスブルク家の紋章を象った指環を掲げるヘルマンに、マリーは再度ため息を吐いた。
利害は対立するとはいえ、幼少より知っている相手だと突き放しもできないのだろう。
ぼくから見れば、こんなやつに気を使う必要もないと思うんだが。
訓練場へ移動し、対戦の準備を整える。
ヘルマンは長剣を手にしているが、ぼくは素手だ。
見た感じ、いまのアルフレートにも及んでいない身体強化だ。
本気でやる必要もない。
「おれが勝ったら、学院最強の看板はおれのもんだからな! そんときゃフェストの実質的な優勝もおれのもんだ!」
きゃんきゃんと吠えるヘルマンを見ていると、仔犬を相手にしているような気持ちになる。
おっと、いけね。
仔犬でも一応牙はあるんだ。
油断だけはしないようにしなきゃな。
「ところで、お前さん何でドゥカキス先生にぼくらを呼ばれたの。何か仕出かしたの?」
ちょっと疑問に思っていたことを聞いてみる。
こいつは増長したお子様かもしれないが、少なくても初等科生では一番の実力者なんだろう。
本来は優遇して伸ばすべき逸材なんだと思うんだがな。
「はん、ちょっと授業中に泣かせただけだよ。そうしたらあの女、マリーに言い付けやがって……!」
いや、想像した以上にお子様だった。
何だろう、甘やかされて育つとこうなるのか?
ドゥカキス先生が、こいつの矯正にぼくたちを呼んだ理由が何となくわかってしまう。
「わかった。お前は、ちょっと泣いとけ」
試合開始の合図がかかる。
ぼくの言葉に激昂したヘルマンが、剣を構えて突っ込んでくる。
剣の間合いから、斜めに振り下ろそうとしてくるところを、一瞬の踏み込みで距離を零にし、右手の門の破壊者を胸に抉り込んだ。
一撃でヘルマンは吹き飛び、血を吐いて昏倒する。
致死判定が出て、試合は終了になった。
ま、致死結界があるから、死んではいないだろう。
模擬試合を見ていた初等科生たちは、静まり返っていた。
ちょっとやり過ぎたかな?
仮にも自分たちの首席だ。
やられたらいい気はしないのかもしれない。
「おい、いまの見えたか?」
「いや、全く……」
「あれが、フェストで優勝した小竜の実力……」
「素敵……」
「しっ、ダルブレ先輩に聞かれたら、怖いわよ」
衝撃から立ち直ったか、次第に話し声が漏れてくる。
若干、何か変な会話も混ざっているな。
まあ、怖がったりしてないならいいや。
「ははは、結構容赦ないんだな、アラナン。少しは遊ぶかと思ったのに」
訓練場から出ると、ハーフェズがおかしそうに笑っていた。
「んー、見るべきものもなかったしなあ。身体強化もお粗末、武術も中途半端。時間をかける意味もない」
「くくく、そりゃお前の目から見れば、初等科生なんてそう見えて当然だ。自分が、フェストでどんな相手と戦ってきたと思っているんだ」
そう言われて、自分の基準が高すぎたかもしれないということに気が付いた。
ぼくたちだって、入学した頃は、大した身体強化は使っていなかった。
その頃と比べると、ヘルマンはどうだっただろう。
「うーん、入学当時のハンスと比べたら、それでもハンスのが強かったような」
「あれで、ハンス・ギルベルト・フォン・ザルツギッターは、黒騎士が弟子にしてもいいと考える逸材だぞ。入学当初から、完成度は群を抜いていた。少しは、自分の異常性を考慮に入れろ、あははは」
ハーフェズは笑い転げているが、マリーはいい薬だと判断したようだ。
ドゥカキス先生と昏倒したヘルマンを見ていたが、問題なかったのか戻ってくる。
「あれが、門の破壊者の突きなのね。魔力の渦が、絞り込まれるように右手に伝わっていったわ」
「へえ、見えたのか。いい目をしているじゃないか、マリー」
「フェストのときは全然見えなかったわ。今日は、あれより大分手を抜いていたでしょう」
神聖術や魔術を使ってないだけで、それ以外に手は抜いていない。
それでも見えたなら、マリーの実力はそれだけ上がっているということだ。
ヘルマンとやっても、マリーの圧勝で終わっただろう。
「──少々やりすぎな気もしますが、とりあえず有難うございます、アラナン。ヘルマン初等科生も少しは懲りたかと思います」
ドゥカキス先生がやや微妙な表情で近付いてくる。
もっと喜んでくれていいのに!
どうもこの先生は、いつもぼくがやりすぎることを警戒している気がするよ。
そこに、意識を取り戻したヘルマンが、生まれたての仔鹿のように頼りない足取りで、よろよろと起き上がった。
「て、てめえ──」
ヘルマンはくりんとした大きな瞳で睨み付けると、舌を鳴らして頭を下げた。
「ちっ、おれの負けだ! こうなったら、アラナン先輩の舎弟になってやらあ! 以後、ヨロシクお願いしまーす!」
顔を上げたヘルマンは、愛くるしい顔でにこっと笑った。
こいつ、喋りさえしなかったら、年上のお姉さんなんかに凄い人気が出そうなのにな。
「え、舎弟とかいらないよ。大体、ぼくはこれから一人でユトリベルクの中級迷宮に行く予定だし」
「またまた! そんなつれないこと言わないで、おれも連れてってくれよ!」
「いやいや、無理だから。ドゥカキス先生、教え子を何とかして下さいよ」
「ふーん、アラナンに預けるのも悪くないわねえ。学長に相談してみようかしら」
ちょっと!
ドゥカキス先生、問題児を人に押し付けようとしていませんか!