第二章 氷雪の魔狼 -3-
「これは……思った以上にとんでもない」
計測器から魔力が溢れ、自動的に光に変換されて鮮烈な輝きを発していた。
ストリンドベリ先生とドゥカキス先生が、畏怖の表情を浮かべている。
大魔導師は、ちょっと厳しい表情で言った。
「魔力が溢れるのは、まだ制御が甘いんじゃ。この魔力量なら、きちんと制御すれば計測器に収束できるはずじゃ。魔力の多さに練習が追いついておらんな。まあ、その若さでは仕方がないかのう」
「しかし、この魔力量は高等科どころか、教師でもいないくらいですぞ……」
「当然じゃ。魔法ではなく、魔術を扱える者が数えるほどしかおらん。中でも、こやつは神に選ばれた魔術師じゃ。現状、生きている魔術師で神に選ばれた者は二人しかおらん。わしと、こやつだけじゃ」
オニール学長に見破られた通り、目一杯魔力を集めると流石に制御が厳しい。
それを即座に見破るってことは大魔導師はこの上のレベルにいるってことだ。
わかってはいたがとんでもないな。
「どうじゃ、素質は申し分なかろ」
「は……そうですな。本人の魔力保有量にはまだ物足りないものがありますが、それを補って余りあるものがあります。得意な呪文などはあるんですかな」
得意な呪文と言っても、屋内だと魔術は使いにくい。
四大元素は総じて希薄だからだ。
大気があるから風は使えなくはないが、流れていないしな。
灯火の火を利用して火か光でもいいが……。
流石に祭司に止められてる禁呪とか使うわけにもいかない。
ぼくは灯火の火から力を集めると、的に向けて聖爆炎の呪文を唱えた。
計測器に集まっていた魔力が急速に収束し、一条の光条となって走った。
同時に巨大な爆発が起こり、爆風と轟音がぼくたちにも襲い掛かってくる。
大魔導師がパチンと指を鳴らすと、三重の結界がぼくたちの前に現れ、爆風を防いだ。
だが、振動までは防げず、ずずずと建物が揺れる。
流石に自分の魔力だけで放ったときとは威力が桁違いであった。
この威力なら、百人くらいの部隊でも吹き飛ばせそうだ。
的は粉々に吹き飛んでいた。
と言うか、付近の全部の的が砕け散っていた。
建物自体に被害がなかったのは流石にオニール学長の結界のお陰であろう。
「うむ。今の段階でこれだけできれば十分じゃろう。じゃが、全力ではあるまい。当然、太陽神の秘呪も修得しておるのじゃろ?」
「覚えさせられましたけれど、使用を禁止されているんですよ」
「ま、正しい措置じゃな。あれはわしの結界でも貫くからのう。おぬしの力は大体わかった。ま、当分の間は学院での魔術は使用禁止じゃな」
使用禁止かよ!
まあ、ぼくは魔法を勉強しに来ているからそれでもいいんだが。
魔術にしても、使用者の力が底上げされればもっと強くなれる。
それには魔法を修得してできることを増やすのが一番だ。
問題は、大魔導師の隣で呆けている二人かな。
凸凹コンビが揃って口を開けたまま固まっている。
おい、そこの爺さん、放置していていいのか?
「オニール先生……これ、わたしが教えることがあるんでしょうか?」
ドゥカキス先生が涙目になりながら呟いた。
「大丈夫じゃよ。こやつは魔法はそこまで得手ではない。普通に教えてやればいいのじゃ」
確かに大魔導師の言う通りだ。
魔術は加護と才能で力が決まってしまうが、魔法は勉強して修得するしかない。
そのために魔法学院はあるわけだしな。
「さて、最後に戦闘術も見ておくか。ストリンドベリ君、相手をしてやりなさい。武器はなし、補助的な魔法は使ってもいいが、魔術はなしでの」
え、この大男と戦うの?
身長七フィート(約二百十センチメートル)、体重三百ポンド(約百三十五キログラム)以上あるよね。
パンチ一発まともに食らったらノックアウトされるに決まってるじゃん。
ぼくの体重は百五十ポンド(約六十七キログラム)がせいぜいですよ!
倍の体重相手に格闘戦とか無茶苦茶だよ。
武器がなしって、楢の木の棒もないから、発動体もないってことだぞ。
拳を打ちつけながらストリンドベリ先生が進み出てくる。
スヴェーア人の海賊相手に肉弾戦かよ。
何を食べたらこいつらこんなに大きくなるんだ。
少なくともエアル島には、こんな巨漢はいなかった。
ドゥカキス先生たちグレイス人に伝わる神話には、かつて神々と巨人の戦いとかあったと言うけれど、その巨人がストリンドベリ先生だと言われても信じるよ。
ぼくより頭一つ以上高い。
「どうした。そのままでやるのか? 身体強化の魔法を使ってもいいんだぞ」
生き生きとした笑顔でストリンドベリ先生が話しかけてくる。
「残念ながら、ぼくが使える強化系は勇敢な戦士の魔術なんですよ。まさか、こういう制限があるとは思いませんで」
セルトの英霊を身に宿して肉体を大幅に強化する呪文なのだが、禁止されてしまった。
ぼくも使える魔法で何か役に立つのあったかな。
ああ、あれがあるか……。
でも、発動体なしじゃ時間が掛かるが……できるか?
「来ないなら、こっちから行くぞ!」
わははははと笑いながら、ストリンドベリ先生が突っ込んでくる。
重量級のくせに、意外と素早い。
突進力は並みじゃないな、 ちくしょう!
剛腕を振るわれるが、横に回ってかわす。
後ろに下がったら、一気に圧力で持っていかれるわ。
だが、あの体重を巧みに制動し、すぐにぼくに追いついてくる。
船の揺れで鍛えた下半身なのか、異様に安定しているな。
一発一発がぼくにとっては致命傷となる。
慎重に全部のパンチをかわす。
受け止めたら、腕を折られかねない。
そもそもリーチも違うのだが、あの踏み込みを超えて懐に潜り込むのは更に至難の業だ。
とても攻勢には出られず、回避に専念するしかない。
「どうした、逃げてばかりではじり貧だぞ!」
そりゃ、スタミナの問題もあるし、永遠に避け続けるとか不可能だからね。
いつかは捕まる。
捕まったら、その時点で終わりだ。
だから、こっちも攻撃するときは一発で決めるつもりでやらないといけない。
問題は、ぼくの攻撃であの分厚い筋肉の鎧を貫けるかだ。
棒で戦うときの突き技の応用で、拳の破壊力を上げることはできるが、真正面に突っ込んで腹に打ち込んでもノックアウトできまい。
顔面は遠すぎて駄目だ。
となると、回り込んでのあれかな。
頭の中で勝利の方程式を組み立てる。
ストリンドベリ先生の連打の圧力が次第に増し、余裕がなくなってくる。
急がなきゃ本当に危ない。
先生はまだ本気じゃなさそうだしな。
魔力の収束の準備は終わっている。
そろそろ行こうか。
「では、こんなのはどうです……閃光!」
呪文と同時に、一瞬ストリンドベリ先生の目の前で閃光が瞬いた。




