第十四章 ユトリベルクの中級迷宮 -3-
殺到する食人鬼を前に、心を落ち着かせる。
神の眼を使わなくても、技倆もない荒っぽい棍棒の振り下ろしを抜くことは容易い。
懐に入り込み、一撃で粒子に変える。
それを繰り返すだけの単純作業だ。
包囲して同時に攻撃しようとしてくるが、彼らの連携は拙い。
僅かな時間差があり、そこを突けば各個撃破は簡単だ。
呼吸を止め、連続で撃ち続けられるのは三十秒がいいところか。
だが、それだけあれば、二十体程度の食人鬼の集団を掃討するのは十分可能だった。
右手の竜爪掌で最後の食人鬼を光に帰すと、大きく息を吐いた。
流れるような立ち回りができただろうか。
一撃で仕損じた敵がいなかったので、結果には満足できる。
ま、クリングヴァル先生の魔徹なら、一撃で複数体屠ることもできるんだろう。
ぼくの鍛練は、まだその域には至っていない。
しかし、この魔法陣には気を付けなきゃな。
敵がこの程度ならいいが、もっと手強い魔物が大量に出てきたら、ぼくだって危うい。
しかし、一人でこう迷宮に入っていると、どうしても寂しさを覚える。
エアル島にいた頃は平気だったのにな。
同年代の友人ができると、その賑やかさに馴れてしまうようだ。
この単調な景色も駄目なんだろう。
人工的な石造りの床に壁。
何処まで行っても灰色しか目に入らない。
食人鬼でも出てきた方が気が紛れるってもんだ。
行ったり来たり。
行き止まりや空き部屋を確認しつつ、地図を埋めていく。
これだけ広い施設、山の中によく作ったものだ。
誰が作ったものなんだろう。
世間では、迷宮は神が作ったと言われている。
ルウム教会の神は技巧の神、創造神だから有り得なくはない。
だが、そこに魔物が徘徊する意図がさっぱりわからない。
神の領域が魔物に侵略されていいのか?
それとも、魔物を放ったのは神なのか。
ボス部屋を発見したのは、四日目のことだった。
まだ未踏領域が残っているので、地下一層の広さがどれほどなのかは結局わからない。
山より広いということはないはずだが……。
さて、初級迷宮の傾向からいけば、この中には食人鬼の強化された個体がいるはずだ。
身体強化を使う食人鬼は、流石に脅威である。
ま、でも幾らパワーとタフネスとスピードが上がろうと、テクニックがないと動きは読める。
恐れる必要はないさ。
ということで、どんどん行こう。
扉を開けると、そこは六十フィート(約十八メートル)四方くらいの意外と狭い部屋だった。
初級迷宮だと、結構広い部屋が多かったからね。
中にいたのも、二体だけだ。
食人鬼は大体灰色の体毛だが、この二体の体毛は金色と銀色である。
見たところ、どちらも魔力を体に纏っているが、特に金色はその魔力が大きい。
これは、銀色が通常ボス、金色はぼく用だな。
持っている武器も、金色は両手持ちの巨大な大剣、銀色は片手用の長剣だ。
いい武器使っているな。
そういや、ぼくは楢の木の棍くらいしか新調してないや。
金色と銀色は、雑魚の灰色みたいに無闇に突っ込んでこない。
結構警戒しているようだ。
知能が高いな、これ。
意外と手強いかもしれない。
金色に促されたか、まず、銀色が前進してくる。
様子見といったところか。
危険な間合いに踏み込まず、安全な長剣の距離から斬り込んできた。
そんな腰の引けた斬擊は、百回振っても当たらない。
身体強化の力量も、この銀色に比べればこっちが上だ。
普通の中等科生用のボスなら、こんなもんか。
長剣の斬擊を体を捻って避けると、右足を踏み込んで心臓に竜爪掌から尖火を撃ち込み、吹き飛ばす。
一撃目で魔力障壁を破壊し、二擊目でとどめを刺したのだ。
銀色は、まあ所詮前座だな。
灰色よりは強いだろうが、ぼくとの差が大きいことには変わりはない。
だが、銀色がやられても、金色は動じていなかった。
ぼくの動きを観察するようにじっと見つめている。
そして、にたりと嗤った。
金色は大剣を放ると、銀色が落としていった長剣を手に取った。
ぼくの速度に、振り回す大剣では分が悪いと思ったか。
なかなか頭の回るやつだ。
身体強化を掛けた膂力が自慢なのであろう。
恐らく、三ポンド(約一・四キログラム)くらいはありそうな長剣を、木の枝でも持っているかのように軽々と振っている。
無論、魔力を圧縮して使うぼくの方が、身体強化の力量は上だ。
だが、元々の筋量は魔物には敵わない。
見た感じでは、パワーとスピードは互角ではないだろうか。
初級迷宮の銀背猿よりこいつのが格段に上だが、ぼくの力量も総じて上がっている。
正面からやりあっても、パワー負けする気はない。
金色の初擊は、突きであった。
魔物が剣を振り回すだけでなく、突いてくるとは思わなかった。
予想外の攻撃であったが、無論予備動作で見え見えである。
体を捻って突きを抜くと、かわす動作を攻撃に結び付け、竜爪掌を突き入れる。
それに対し、金色は大袈裟に横に転がって回避してきた。
あそこから避けるとは、勘のいいやつだ。
それも、追撃を逃れるために大きく避けている。
こっちの力を承知しているようだな。
だが、こんな一層目で足踏みしているわけにはいかないんだよ。
攻めてこられないなら、こっちから行ってやるぞ。
無造作に正面から金色に向かって踏み込む。
態勢を整えた金色は、意外と鋭い斬擊を右斜め上から振り下ろしてくる。
ふん、だが予測の範囲内だ。
ひょいと手を伸ばして金色の右手首を掴むと、魔力を一点に集中させて絞り上げる。
自慢のパワーでも抗えず、金色は悲鳴を上げて長剣を手放した。
普通の状態なら互角のパワーでも、魔力を集中させれば魔物の膂力を凌駕することだって可能だ。
ぼく用に設定しているにしては、ちょっと甘いんじゃないかなあ。
そのまま金色の顔に尖火の三連打を撃ち込んでやる。
変形の猛火の審判だ。
魔力障壁の分厚さは銀色の比ではなかったが、魔力を込めた肘擊を二発で壊れる。
三擊目の尖火で頭蓋が砕け、金色の食人鬼は光へと変わった。
歯応えのない相手だが、魔物ならこんなもんだろう。
黒騎士やら聖騎士が強すぎるんだ。
そして、初級迷宮ではボスを倒すと宝箱が出たんだが、中級迷宮では何も出なかった。
お前には、もう保険はいらないだろうと学院から言われた気がするな。