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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第一部 フラテルニア魔法学院編
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第十三章 皇帝を護る剣 -15-

「陛下を狙った人狼(ヴェアヴォルフ)だが、クウェラ大司教が連れ出していたことが判明しておる。陛下の側からクリングヴァルを離したのも、彼奴の仕業だ。ダンバーがまだ付いていたそうだが、他にも闇黒の聖典(カラ・インジール)が現れ、そちらの対処に当たっていたようだ」


 クウェラ大司教って、ルウム教会の人間じゃないか。

 グレゴーリオ・キエーザ。

 あの太っちょは確かラティルス人だよな。

 聖典教(タナハ)とは、相容れないはずじゃなかったのか。


 しかも、ヘルヴェティアの連合評議会の一員じゃないか!

 本当に何してくれるんだ、あのおっさん。


「クウェラ大司教がいるニーデ教会は、現在包囲されている。ギルドも協力しているようだし、大司教の捕縛も間もなくだろう。シルヴェストリ枢機卿はルウム教会の関与は否定し、グレゴーリオ・キエーザを即時大司教位から罷免すると言っていたのでな。無論、ベール市長もヘルヴェティアの関与は否定しておる。ま、ドゥリスコルに救われた以上ヘルヴェティアの責を問う気は毛頭ない」


 そういえば、ハンスが襲われたのもニーデ教会の裏だったっけ。

 あのとき、ちゃんとクウェラ大司教を調べていればよかったのかな。


闇黒の聖典(カラ・インジール)は五人押し入ってきなんして、わっちとダンバーで引き受けなんした。ギデオン・コーヘンは、常ならぬ引き戸から入ってきたようでござんす。大司教の手引きでありんしょう」

「イフターハ・アティードに憑依されたかな」


 フェストで対決したギデオン・コーヘンには、脳内にイフターハ・アティードの意識が入っていた。

 もしかしたら、グレゴーリオ・キエーザもそうなのかもしれない。

 ま、あの太っちょのことだ。

 隙は多そうだから同情はしない。


「それはともかくとして、だ。ドゥリスコル」


 無造作に!黒騎士シュヴァルツリッターはぼくの隣に歩み寄り、手にした聖鴉(サンクトクレーエ)を差し出してきた。


「あの状況では(わし)の勝ちとはとても誇れぬ。刀は持っていけ。それが、せめてもの礼だ」


 おっと、随分潔いな、黒騎士(シュヴァルツリッター)

 でも、結果は結果だしな。

 ぼくも、勝ったなんて胸は張れないや。

 でも、サツキ(マイ)のためには、受け取った方がいいのかな。


「アラナン、受けるべきではないわ」


 珍しく、マリーが礼を欠いて口を挟んでくる。

 普段はともかく、貴族の前ではマリーはきちんと礼節は守る。

 ましてや、皇帝の前だ。

 黒騎士(シュヴァルツリッター)への悪感情なんかでいうわけないし、どうしたんだろう。


 どうするか迷ったが、マリーが変なことをいうはずがない。

 ここは彼女を信用しよう。


「お気持ちは有難いですが、レナス帝領伯。運営がどう結果を公表しようと、あの場の判定はぼくの負けです。その刀を受け取る資格はない。それに──」


 ぼくは笑顔を作ると、刀を押し返した。


皇帝を護る剣シュッツシュベルト・デス・カイザースの手に、代名詞の愛刀がなければ様になりませんよ。それは、帝領伯がお使い下さい。刀も喜ぶでしょう」


 ちょっと格好を付けすぎたかな。

 でも、黒騎士(シュヴァルツリッター)は、いつもの無表情な顔を微かに綻ばせていた。

 ぼくが格好付けたのを笑ったのか、それとも刀を渡さなくて済んだのが嬉しかったのか。

 ま、ぼくの背伸びに微笑んだんだろうな。


「ふん、それではこの刀は(わし)が預かりおく。いずれ──」


 黒騎士(シュヴァルツリッター)は、鞘を剣帯に提げると天井を見上げ、目を閉じて言った。


「貴様の友人のどちらかに、これを渡す日も来るやもしれぬな」


 そう言い残すと、黒騎士(シュヴァルツリッター)は皇帝とともに扉の外に消えていった。

 友人のどちらか、ね。

 ハンスとアルフレートかな。

 そんな未来があるとしたら、楽しみなことだ。


 ま、それはともかくとして、だ。


「何で刀を受け取っちゃいけなかったんだい、マリー」


 椅子に座り、ジャンから紅茶を受け取ると、マリーはゆっくりとその香りを楽しんでいた。


「莫迦ね。わかってなくて断ったの?」

「マリーには、ぼくの見えてないことが見えているんだろう? ならば、それに従うのが賢明ってもんさ」

「あら、アラナンにしてはわかっているじゃない」


 はい。

 男ってのは、経験から賢くなるものさ。


「簡単なことよ。サツキ(マイ)は、刀が返ってきてほしくなかったの。だって、刀が返ってきたら、故国に帰らないといけないでしょう?」

「うーん、まあそうだよね。それが目的だもんね」

「命令はね。でも、サツキ(マイ)は帰りたくなかったの。だって、彼女ハーフェズのことが好きなんだもの」


 ほお。

 そんな気はしなくもなかったが……。


「ハーフェズが好きだから、命令には従わないってこと?」

「残念ながら、そんなこともできない性格なのよ。命令だから、刀が手に入れば、持って帰らないといけない。でも、刀が入手できなきゃ、現状のままでしょう?」


 ああ、そういうことね。

 言われてみれば、何かそんな素振りもあったなあ。

 マリーはやっぱり女の子だけあって、そんなことにもよく気が付くんだな。

 おっと、口には出さないよ。

 迂闊なことをいえば、やれやれ男なんてって肩をすくめられそうだ。


「はー、それじゃ、とりあえずグレゴーリオ・キエーザを捕らえれば、フェストでやることは終わりなの?」

「そうでござんすな。帝国とヘルヴェティアで聖典教(タナハ)の禁止が話し合われると思いなんすが、わっちらには関わりのない話でござんす。主様はそろそろ高等科のことを考えなんし」


 高等科ね。

 確かに、ぼくは中等科の枠をはみ出してしまっている。

 とっととユトリベルクの中級迷宮を攻略して、高等科に進級したいところだな。


 ま、でもその前に、少しだけのんびりしたい気分だ。


 流石に、今回は疲れたよ。

 それなりに傷も負ったしね。


 そういや、三人組やハーフェズはギルドに召集されて捕物に出ているのかもしれないが、アンヴァルはどうしたんだ?

 まさか、買い食いに出たのかな。

 というか、ぼくの賭け金どうなっただろう。

 ひょっとして、全部すった?


 うわー、不安だな!

 カレルが帰ってきたら、確認しないと!

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