第十三章 皇帝を護る剣 -13-
怒りを見せた黒騎士が前進してくる。
だが、瞬動が太陽神の翼に及ばないのは、証明済みだ。
「裂断!」
連続して地割れを引き起こし、黒騎士の足場を奪う。
跳躍しながら迫ってくるが、ぼくの周囲の地面も引き裂いてずたずたにして近付かせない。
流石の黒騎士も、これだけ足場が悪ければ、高機動は出せまい。
ぼくの方は地面がどんな状況でも、浮いてれば関係ないしね。
地割れついでに、大地から槍を隆起させて黒騎士を狙わせる。
その程度の魔術で倒せるとは思わないが、少しでも神経を使わせればいい。
だが、地槍くらいの速度だと、黒騎士も術を使うまでもないようだな。
虚空も使わず、足場の悪さも苦にしないで軽快に地槍の連打をかわす。
まあ、いいんだ。
それでも回避する方向を誘導し、魔力の糸が待ち受ける場所に跳ばす。
ほらきた。
これで、どうだ!
黒騎士がその足場に着地した瞬間、隠蔽で消していた魔力の糸が、一斉に顎を閉じるように襲い掛かる。
黒騎士は動じず、魔力障壁を燃え上がるように輝かせた。
その魔力に当てられ、魔力の糸は融けるが如く消えていく。
本当かよ。
拘束してとどめを刺そうと迫っていたぼくは、急制動をかける。
それを見て、黒騎士は僅かな足場を幾つも跳び移りながら接近してくる。
うん、瞬動は使えてない。
足場が悪くては、地上移動の神聖術は難しいだろうな!
苦労して近付いてきた黒騎士を、嘲笑うかのように上昇する。
旋風を使って、更に揺さぶってやろう。
攻撃力はないが、風圧でバランスは取りにくいはずだ。
「まともに戦う気があるのか、ドゥリスコル! これが飛竜の戦い方か!」
吼える黒騎士に、ついでに言葉の矢を浴びせておく。
「いや、こんなのは飛竜の戦法じゃない。でも、飛竜なら、こんな児戯はものともしない、貴方の技は、やっぱり汎用性が薄いんだ。悔しかったら、飛んでみなよ」
ちょっと煽ったら、本当に跳び上がってきやがった!
でも、空中機動で翼のあるぼくに勝てると思うなよ!
もう少し上昇してあげたら、届かなくて落下していく。
ほれみろ、好機だ。
空中を蹴って墜ちていく黒騎士を追う。
追撃するぼくを見て、鞘に手を掛けるが抜かない。
不安定な空中で神速の断罪を出しても、威力は半減だろう。
このまま行っても、虚空が待っているだけだ。
ならば、黒騎士には、もう少し落下を楽しんでもらおう。
足場にしていた地面を崩壊させ、一帯を大きな穴にする。
着地態勢に入っていた黒騎士は、大地を失い更に底に向かって落下する。
歴戦の老騎士も、これには驚いた表情になっていた。
黒騎士が、穴の底に音を立てて着地する。
かなりの衝撃のはずだが、顔色を変えた様子はない。
ま、この程度でどうにかなる相手じゃないよな。
すぐに、壁から壁へと伝いながら跳び上がってくる。
おっと、そう簡単にはやらせない。
上から無数の岩や地槍を降らせる。
ついでに、壁も少し脆くしておいてやる。
黒騎士は、弧月で無数の岩を次々に斬り裂く。
成る程、壁を蹴るために、虚空を使えないんだな。
状況を制限してやれば、あれほど隙のなかった黒騎士にも粗は見えてくる。
ならば、いまが好機だな。
遠慮なく行かせてもらうか!
流星のように足から光の尾を曳きながら、まっしぐらに黒騎士を目指す。
弧月の限界はどのくらいだ、アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラー!
如何に連続で斬り続けるといっても、無限ではあるまい。
神剣を構えて一直線に突っ込む。
黒騎士も、岩を斬り続けながら上がってくる。
その上昇が、不意に崩れた。
壁を蹴った瞬間、脆くも土が崩落したのだ。
「そこは、細工させてもらったよ、黒騎士!」
弧月の剣筋が乱れる。
最大の好機。
門の破壊者の、光の螺旋と化しながら突っ込む。
神の眼が、唇を噛みしめる黒騎士の姿を捉える。
残念だな、皇帝にその敗北の瞬間を見てもらうがいい!
ちらりと皇帝を視界に入れる。
魔導画面を、固唾を飲んで見守っているようだ。
ぼくを応援してくれるみんなと立場は同じか。
そう考えると、ちょっと言い過ぎたかな。
視線を黒騎士に戻そうとして、異常に気付いた。
貴賓席に、いるはずのない男がいる。
あれは、ぼくが三回戦で破ったギデオン・コーヘン?
ベール警備隊に引き渡された男が、何故そんなところにいるんだ!
「危ない?」
コーヘンの手には、短剣がある。
まずい、クリングヴァル先生とダンバーさんはどうしたんだ!