第十三章 皇帝を護る剣 -12-
神剣の刃が、黒騎士の脇腹を掠める。
この距離での突き出しをかわすか。
黒騎士が納刀する隙に、左手の神銃を一発撃つ。
至近距離での光弾。
聖鴉も間に合わない。
流石の黒騎士も回避しきれず、左肩に光彈を受けた。
鮮血が飛び散る。
だが、浅い。
神銃の弾丸は人間の体くらいは吹き飛ばす威力はあるんだが、それでもあそこまで軽減されるか。
大した魔力障壁だ。
あれが、第三段階に達した神聖術の力なのか?
だが、態勢が崩れたぞ。
すかさず、追撃の破魔斬を、左上から斬り下ろす。
だが、その刃は黒騎士の体をすり抜けた。
く、もう虚空が間に合うのか。
だが、虚空発動中は攻められまい。
神銃の弾丸を叩き込みつつ、右上から破魔斬。
すり抜ける刃を戻して、右肘の尖火を連続で黒騎士の顔面に叩き込む。
だが、この猛火の審判の連打も、当然全て虚空で無効化される。
そこで連打を止め、一歩後ろに下がる。
いや、下がったように見せて足は残っている。
上体だけ下げたのだ。
連打が止んだと見て、聖鴉の刃が抜き放たれる。
その動きを読み、上体を沈めて下から通天掌の動きで神剣を突き上げる。
顎に刺さるかと思ったが、寸前で見切られ、皮一枚掠めただけで終わる。
いや、まだだ。
振り下ろしの両断に繋げれば、まだいける。
そう思った瞬間、衝撃がぼくの腹部で炸裂した。
「ぐ──鞘……」
右手の聖鴉の刃に気を取られ過ぎた。
まさか、鞘を突き出してくるとは思わなかったのだ。
「双牙だ。しかし、一撃で昏倒する程度の威力はあるはずなんだが」
腹でよかった。
昏倒するどころか、激痛で意識がはっきりした。
だが、お陰で胃の中のものを吐き出しそうだ。
口の中に、酸っぱい味が広がる。
バックステップで後退したが、瞬動は逃がしてくれない。
かろうじて神速の断罪をかわすと、太陽神の翼を全開にして上空に逃げる。
それで、何とか一息ついた。
「うえ……。確かに悶絶するかと思ったよ、畜生!」
「逃げてばかりではないか、ドゥリスコル。それでは、師の名が泣くぞ」
「作戦タイムですよ、レナス帝領伯。いまの隠し技も頭に入れましたからね。もう食らいませんよ」
しかし、劣勢なのは確かだ。
オニール学長が一割の勝率と言ったのも頷ける。
何かしら手を打たないと、じり貧だ。
連打で攻め続けるのは、いまいち効果がない。
虚空で無効化されるならいいが、こっちの攻撃を的確に読んで反撃してきやがる。
絶技の型も知られているみたいだし、飛竜の拳はどうも通用しない。
こちらも、黒騎士の意表を突くような攻撃でないと駄目だ。
さっきの双牙みたいな、意識の外にある技がいい。
よし、あれで行ってみるか。
黒騎士から、少し離れた地点に降り立つ。
右手に神剣、左手に神銃を持ち、黒騎士を睨め付けた。
アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラーは、すぐに瞬動を使って踏み込んでくる。
間合いに入った瞬間、聖鴉が抜かれんとした。
いまだ!
「裂断!」
黒騎士の足許の地面に地割れを作り、踏み込んだ足が取られる。
態勢が崩れ、斬撃もあらぬ方向に流れた。
好機!
神剣の周囲に魔力を渦巻かせ、門の破壊者を撃ち出す。
但し、魔力の回転は、いつもとは逆に回転させる。
黒騎士は、弧月でその一撃を弾こうとしたが、足場のせいで力が入っていない。
しかも、魔力の回転が逆なので、いつもの弾き方では逆に聖鴉の方が弾かれる。
がら空きになった胸に、必殺の絶技を抉り込んだ。
だが、手応えがなかった。
あそこから、上体を反らして突きを避けるだと。
下半身を地割れに突っ込ませているからとはいえ、軟体動物みたいな回避をしやがって!
下から、突き上げるように双牙が迫ってきている。
神の眼の視界の端にそれを収めたぼくは、太陽神の翼を噴かして逆立ちするかのように下半身を上に上げる。
この好機を逃す手はないのだ。
空を蹴り、真上からの門の破壊者を黒騎士にお見舞いしてやる!
だが、虚空が発動してまたもや攻撃を無効化される。
どうやら、鞘での攻撃は神聖術ではなく、これを間に挟むことで間を取っているのだ。
好機を逃したぼくは、一回とんぼを切って上空へと逃れる。
そこなら、追撃はない。
成る程、黒騎士は死角が少ない。
唯一の攻撃の好機にも、対応する技を持っている。
だが、あれは所詮隠し技じゃないか。
あれで致死判定を食らうことはない。
神速の断罪のような理不尽な攻撃力は持っていないのだ。
ならば、双牙のときに退いては駄目だ。
あそこで仕留めないと、次の瞬間にはもう虚空が発動してしまう。
「しぶといな、ドゥリスコル。その神聖術の逃げ足だけは、褒めてやる」
「そいつはどうも。しかし、本来隙の大きい抜刀術を、そこまで死角のない構成に仕立てているのは大したものですよ、レナス帝領伯。確かに、いまの貴方なら飛竜にも互角に戦える気がしますね。でも──」
ふわりと地上に降りると、右足を前に出して、半身の構えを取る。
「それでも、戦えば勝つのは飛竜だ。その理由を、教えてあげますよ」
黒騎士の無表情な額に、初めて青筋が立った気がした。