第十三章 皇帝を護る剣 -4-
エスカモトゥール先生から教わった投影法で、自分の魔力を黒騎士の背後に写し出したのは、クリングヴァル先生の秘策のひとつであったのだろう。
黒騎士の反応のよさと抜刀術を利用した罠だ。
一度しか通用しない技だが、先生は一番いい場面で使った。
螺旋の雷光の渦が黒騎士の身体に吸い込まれ──。
そして、通過した。
「虚空!」
思わず、叫び声を上げる。
あれは、飛竜の神聖術。
現し身を虚空に置くことで攻撃を透過させる秘奥義だ。
まさか、黒騎士が、そこまでの段階に達しているとは思わなかった。
それは、先生も同様であろう。
絶好の機会が、逆に最大の危地となる。
振り向いた黒騎士が、新たな刀を出現させる。
体が流れたクリングヴァル先生の胴に、抜き放たれた刃が叩き込まれる。
魔力障壁と激しくぶつかり、衝撃で黒騎士の刀が粉々に砕ける。
同時にクリングヴァル先生の体も、大地に叩き付けられた。
外傷はないものの、痛撃に先生の顔も歪む。
成る程、黒騎士が、平和の刀にこだわるわけだ。
並みの刀だと、神速の断罪の威力に耐えられなくてああなるのか。
立ち上がった先生と、刀を失った黒騎士の間で暫し睨み合いが起きる。
それを利用してか、再び再生が飛んだ。
現実に追い付くためだろうが、結構忙しいな、これ。
先手を取って攻め続けていた先生が、攻撃を止めていた。
明らかに、虚空を警戒している。
飛竜と戦うことも想定していた先生が、虚空の弱点を知らないはずがない。
あれは、攻撃の瞬間は発動できないんだ。
だから、先生は黒騎士の攻撃を待っている。
だが、そうなると黒騎士が繰り出してくるのは、神速の断罪以外にあり得ない。
レナス帝領伯は、地面に突き立った平和の刀を拾い上げると、白木の鞘に戻して構え直す。
「神速の断罪からカウンターを取れれば、クリングヴァル先生の勝ち。取れなければ、黒騎士の勝ちか」
これまで、先生はまともにこの抜刀術と相対するのを巧く避けてきた。
そのために先手を取り、自分の距離で戦ってきたのだ。
抜刀術の速度はともかく、足捌きの速度では負けてない自負があったのだろう。
実際、それは途中まで機能していた。
黒騎士が虚空を身に付けていなければ、勝利は先生のものだっただろう。
だが──。
「アラナン君。先生に、神速の断罪を抜ける技はあるのか?」
ハンスの疑問が全てであった。
螺旋の雷光は、限界と思われた雷光の速度を超える恐るべき技だが、それでも神速の断罪には届かない。
先に撃ち出した螺旋の雷光の槍が、後から始動した黒騎士の抜刀に斬り落とされているのだ。
そこには、厳然とした速度差がある。
だが──それでも、クリングヴァル先生には、何か方策があるはずだ。
「わからない。それでも、先生は神速の断罪をかわす」
これは、ただの願望かもしれない。
しかし、エスカモトゥール先生も同じ想いのはずだ。
それは、強く握りしめた拳でわかる。
頑張れ、先生。
その応援は届くはずだ。
「──動くぞ」
ハンスの緊張した声が漏れる。
動き始めたのは、黒騎士。
左手に白木の鞘を提げながら、無造作に槍の間合いに踏み込んでくる。
だが、クリングヴァル先生は、じっと構えたまま動かない。
いま攻撃しても、虚空で無効化され、隙を晒すだけだとわかっているのだ。
先生が動かぬのを見極め、それでも大胆に黒騎士は平和の刀の柄に手をかける。
アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラーの腹腔から発した神の力が、瞬時に五体に行き渡る。
鞘走る閃光。
だが、左斜め下から斬り上げたその軌跡上に、クリングヴァル先生がいない。
何度か見ただけで黒騎士の剣筋を読み、刃を見ずに回避してのけたのだ。
跳躍し、上方からの降虎。
だが、黒騎士の刃は、斬り上げたところで止まらなかった。
右上に上がった刃が弧を描くように真上に移動し、そして斬り下げられる。
正面から迫る銀閃を、先生は咄嗟に槍で受けようとしたが、槍ごと魔力障壁がすっぱりと斬られた。
「──孤月」
吐く息とともに、黒騎士から言葉が漏れる。
それは、クリングヴァル先生に向けた勝利の宣言であった。
致死判定が表示され、審判が黒騎士の勝利を告げている。
控え室のぼくらは、言葉もなく魔導画面を見つめていた。
クリングヴァル先生は、まだ大地に横たわったままだ。
それだけ、黒騎士の一撃が強力だったのか。
孤月と言った最後の技。
あれは、防ぎようのない斬擊だ。
回避した神速の断罪が、軌道を変えて後を追ってくるのである。
神聖術の抜刀を上回る速度を持ってないと、捕まって斬り捨てられる。
あれは、虚空と並んで黒騎士が今大会飛竜と戦うために編み出してきた技なのか。
いまの黒騎士の強さは、飛竜に匹敵しているのではないか。
そう思わせるほどの技の冴えである。
「決勝は、黒騎士か」
不意にその事実がのし掛かってくる。
先生が勝てない相手に、ぼくが敵うはずがない。
虚空も孤月も、飛竜を想定した技だ。
ぼくの技倆で破れるものではない。
ただ神聖術が強力なだけであった聖騎士とは、訳が違うのだ。
今まで、ぼくは相手の技をある程度想定、分析して、勝てると思って戦ってきた。
だが、今度ばかりは、打開策が見当たらない。
さて、どうしたものか。