第十三章 皇帝を護る剣 -3-
抜く手が見えなかった。
スロー再生でなお、捉えきれない高速の抜刀術。
繰り出された槍の穂先が、斬って落とされる。
神速の断罪。
余りに滑らかな斬り口に、清冽さすら覚える。
だが、それはクリングヴァル先生の想定の範囲内だったようだ。
そこから左足を踏み込み、左手での雷光。
今度は左手に槍が現れる。
一歩踏み込んだことにより、槍は従来の長さに戻っている。
その分、速さも増している気がする。
初擊は長さのせいか、キレがなかったからな。
黒騎士は踏み込めず、一歩後退した。
一度刀を抜いたら、雷光に対応できないようだな。
左手の槍が魔法の袋の中に消え、クリングヴァル先生は更に一歩右足を踏み込む。
雷光の連打か。
いや、違う。
今度の突きは、雷衝じゃないぞ。
右腕に魔力の渦が巻き起こっている。
あれは、門の破壊者。
それを応用したクリングヴァル先生の槍の絶技、螺旋の雷光だ。
魔力の渦を纏った槍は、撃ち出されるかのように加速する。
明らかに雷光より速い。
開幕早々、決めに来ているのか。
一方的なクリングヴァル先生の攻め。
黒騎士は、踏み込むことができず、下がらざるを得ない。
黒騎士ほどの足捌きを以てしても、この高速の突きを掻い潜るのは至難の業なのだろう。
そして、槍と刀の間合いの差が、先生の先手を許す結果になっている。
だが、如何に高速の連打でも、直線の動きが続けば対応はできる。
回避に専念していた黒騎士が、下がりながら刀を鞘に納める。
それだけ、余裕ができたのだ。
同時に迸る閃光。
斬り刻まれた槍を辿るように、一気に黒騎士が距離を詰める。
それに対して、クリングヴァル先生は新たに短い手槍を出現させた。
飛び込んでくる黒騎士の突きを右回転の螺旋で弾き飛ばすと、その勢いで胸に螺旋牙を抉り込む。
激しい衝撃音が生じ、黒騎士が後方に吹き飛んだ。
分厚い魔力障壁を破るまでには至らなかったか、目立った傷はない。
そこで、少し再生が飛んだ。
膠着状態を飛ばしたのかな。
余り実時間と離れ過ぎても興醒めだからか。
アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラーの顔は未だ冷静さを保っており、クリングヴァル先生も余裕そうな笑みを浮かべたままだ。
お互い、まだ手の内を全部出していないのか。
距離は刀の間合いに移っていた。
黒騎士は華麗な連擊を繰り出しているが、先生は左手の手槍で防いでいる。
いや、黒騎士の右斜め上からの斬擊を螺旋で弾き、そのまま懐に潜り込んだ。
右足を踏み込んでの尖火の右肘。
再び、黒騎士がたたらを踏む。
そこに、腕を伸ばして門の破壊者で追撃を掛ける。
胸に深く突き込まれ、流石の黒騎士が血を吐きながら吹き飛んだ。
凄いな、クリングヴァル先生。
槍の間合いでは優位。
刀の間合いで互角。
更に踏み込んだ超至近距離では圧倒している。
「クリングヴァル先生、これ勝てるんじゃないかしら」
マリーが息を飲みつつ呟く。
同感だね!
クリングヴァル先生の技は、あの人のたゆまぬ努力はやっぱり黒騎士にも通用するんだ。
「いや──黒騎士は、まだ本気を出していないぞ」
だが、ハンスが不気味なことを言う。
「黒騎士の奥義は、瞬電だ。神速の断罪の連続技。これをまだ、一度も出していない」
あの抜刀術の連続技だと?
しかし、考えてみれば、クリングヴァル先生がやっているように、新しい刀を取り出せば幾らでも抜刀できるはずだ。
平和の刀ほどの業物はないだろうが、黒騎士がその気になれば、他の刀だって用意できるだろう。
だが、それをやらないのは、何でだ?
あえて、ダメージを食らってまで、クリングヴァル先生の技を確かめたとでもいうのか。
「まさか、飛竜と技を比べて、全力を出す相手かどうか探っていたとでも?」
「恐らくそうだ。そして、先生はその眼鏡にかなった」
アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラーが、静かに立ち上がってくる。
全身から、魔力が溢れんばかりに噴き上がっている。
そういえば、黒騎士は肚の内に虚空への門を持っていた。
あれは、後付けされた聖騎士などと違い、自分で到達した境地である。
ぼくのように額で接続しているのと、何処が異なるというのか。
そう考えているうちに、クリングヴァル先生が動き出す。
夢影歩で眩惑しながら、槍の間合いまで詰める。
左斜め上から撃ち下ろすように降虎、受けられると右斜め上から降虎、あれは、虎手激勢を槍に応用した先生の絶技だ。
黒騎士の意識が上に向いたところで、三擊目の螺旋の雷光が繰り出される。
刹那の片手回転突きが決まるかと見えた瞬間、新たに現れた刀を抜き放った黒騎士がその槍の穂先を斬り落とす。
そのままその刀を投げ捨て、更に新しい刀を出した黒騎士は、連続で神速の断罪に移ろうとした。
そこで、黒騎士の眉が僅かにひそめられる。
あれだけ戦意を漲らせていたクリングヴァル先生の魔力が薄れ、黒騎士の背後に強力な魔力が現れたのだ。
抜き打ちで、黒騎士が背後の気配に斬り付ける。
だが、そこに先生の姿はない。
「いい投影法ね」
エスカモトゥール先生の声が漏れる。
あれは、エスカモトゥール先生の技か?
基礎魔法しか使ってこなかったクリングヴァル先生のいきなりの心理魔法に、黒騎士ですら引っ掛かったか。
背中を見せた黒騎士に、クリングヴァル先生が迫る。
新たな槍での螺旋の雷光が、アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラーを貫いた。