第十二章 聖騎士の光刃 -10-
準決勝の二試合目は午後からなので、大分時間があった。
だが、ゆっくりと体を休めたかったので、ジャンとアルフレートとアンヴァルに買い出しを頼む。
騎士の癖にすっかり雑用係が板についてきたジャンであるが、それでも文句は言わずに出掛けていった。
のんびりと買い出しを待っていると、ハーフェズとサーイェが顔を出しにきた。
一応、お見舞いらしい。
果物なんかを買ってきている。
「ははは、コンスタンツェ・オルシーニに負けたわたしより重傷のようじゃないか、アラナン」
だが、実際は暇潰しにからかいに来たように感じるな。
「聖騎士に勝つんだ。無茶もするさ」
「ああ、実際、無茶だったな。だが、その無茶を通すんだから、大したものだよ、アラナン」
椅子を寝台の側に持ってくると、無造作に座って足を組んだ。
何だ、何か話に来たのかな。
「実はな、アラナン。──サーイェのことなんだが」
ハーフェズが言い淀むのは珍しいことであった。
遠慮なんてするタイプじゃないからな。
「最近言葉を覚えたのか、ようやく喋るようになってきてな。名前もわかった。本名は、サッキー、いや違うな、サッキというらしい」
「サツキ」
「ああ、そのサッキだ。──何だ、睨むな。言いにくいのだ、お前の国の発音は。それでな、色々国を出た目的や経緯なども聞いたのだが、どうも、盗まれた宝を求めて海を渡ってきたらしくてな。その宝というのが、つい先日見つかったのだ」
「ふーん? よかったじゃないか」
「よくない。それが、所持していたのが、かのアルトゥール・フォン・ビシュヴァイラーなのだ」
ぶっ。
思わず、飲んでいたアップルジュースを噴く。
何だって?
「そ、それってまさか──」
「ああ。黒騎士の平和の刀だ」
おいおい。
厄介事の匂いしかしないんだけれど。
「サッキの国は、平和の国、和国というらしいんだが、その国の王の持つ刀が異国の人間に盗まれたらしい。彼女は、王から刀を取り戻せと命令を受けているんだと。だが、途中で乗っていた船が沈んでしまった。命だけは助かったらしいが、持ち物を全て失って、のたれ死にしそうになっていたのを、たまたまわたしが拾ったんだ。この広い大陸で言葉もわからず、刀を探しようもなかったらしいんだが、偶然黒騎士の戦いを見たようでな」
「だからって、黒騎士に刀を返せとか言えないだろう? 盗んだやつがどっかに売ったのを買い求めただけだよ思うぞ」
「そうなんだ。それでわたしも困っていてな。何かいい方法でもないかと相談に来たんだ」
ぬけぬけと言い放つハーフェズに、頭を抱える。
お前、頭いいんだから、その話がほぼ実現不可能だってわかってんだろう。
わかってて、他の人間にも頭を抱えさせようというのか?
──いや、こいつはどうしようもないいたずら好きだが、打ち捨てられていたサーイェ、じゃないサッキ……サツキか、を拾い上げるくらいにはお人好しだ。
何とか助けてやろうってんだろうけれど、できることとできないことがあるよなあ。
「──黒騎士には会ってみたのか?」
「まさか。常に皇帝の側にいるんだぞ。この間の襲撃事件で警戒も強まっていてな。下手をすれば、犯人だと疑われる」
しれっと指摘してくるところをみると、とっくに考え済みかよ。
でも、こいつだって、無駄な相談はしないはずだ。
ぼくなら、何か伝手があると思ったのか?
「犯人だと疑われない人間を間に入れる──例えば、クリングヴァル先生とか、か?」
「そうだな。キアランだと、わたしと近すぎて余計な警戒心を抱かれかねない。スヴェン・クリングヴァルはその点理想的だ」
はー、やっと訪ねてきた意図が飲み込めたよ。
要するに、黒騎士と会う段取りを、クリングヴァル先生にお願いしたいってんだな?
うーん……。
先生をよく知るぼくの経験からいうと、これは難しい気がするぞ。
面倒だから嫌だ、の一言で終わりそうなんだけれど。
「いや、そもそも先生これから試合だし、まず無理だろう。余計なことで集中乱すのも悪いし」
「そうだな。だから、終わってから行かないか?」
「終わってからねえ」
微妙だなあ。
クリングヴァル先生が勝てば、負けた黒騎士に対しての嫌みになりかねないし、逆なら先生の機嫌が悪そうだ。
「それなら、むしろ大魔導師が動けるようになったら頼んだ方が──」
「明日の決勝が終わったら、皇帝と一緒にレツェブエルに帰国してしまうよ。飛竜の快復には、もう少し掛かるらしいし」
難しいな。
こういう問題はそんなに得意じゃないんだよ。
むしろ、ハンスやカレルのが得意なんじゃないか?
「おれじゃ身分が低すぎて無理だが、ザルツギッター家のハンスなら、皇帝にも黒騎士にも会えるんじゃないの?」
話を聞いていたカレルが口を挟んでくる。
いいぞ、カレル。
「え、わたしかい? そりゃ、可能性はなくはないと思うけれど、会ってどうするつもりだ? 悪いが、レナス帝領伯に損害を与えるような計画だったら手を貸せないぞ」
黒騎士贔屓のハンスらしいな。
警戒を強めるハンスに、ハーフェズはにこやかに笑った。
「いやいや、強引に奪おうとかそういう気は勿論ないよ。状況を説明して、譲ってもらえないか相談するだけさ」
「ハーフェズ君の笑顔は怖いからなあ。裏に何か隠してないだろうね」
「やだなあ、友達だろ、わたしたち。信用してくれよ」
友人でよく知るからこそ、思わぬことを仕出かすハーフェズを警戒するのだ。
ハンスも帝国の人間だしな。
「──ま、いいだろう。わたしも、レナス帝領伯にお会いしたい気持ちはあった。わたしの用事が終わったら、紹介するよ」
「ぼ、ぼくも連れていって下さいよ、ハンスさん」
「おれも頼むぜ!」
三人組は帝国の人間だからいいだろうが、ぼくたちは遠慮した方がいいかな。
そう考えていると、ハンスがぼくの腕を掴んできた。
ちょっと、そこ痛いよ!
「ごめん、アラナン君、行くときに付き合ってくれ。あの黒騎士と話すのに、わたしたちだけじゃ緊張して何も喋れなさそうだ」
えええ。
ぼくは、あんまり関係ないよね?
何で、ハーフェズもハンスもぼくを巻き込もうとするんだ!
──まあ、仕方ないか。
ハーフェズもハンスも友達だし、アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラーには、ぼくも興味はある。
一度、話してみるのも悪くはないかもね。




