第十二章 聖騎士の光刃 -9-
いきなり、ぼくを治療していた救護の人が、懐中から短剣を抜き、振りかぶった。
素人か!
短剣なら、振りかぶっていては振り下ろすのに時間が掛かりすぎる。
腰に構えて体当たりすれば、それで済むのだ。
払おうと手を上げたとき、その短剣が空中で凍りついて止まった。
何だ、ファリニシュがいたのか。
「随分とベールのうちに潜り込まれておりんすな。主様も気の抜けぬ有り様でござんしょう」
薄暗い廊下の先から、白銀の髪が仄かに輝くのが見えた。
「ああ、助かったよ、イリヤ。そこで腰を抜かしている人は任せてもいいかい?」
担架を運んでいた救護の人たちが、いきなりの兇行にへたり込んでいる。
ぼくに短剣を刺そうとした男は、マリーとハンスが取り押さえていた。
舌を噛まれないように、猿轡まで噛ましているのか。
カレルが警備隊を呼んできたので、犯人は彼らに引き取ってもらった。
あの腕では、余り大した情報は知るまい。
闇黒の聖典ではないだろう。
救護の人が役に立たなくなったので、ハンスとアルフレートが担架を運んでくれた。
その間に、ファリニシュが簡単な再生の神聖術を使う。
オニール学長ほどではないが、とりあえず傷は塞がって出血は止まったよ。
「もう、莫迦な戦い方をして!」
控え室の魔導画面には、最後の次元刃が次々にぼくに刺さる様子が映し出されていた。
嫌な場面を出してくれるものだ。
「これでも、内蔵は避けて肉で止めたんだ。仕方なかったんだよ」
「手加減してるからよ! 例の翼を出して、ぱーっと斬ってしまえば終わりだったじゃない。剣も抜かないし」
そりゃ、神聖術の使用許可が出れば、そうしているよ。
内情を知っているファリニシュも、苦笑をしているじゃないか。
いや、笑ってないで、説明してくれてもいいのよ、ファリニシュさん?
「まあ、ぼくの役目も終わりじゃないかな。クリングヴァル先生が黒騎士を倒せば、面子は保てるでしょ。もし、先生が負ける相手なら──ぼくじゃとても勝てないし」
「そ、そうね。優勝もいいけれど、やっぱりこんな危険な真似はするべきではないわ」
気休めを言うと、マリーは少し収まったようだ。
だが、本音を言えば、クリングヴァル先生とはいえ、アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラーに勝てるのかどうか、ぼくにはわからなかった。
両者とも、武に対しての研鑽が桁外れすぎる。
しかし、肝心の最も得意とする決め技で、黒騎士の速度が僅かに先生を上回っているんだよね。
やや、先生の不利と言えなくもない。
それでも、ぼくにはクリングヴァル先生への信頼があった。
あの人は、本当に凄い人だ。
先生が負ける姿は、ぼくにはとても想像がつかなかった。
同じ絶技を使っても、先生とぼくとでは質が違う。
先生曰く、飛竜にはそれでも及ばないそうだからな。
どれだけあの老人が規格外かわかる。
「アラナン、特別にアンヴァルが買ってきた肉をやるのです。これを食べて、失った血を取り戻しやがれ、です」
アンヴァルが屋台の串焼きを差し出してきたのを見て、思わず固まってしまった。
だって、あのアンヴァルだよ?
自分の食べ物を人に渡すなんて、初めて見たよ!
「ああ、アラナン。その串焼きの金はお前の財布から出ているし、アンヴァルはすでにその十倍は食っているからな」
解説有難う、カレル!
おかしいと思ったよ、畜生。
「ま、それでも嬉しいよ、アンヴァル。お前がぼくに気を遣ってくれるなんてな」
「アラナンが元気でないと、アンヴァルはご飯をたくさん食べられないのです。当然の配慮ってやつです!」
うん、それは口にしない方がいいと思うよ、アンヴァル。
むにーと左手でアンヴァルの頬を伸ばしながら、有難く串焼きを頂く。
うーん、動くとまだ引き攣れる感覚があって、傷が痛むな。
ファリニシュの再生の技倆では、明日までの完治は難しいという。
今回は、結構肉を抉られたからな。
明日までは大人しくして、できるだけ療養に努めるしかない。
「しかし、よく控え室に来れたね。関係者以外立ち入り禁止だよね、此処」
「わっちはこの場の護りも請けていなんすよ、主様」
ああ、ファリニシュは会場の警備も命じられているんだっけ。
むしろ、ばりばりの関係者だった。
「しかし、あれだけの聖光刃をよく捌き切ったね」
魔導画面には、コンスタンツェさんの聖光乱舞が再生されていた。
それを見ながら、嘆息するようにハンスが言う。
「あの刃はまだ、魔力が薄かったから何とかなったんだよね。本気を出したコンスタンツェさんの黄金の聖光は、聖光を圧縮解放して使ってきていた。あれは本当に危なかったよ」
彼女なりに、飛竜や黒騎士に対抗するために編み出した奥の手だったのだろう。
あれを破ったときは、本当に驚愕していた。
「あの見えない刃は、どうやって察知しているんですか?」
次元刃を回避するぼくを見て、アルフレートが尋ねてくる。
うーん、説明は難しいな。
「あの刃は、虚空を使った空間移動の刃でね。ぼくの神の眼なら、虚空から出現する刃を見ることができるんだよ。でも、短剣の方は神の眼でも見れなくてね。結局最後は勘頼りさ。お陰でこんな傷を負ったけれどね」
「うーん、ぼくも知覚系の魔法を覚えた方がいいんですかねえ。ただ剣を振るっているだけじゃ駄目な気はしてきました」
ぼくから見ても、アルフレートには間違いなく剣の才能はあるけれどね。
苦手だった身体強化も上達しているようだし、そのうちハンスにも迫れると思う。
でも、基礎魔法の才能はそこまでなさそうなんだよな。
魔力圧縮は覚えられそうにないかなあ。
「アラナン君は、飛竜の絶技を全部覚えているのかい?」
猛火の審判を見て、ハンスが尋ねてくる。
まあ、今回は結構使ったなあ。
三種類くらいかな。
「型は全部習うよ。でも、使いこなせるかは別物さ。ぼくのやっているのは所詮真似事だし、本物の威力には及ばないね」
神の眼と魔元素強化の力に頼って、ぶん回しているだけだ。
技と言えるほど洗練されているとは、言い難い。
「ぼくは、エアル島にいたときに、飛竜と同系統の拳を使う人に棒を習っていたから、少しは下地があるけれどさ。それでも、先生や飛竜の領域にはまだまだ到達できないよ」
「──そうか、あれでもまだ足りないのか」
ハンスの吐息は、重く長かった。




