第十二章 聖騎士の光刃 -8-
「真面目な話、黄金の聖光刃を凌ぎ切られるんは想定外やわあ。黒騎士戦の切り札どすえ?」
コンスタンツェさんの息が荒い。
あの黄金の聖光は、結構消耗するみたいだな。
まあ、神の眼の酷使を強いられたこっちも結構きついんだけれどね。
「そろそろ終局ですよ、コンスタンツェさん。もう貴女には、捨て身しか手が残されていない」
「あての手え読み切って戦いはる子なんて、見たことあらしまへんなあ!」
コンスタンツェさんの両手の間で、素早く短剣が行き来する。
左右どちらでくるか、読みにくくさせる気か。
あの短剣が虚空を超えて刃を飛ばすときは厄介だが、普通に突きだされる分にはさして怖くはない。
神剣同士のぶつかり合いになっても、フラガラッハが砕けることはまずないだろうからな。
問題は、攻撃力だ。
どうやって、あの黄金の聖光を突破するか。
普通の聖光の数十倍も魔力が練り込まれているらしく、魔力喰いで突破するには時間がかかる。
その間、こっちは無防備で立つことになるわけだしなあ。
まあ──あれしかないか。
一撃で駄目なら、連打を叩き込むしかないんだ。
速度の上がっている聖騎士の裏を取って連打を入れるのは至難の業だが、ぼくには幼少時から鍛え上げた武の自負もある。
コンスタンツェさんの短剣技に何処まで迫れるか、やってやろうじゃないか。
踵を居着かせない歩法で前進を開始する。
二歩進んだところで、剣の間合いに入る。
だが、抜けないフラガラッハで攻撃しても、黄金の聖光は破れない。
更に、一歩を踏み込む。
そこはもう、短剣の間合い。
電光のように、コンスタンツェさんが右手に握った短剣を繰り出してくる。
その突きをフラガラッハで払い、そのまま魔法の袋に収納。
その間に一歩右足を踏み込み、右手の竜爪掌を心臓に突く。
更に連続して右肘の尖火に繋げる。
黄金の聖光はまだ破れない。
崩れた態勢から手首だけを動かして、コンスタンツェさんが次元刃を跳ばしてくる。
ほとんど勘だけで、僅かに身を捻る。
背後から心臓を狙った刃が、障壁を突き抜けて左肩の付け根を刺す。
痛えっ。
覚悟はしていたが、激痛が襲い掛かってくる。
ぎりっと奥歯を噛んだ。
大丈夫、無視できるさ。
反動を加えて左足を踏み込み、左掌の竜爪掌、そして尖火に繋げる。
黄金の聖光は破れなくても、コンスタンツェさんの態勢は崩せる。
上体が後退し、聖騎士は仰け反るような姿勢になっていた。
だが、どんな姿勢からでも、次元刃は跳んでくる。
今度は頸動脈を狙ってきたか。
左半身を右半身に入れ換えるときにちょっとだけ首をずらす。
皮膚一枚持っていかれたが、無視して右足を踏み込んだ。
右掌の竜爪掌で、黄金の聖光に揺らぎができる。
悲鳴を上げる障壁に、次の尖火の右肘を突き入れる。
粉々に砕け散る黄金の聖光。
聖騎士の表情が、初めて驚愕に歪む。
そこに、更に左手の竜爪掌と尖火の連打をぶち込んだ。
敵を滅するまでは止まらない。
これが、飛竜の代名詞たる絶技。
竜爪破邪。
最後の聖身の聖金剛石が破壊される。
同時に、ぼくの周囲に十本の次元刃が現れた。
これが、聖騎士の張った最後の罠か。
回避は不可能。
魔力障壁も貫く。
なら、このまま踏み込むしかないな!
急所だけは避けつつ、刃が突き立つに任せて左足を踏み込む。
まだ、竜爪破邪は終わっていない。
今なら、コンスタンツェさんにも障壁はないのだ。
左手の竜爪掌が、聖騎士の胸を撃つ。
血を吐くコンスタンツェさんに、追撃の尖火を捻り入れる。
骨を砕く感触の替わりに、結界の硬質な反発を感じた。
致死判定の表示が、魔導画面に大きく映し出されていた。
か、勝ったのか。
こっちも、最後の次元刃で全身を刺されて、限界ぎりぎりだ。
あちこちから、出血もしている。
慌てて救護員が駆け込んできて、コンスタンツェさんを運んでいく。
担架に載せられたコンスタンツェさんは、運ばれていく寸前に、小さく唇を動かした。
「あそこで突っ込んできはる子おには勝てへんわ。まともじゃあらへん」
まともじゃないとは失礼な。
だが、運ばれていくコンスタンツェさんには、あえて反論しなかった。
あれは、彼女なりの強がりだろう。
おっと。
勝ったと思ったら、力が抜けた。
ぼくも、思わず膝を突く。
ぼくの方にも救護の人がやって来て、応急の手当てをしながら担架に載せてくれる。
魔導画面で遅れて試合を観ていた観客たちは、ようやく追い付いて激戦の末の勝利に湧いているが、全身激痛のぼくは満足に応えることもできなかった。
ちょっと無茶したなあ。
でも、あそこしか勝機はなかった。
あの次元刃の罠を食らった後じゃ、こっちの動きも鈍っただろうしね。
再び黄金の聖光を張られていたら、もう一度破るのは不可能だったよ。
うん、強かった。
コンスタンツェさんは、本当に強かった。
もう少しだけ武術の腕があれば、ぼくは勝てなかったかもしれない。
彼女の強さの秘密はあの光背で、恐らくあれは代々の聖騎士に受け継がれてきたものだ。
学院からの帰国後、彼女はあれを継ぐ儀式をしたのだろう。
学院での講義で、あの光背を使っても大丈夫な下地は作ってあったんだろうな。
まさに教会そのものを背負って戦いに臨んでいたコンスタンツェさんだが、如何せん、飛竜やクリングヴァル先生、黒騎士に比べれば、武術を研鑽した時間が絶対的に少ない。
豊富な神聖術に引き換え、どうしてもそこが弱点として浮き彫りになってくる。
正直、ぼくの絶技なんて、黒騎士やクリングヴァル先生に通用するかわからない。
飛竜に比べれば、まだまだ甘い代物だ。
それでも、コンスタンツェさんには入った。
彼女の武の練りが、単純に足りなかったのだ。
そんな風に試合を振り返っていたところだった。
魔元素強化も解き、完全に気を抜いている瞬間であった。
突如、ぼくの頭上に短剣の刃が煌めいた。




