第十二章 聖騎士の光刃 -7-
とりあえず、あの聖身の検証をしなければならない。
ぼくはクリングヴァル先生の得意な夢影歩みたいな複雑な歩法は修得してないので、策は弄せず真っ直ぐ突っ込んでみる。
コンスタンツェさんは方針を切り替えたか、聖光刃ではなく、右手の細身の剣を構え、飛び込んできた。
「飛光衝!」
聖光を纏った飛び込み突きか。
一撃の威力は、聖光刃の比ではない。
あれは、一瞬の魔力喰いで喰いきれない。
触れずに、横に避けてかわす。
加速よりはやや遅いので、回避は何とか間に合う。
だが、ぼくの横を通り過ぎたコンスタンツェさんは、着地と同時に反動を付けて再度飛光衝で飛び込んでくる。
本当かよ。
そんな動きが可能なのか。
身を翻したが、かすめられたタータンチェック・タイが千切れ飛ぶ。
格子柄の破片の向こうで、紫の双眸が観察するようにぼくを見る。
ちっ、どうせまた戻ってくるだろう。
ならば、そこを迎え撃って撃墜してやる!
三度目の飛光衝。
だが、もう来るタイミングは掴めている。
飛び込み突きに合わせて、ぼくも右足を踏み込み、右の拳を突き出す。
このまま突けば、雷衝だ。
腕に捻りを加えて突けば、螺旋牙である。
だが、今回はどちらでもない。
拳は真っ直ぐ突き出しながら、纏う魔力を渦状に回転させたのだ。
単純だが、これも飛竜の絶技のひとつ。
門の破壊者。
細身の剣の刃が、ぼくの右頬をかすめる。
纏う聖光にぼくの障壁ががりがり削られるが、この交錯くらいなら持つ。
突き出した右の拳が、飛び込んでくる聖騎士の右胸を、カウンターで捉えた。
一撃の威力では最大、それを交差法で叩き込んだのだ。
骨も砕け、右胸は陥没、下手をしたら突き抜けた衝撃で穴が開くはずだ。
十分致死判定が出る威力のはずが、また手応えがない。
聖身か。
だが、今ので大体わかった。
コンスタンツェさんが首に提げているペンダントの三つの聖金剛石のうち、ふたつが砕けている。
あれは、身代わりの術だ。
それも、使用はあと一回が限度だろう。
「──あてが、飛竜でも黒騎士でもない相手に、此処まで追い詰められるとは思わへんかったよ」
予想通り、ダメージもなくコンスタンツェさんが起き上がる。
これで二回、致死判定級の攻撃を無にされているんだ。
普通なら、もっと焦りを見せてもいいはずである。
だが、ぼくが意外と落ち着いているのを見て、コンスタンツェさんの柳眉が逆立った。
「落ち着いてはるな。その胆力、観察力、判断力、何れもたかが十七の学生のもんじゃあおへん。一体、なにもんどすか、アラナンはん」
「──セルトはね、古代の大陸で最も繁栄していた民族なんだよ、コンスタンツェさん」
森や湖とともに生き、数多の自然の神霊を祀って暮らしていた。
祭司長は、その超自然的な力を操る者たちの中でも、最も力ある者の階位だ。
見習いみたいなものでも、その一翼を担う者としては、侵略者の騎士に遅れを取るわけにはいかないんだよね!
「昔の話おすなあ!」
コンスタンツェさんの聖光が、一際大きく輝く。
本気を出してきたかな。
白色光だったのが、黄金の光輝へと変化をした。
再び細身の剣を構えたコンスタンツェさんが、後ろでくの字に折り曲げた左手で短剣を振るう。
聖光が砲撃のように後方に向けて飛び、それを推進力に変えて聖騎士が飛び込んでくる。
「これが本気の、飛光衝やで!」
疾い。
ぼくの神の眼を以てしてそう感じたということは、その速度が黒騎士の神速に近くなったということか。
かわすのは間に合わない。
ならばと、右手を突き出し、さっき吸収した聖光をまとめてお返しする。
聖光同士の衝突は、激しい閃光を衝撃を生み、ぼくは後方に吹き飛ばされた。
大地を転がりながら両手で反動を付け、上空に跳ね上がる。
聖騎士の追撃が空を切るのが見えた。
危ないな、押し負けてた。
そのまま前転し、上から斧刃脚を叩き込む。
だが、膨れ上がる黄金の聖光に押し返され、後転しながら着地した。
「障壁の力が増した──?」
「この黄金の聖光は、あてにとっても切り札やわ。これで決めさせてもらいますさかい、おとなしゅう地獄に行きやす!」
いよいよ、コンスタンツェさんも必死になってきた。
その紫の瞳には、今までになかった僅かな揺らぎがある。
あれは──恐怖か?
自分の術が通用しないことから生じた僅かな怯え。
それを利用できないものか。
コンスタンツェさんの両腕が振られた。
二刀による聖光刃の連打。
それも、黄金の聖光で速度が大幅に上がっている。
これを、この距離で受けるのはきつい。
だが、一度距離を取ったら、もう近付けない予感がする。
くそ、ここぞとばかりに畳み掛けてきたな!
悩んでいる暇はない。
あの黄金の聖光刃には、一瞬の魔力喰いでは喰いきれない大量の魔力が籠められている。
手で捌いたら、こっちの手が使い物にならなくなる。
ならば──こうだ!
右手に鞘に入ったままのフラガラッハを出現させると、それを振るって黄金の聖光刃を叩き落とす。
鞘に入ったままで殺傷力はないとはいえ、耐久力は文句なし。
なんたって、神剣だからな。
「──なんや、そないな剣を使て。飛竜は武器など使たことあらしまへんえ」
「残念ながら──ぼくは、アセナ・イリグじゃ、ない!」
激しさを増す光刃を、悉く叩き落としながら距離を詰める。
忘れた頃に次元刃が飛んでくるし、特に短剣による攻撃は神の眼をも欺いてやってくるが、それでもなお、全てをフラガラッハで斬り落とす。
槍身一体、武器を自分の手の延長としろ。
クリングヴァル先生の教えは槍だったか。
だが、剣だって同じさ。
拳を振るう動きの延長上に、剣がある。
全ての攻撃を防がれた聖騎士は、前に出るぼくに対し、細身の剣を放り投げて短剣を構え、腰を落とした。
ついに、接近戦の覚悟を固めたか。
此処で聖身をあとひとつ、削ってやるぞ!




