第十二章 聖騎士の光刃 -6-
落ち着いて、一歩一歩前進を始める。
丁寧に聖光刃の連打を捌き、たまに来る次元刃に最大限の注意を払う。
よく見ると、コンスタンツェさんの細身の剣の動きで規則性を見出だせるようになった。
聖光刃のときは、普通に剣を振った方向に光刃が飛ぶ。
だが、剣の柄の握りの位置と僅かな手首の捻りで、その光刃の軌跡に変化を付けてくるのだ。
このお陰で、あらゆる角度から光刃が飛んでくる。
一度、飛び去ったと思ってた光刃がターンして戻ってきたときは、流石に驚いた。
神の眼で見てなければ、普通にやられていたかもしれない。
次元刃の場合、剣を振っても光刃が飛ばない。
だから、割りとすぐ虚空を超えてくる感覚に慣れた。
それでも、気を抜いたら背後を刺されかねない危険な技だ。
一瞬たりとも油断はできない。
しかも、コンスタンツェさんは、まだ右手の細身の剣だけしか使っていない。
左手の短剣を、温存している。
高速で迫る聖光刃を両掌で処理しながら、その左手への警戒は怠らない。
「恐ろしい子やわあ、ほんま。これで仕留められるとは思うてへんかったけれど、まさか涼しい顔で捌かれるなんて、ちょっと悲しいわあ」
「その割には、余裕そうな表情じゃないですか、コンスタンツェさん」
コンスタンツェさんの紫の瞳が、探るようにぼくの眼の中を覗く。
ぼくの中に逼迫した様子を読み取れなかったか、その瞳が少し揺れた。
あの科白、半分は本音だな。
ぼくの間合いまでは、あと三歩。
だが、一歩近付くにつれ、攻撃は熾烈さを増す。
おっと、聖光刃に重ねるように、魔力を消した刃を混ぜてきたな。
完璧な魔力隠蔽の技術だが、神の眼には通じない。
矢継ぎ早に捌いて、更に一歩進む。
「聖影刃を初見で見抜きはるか。かなんなあ」
のほほんとした口調だが、その瞳はひどく真剣だ。
っと、また次元刃。
次に右、左、上、右上──。
そして、もう一歩前に出る。
そこで、ぼくの第六感が最大限の警鐘を鳴らした。
何だろう。
神の眼では、異常はない。
だが、非常に危ない予感がする。
コンスタンツェさんの左手が動くのを見たとき、咄嗟に横っ飛びに転がった。
左手の短剣による次元刃。
だが、神の眼には、何の反応もなかったぞ!
初めて、コンスタンツェさんに動揺が浮かんだ。
ぼくがいまのをかわしたのは、コンスタンツェさんにとっても予想外だったのだ。
「この短剣は、魔神殺しの短剣なんどすえ。相手の神聖術を無効化したはりますのに、何で避けられますの」
神聖術無効とは、恐ろしい短剣だな。
成る程、飛竜や黒騎士用の切り札か。
「これでも、かつてカスディムの魔神バアルを殺害しはったという謂れのある短剣なんどすえ。アラナンはんは、魔神より強うおすな」
カスディムとは、かつて大昔にイスタフル帝国の西に栄えていた王国の名前だ。
神聖術の源流となる大魔法で繁栄した王国だったはずだ。
そこの主神を殺したというのか?
教会から見ると邪神か悪魔の扱いなんだろうが、ぼくたち楢の木教徒からすると腹立たしい思想だよ。
「ぼくの神の眼対策というわけか。でも、幸か不幸かぼくはそれに頼らずに戦ったことの方が多くてね。その経験が教えてくれるんだよ。きな臭いときはね」
「その年で、どんな戦闘経験重ねてはるんや。あてもちょっと自信のうなりますわ」
それでも、あの短剣は厄介だ。
神の眼の通じない次元刃を、そう何度も回避できる自信はない。
聖騎士が動揺しているいまが、叩くべき好機だ。
転がった態勢から跳ね起きると、右足を一歩踏み出す。
コンスタンツェさんの反応が鈍い。
その間に、更に左足を繋げ、ぼくの間合いに踏み込んだ。
「まずは、挨拶代わりだよ!」
左足を踏み出し、右の手刀、破魔斬をコンスタンツェさんの右側面から入れる。
細身の剣で受けられると同時に体をかわし、右足を踏み込む。
回転しながら左手の破魔斬を放ち、左側面から頭を狙う。
だが、それも短剣で受けられる。
流石の反応。
此処までは想定内だ。
そのまま腕を絡めてコンスタンツェさんの左手の防御を落とし、空いた顔面に右肘で尖火を叩き込む。
息継ぐ間もなく、続けて左の尖火。
そして、最後にまた右肘で尖火。
これが、飛竜の絶技、猛火の審判。
蹂躙し、灼き尽くすような連撃でコンスタンツェさんを吹き飛ばす。
が──。
「──軽い?」
遮る聖光は、魔力喰いを同時発動して消し去った。
だが、それにしては手応えがなく、魔力が徹った感覚がない。
羽毛を突いたような、そんな違和感がある。
「──猛火の審判を使いはるなんて、乙女の顔に傷でも付いたらどないしはるのん」
ゆっくりと、コンスタンツェさんが上体を起こす。
短剣を握ったまま左手で頬を押さえているが、その顔には傷ひとつない。
どういうことだ。
確かに、三連打を頭に叩き込んだはずだ。
致死判定を狙った大技だったのに。
「ようやっと驚きはったね。あてもそんな顔どすか? まさか、聖身を使わなあかんとは、あても想定外やわ」
平気な顔で立ち上がったコンスタンツェさんに、見たところダメージはない。
聖身とか言っていたな。
神聖術の一種か。
感覚的には、叩き込んだ衝撃と魔力を逃がされた気がする。
聖光だけでも厄介なのに、こんな奥の手もあったのか。
改めて聖騎士の強さを膚で感じ、掌にべっとりと汗が滲む。
くそ、負けてられるか。
どれだけ引き出しがあるか知らないが、全部曝け出してもらうぞ!