第十二章 聖騎士の光刃 -5-
競技場の西の控え室には、誰もいなかった。
クリングヴァル先生は午後からだし、コンスタンツェさんと黒騎士は、東の控え室だからな。
こっちの控え室を使うのは初めてだが、別に違いがあるわけではない。
中央に卓と椅子があり、部屋の隅には治療用の寝台が並んでいる。
飾り気のない家具なのは仕方がないだろう。
ダンバーさんがいれば、アングル式紅茶でも淹れてくれるんだがな。
敗退したので、当然市中の警戒に回っている。
さて、コンスタンツェ・オルシーニとの対決だ。
彼女の怖さは、聖光に代表される神聖術でも、流麗な二刀流でもない。
敵の特徴を分析し、勝利への筋道を組み立てる頭脳だ。
あの老練なダンバーさんを嵌めて勝つなんて、並みの術者では不可能だ。
だが、聖騎士は狙ってそれを行い、そして成功させた。
ぼくは、彼女の前で勇敢なる戦士も魔元素強化も見せている。
接近戦は恐らくしてこないだろう。
次元刃を多用してくる可能性が高い。
あの技は、恐らく通常では捉えられない。
神の眼で、虚空から来る刃を察知するしかないだろう。
つまり、開幕から魔元素強化が必要になる。
基礎魔法を一年間修得したお陰で、ぼくの耐久力は格段に上がっているが、それでも魔元素強化の長時間使用に耐えられるかはわからないんだよな。
できるだけ、短時間で勝負は決めたい。
そして、一番怖いのが、コンスタンツェさんにまだ奥の手があるかどうかだ。
ある、と見た方が無難だろう。
あれだけ、他人の手の内を観察して対策を練る人だ。
自分の手の内は、しっかり隠しているはず。
どういう手を使われても対応できるように、全方位で神経を巡らせておく必要がある。
そして、聖光の障壁に遠距離の魔法は通用しない。
何とか接近して、聖光を魔力喰いしつつ、打撃で勝負するしかない。
幸い、コンスタンツェさんは黒騎士のような神速の使い手ではない。
魔元素強化で対応できるはずだ。
「ドゥリスコル選手、お時間です」
係員が呼びに来る。
柔軟運動を止め、立ち上がる。
そういえば、コンスタンツェさんはこれを変な風習だと言っていたな。
だが、いきなり体を動かそうとしても、なかなか思い通りにいかないものだ。
聖騎士の体が重いうちに、勝負を決めてやろうか!
「お待たせしました! 数多の激闘の末、勝ち残った四人の戦士が本日準決勝を戦います! 第一試合、西から現れたるは魔法学院の選抜戦優勝者、最年少準決勝進出者の記録を更新した少年、驚異の十七歳、アルビオン王国の秘密兵器、飛竜の武の系譜に連なる者、小竜、アラナン・ドゥリスコル!」
長ったらしい前口上を聞いていると、恥ずかしくなってくるな。
顔を赤くしながら登場すると、観客席が地鳴りのように轟いた。
声援と足踏みの音が、ずしんと腹の底に響く。
うわ、今日は本当に超満員だな。
通路すら立ち見の客で一杯だよ。
周囲を見回すと、いつもの席でカレルとマリーが立ち上がって何かを叫んでいる。
でも、全く聞こえない。
この大歓声じゃな。
それでも、口の動きで何となくわかる。
アラナン、頑張れ、負けるな、負けたら承知しないわよ──。
おっと、コンスタンツェさんより、マリーのが怖そうだ。
「東から現れたるは、ルウムの白き花、魔を根絶せしむる者、神の聖光、黄金級冒険者を撃破せし剣姫、聖騎士、コンスタンツェ・オルシーニ!」
コンスタンツェさんは、三回戦と同様の男装をしていた。
だが、タイが黄色ではなく、赤と黒のギンガムチェックになっている。
ぼくのタータンチェック・タイに対抗しているつもりだろうか。
コンスタンツェさんへの声援は、ぼくに対するものに優るとも劣らない。
男の声援は、圧倒的にコンスタンツェさんだな。
野太い声でのぼくに対する罵声も多いや。
「アラナンはん、賭けをしまへんか」
「嫌な予感しかしないので、遠慮します」
「もう、冒険心のない男は嫌われはりますえ」
いいのだ。
どうせ、ぼくの平常心をかき乱すための手段に過ぎない。
とにかく、細かく策を講じてペースを握ろうとしてくるコンスタンツェさんに、冷静に対処しなければならないのだ。
さて、審判が出てきた。
開始の合図を待つ。
すでに、圧縮魔力を解放して体内に巡らし、下地は作っている。
そこに、天地より集めた魔力を流し込む。
今回は大地と大気の魔力だけでなく、事前に炎と水の魔力も集めてある。
赤、青、黄、そして無色。
魔術の根源たる四色の魔力を揃えたのだ。
これが魔元素強化の究極形。
四大元素強化。
「試合開始!」
審判の宣言が天を衝く。
同時に、圧縮していた四大元素の魔力を、一気に解放して体に流す。
額の神の眼が発動し、周りの景色が緩やかに流れ出した。
コンスタンツェさんを見ると、あちらも聖光を纏っている。
彼女の場合、背中に負っている光背が虚空と接続している。
そうか、成る程。
急に神聖術を使えるようになるはずだ。
あの光背は、自分で出しているわけではない。
何かの理由で付与されたのだ。
おっと、そんなことを考えている場合ではない。
コンスタンツェさんが、早速細身の剣を振るう。
一閃、二閃、三閃──。
って、いきなり何連打するんだ。
「聖光乱舞!」
無数の光刃が、あらゆる角度からぼくに迫る。
神の眼で見れば、大した速度ではない。
だが、この量はちょっと辟易するな。
両の掌に魔力喰いを発動させ、無数の聖光刃を全て喰い尽くす。
角度も速度も千差万別で、非常に合わせにくい攻撃であるが、丁寧にやれば捌けぬほどではない。
次の細身の剣の連打の切れ目で攻撃に転じるか。
そう思ったときだった。
神の眼が、異界を潜り抜けて跳んでくる波動を捉える。
思ったより、感知がぎりぎりだ。
もう、出現しようとしている。
咄嗟に、身を沈めた。
頭上を次元刃がかすめ、髪の毛が数本持っていかれる。
危ない、こっちの方が速度が速いな。