第十二章 聖騎士の光刃 -2-
実力をまざまざと見せつけた一戦に、マリーとジャンも先生を見直すことにしたようだ。
実際、一回戦でのティオンヴィル副伯の振る舞いを見た者なら、この結末を見て溜飲を下げる思いになっても不思議はないだろう。
剣を破壊したため、サン=ジョルジュと闇黒の聖典の関与を裏付ける証拠はなくなった。
明らかに関わりはあるだろうが、貴族相手に下手なことはできない。
何せ、相手はロタール公の片腕だ。
その意味では下手を打ったとも言えるが、でもあんな剣はない方がいいに決まっている。
クリングヴァル先生の選択は、間違ってないと思うな。
しかし、これで闇黒の聖典の計画も、半ばは挫いたはずだ。
連中は飛竜の力だけを警戒していたようだが、見積もりが甘かったようだな。
クリングヴァル先生とぼくを、投入した闇黒の聖典で始末できると思っていたのだろう。
先生が学院でも余りいい評判ではなかったせいで、実力を見誤ってしまったんだろうな。
「さて、次は黒騎士か」
二回戦では実力の一端しか示さなかったが、それでも圧倒的だった。
三回戦では、もう少し手の内を暴いてほしいものだ。
あの動きも見切らないとな。
ストリンドベリ先生を破ったデヴレト・ギレイも強豪ではあるが、黒騎士を見たときの衝撃には及ばないんだよね。
「いいなあ、黒騎士。レツェブエルに付いていって、弟子入りしたいくらいですよ」
白木の鞘を左手に提げ、アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラーは背筋をぴんと伸ばして進み出る。
その威風を見て、アルフレートが嘆息した。
「──いい考えだな」
ハンスまで、真面目な顔で考え込んでいる。
帝国の武人はみな黒騎士に憧れるというが、この二人の傾倒ぶりは際立っているね。
「レツェブエルなんか田舎だぜ。どうせなら、プラーガに来りゃいいのによ」
「まあ、カレルみたいな都会人と違って、わたしたちは田舎の貴族だからね。都会生活に拘りはないさ」
カレルがまぜっ返したのは、いつか来る親友との別離の寂しさ故か。
まあ、二人の中等科修了はまだ先だろうから、いま心配するようなことではないだろうが。
話していて気付くのが遅れたが、いつの間にか会場に歌声が流れていた。
星の刀を右肩に担いだギレイが、低い声で兵を鼓舞するかのような歌を歌っている。
だが、その歌を聞いてぼくとファリニシュは視線を合わせた。
──これは、普通の歌ではない。
聞く者に何らかの効果を及ぼす呪歌だ。
「主様。この魔力、思うたより強うござんす」
「だな。何となく、体が重い気がする」
他の者が気付いていないところを見ると、隠蔽技術が高く、効果は小さいのだろう。
だが、僅かな差が致命傷となる可能性もあるのだ。
試合前のこの行為、本来なら失格なってもおかしくない。
アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラーはというと、泰然として眼を閉じている。
ギレイの工作に気付いているのか、いないのか、その姿からは窺い知ることはできない。
「試合開始!」
おっと、始まった。
黒騎士は、柄に右手を置いて、まだ眼を閉じている。
ギレイは歌の効果を確信したか、歯を見せると地を蹴って飛び上がる。
「イェメ・キチ! エジダー・ブチャク!」
やつの隕鉄の魔刀に、膨大な魔力が収束する。
デヴレト・ギレイの魔力の総量はわからないが、並みの人間は遥かに凌駕しているな。
ハーフェズ並みかもしれない。
真上から叩きつけるように、ギレイが魔刀を振り下ろす。
流星落下。
まさにそんな表現が相応しいのではないかと思えるような魔力が魔刀に乗る。
こっそり神の眼を発動し、二人の衝突を見守った。
上空から、ゆっくりとギレイが降下してくる。
黒騎士は、まだ眼を閉じたまま動かない。
よく見てみると、彼の腹中には眩い魔力の塊がある。
神の眼でなくば、見透せないほど強固なガードが掛かっているな。
あれは──門、か?
ぼくの神の眼と同じように、現実世界と虚空を繋ぐもの。
まさか──。
黒騎士の体から、魔力の波が球状に打ち出された。
上空から迫るギレイに、その波が当たる。
その瞬間、黒騎士が眼を見開いた。
平和の刀が鞘走る。
白銀の閃光が、ギレイの魔刀が纏った魔力をふたつに斬り裂く。
神速の断罪。
抜刀した刃は、容易くギレイを両断する軌跡を辿った。
「抜刀の神聖術──」
しかも、その熟練度はどうだ。
エリオット卿のような粗っぽさが、まるでない。
鳥肌が立つほど滑らかで、一瞬の遅滞もなかった。
黒騎士が刀を白木の鞘に収め、振り向く。
その瞳は、真っ直ぐこちらを向いていた。
神の眼で見ていることがばれたか?
慌てて、術を解く。
同時に、試合終了の合図が響き渡った。
ギレイの致死判定。
当然、アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラーの勝利である。
「エリオット卿があの境地に辿り着くのは、まだ遠そうだなあ」
思わず、比べてしまう。
原理的には似たような技だが、とてもいまのエリオット卿では再現はできまい。
「ともあれ、これで準決勝の組み合わせが決まったな」
第一試合は、ぼくとコンスタンツェ・オルシーニ。
第二試合は、スヴェン・クリングヴァルとアルトゥール・フォン・ビシュヴァイラー。
瞬きひとつの油断で勝敗が決まってしまうレベルの人しか残っていない。
正直、此処からは勝てるかわからないや。
「大丈夫よ、アラナンなら。いつだって、勝ってきたじゃない」
マリーが努めて気楽なことを言って、ぼくの不安を拭おうとする。
ま、そうだよな。
やれることをやるだけだ。
「あの抜刀術の速さは、主様の太陽神の翼に並びなんす」
「クリングヴァル先生の雷光と比べてどうだい」
「残念ながら──」
そうだよな。
クリングヴァル先生の雷光は人の子として限界を極めた速さだろうが、黒騎士は限界を突き抜けている。
しかし、それでもクリングヴァル先生なら、何とかしてくれると思うんだ。
「ま、とりあえずぼくは聖騎士対策だ。あの空間を跳び越えてくる刃を破る手立てを考えないと」
ダンバーさんみたいに剣筋で軌跡を読んでも無駄だということはわかった。
恐らくあれは虚空を使った空間跳躍だろう。
神の眼で読めるのかどうかは、食らってみないとわからないな。