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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第一部 フラテルニア魔法学院編
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第十一章 闇黒の聖典 -4-

「ええっ、それじゃ、ルウム教と闇黒の聖典(カラ・インジール)はまるで別の宗教じゃないですか」


 ぼくが驚きの声をあげると、エリオット卿(サー・エリオット)は重々しく頷いた。


「だから、別の宗教だ。アセナ氏の信奉する女神アシュタルテーは、ルウム教会から見れば邪教の神、いわゆる悪魔だ。だが、当時のサビル王国は南から黒石(カアバ)教徒に圧迫されていてな。ルウム帝国と手を組むしかなかった。アシュタルテー信仰が知られれば、当然手は組めない。それで、聖典教(タナハ)に入信したと装ったんだな。実際、国民のサビル人には、本当に聖典教(タナハ)に入れたらしいし」

「や、やけに詳しいですね」

「わたしは、これでもオニール先生直々の教え子だぞ、アラナン・ドゥリスコル」


 そういや、オニール学長の弟子なんだっけ。

 それはつまり、黄金級(ゴルト)の三人や、ストリンドベリ先生のような期待を掛けられているということだ。


「問題は、この女神アシュタルテーなんだが、豊穣の女神であるとともに、性愛と戦いと舞踏の女神でもある」

「んー、何か、秩序よりも混沌を好みそうな女神ですね」

「その通りだ、アラナン。それが、闇黒の聖典(カラ・インジール)の究極の目的だ。秩序を破壊し、血と欲望の果てに女神が再臨すると信じられている。サビル人の居場所を作るには、現状の秩序を覆すのが手っ取り早いからな。最も簡単に、現状の秩序を転覆させる手段と言ったら何だ?」

「そりゃあ、権力者を殺すことで──あっ」


 そういえば、いまのベールには、帝国最大の権力者がいるじゃないか!


「やつらの今回の目的は、それだ。皇帝を暗殺し、罪をヘルヴェティアに着せる。ヴァイスブルク家は帝位と、かつて自分を追い出したヘルヴェティアを侵攻する大義名分を手に入れるという寸法だ。その途上でアラナン、貴様も始末したがっているようだがな」

「じゃ、じゃあこの魔物の侵攻は──」

「囮でござんすよ」


 いつの間にか、みんな掃討を終了して丘に戻ってきていた。

 ファリニシュが、何故か気絶しているアンヴァルを小脇に抱えて近寄ってくる。

 何だろう、またお腹が空いたとか騒いだのだろうか。


「昨日から、警備隊と冒険者ギルドが聖典教団(タナハ)の拠点を潰して回っておりんす。連中、焦って今夜仕掛けようと、囮の魔物を放ちんした。が、案に反して、警備隊もギルドも囮に釣られなさんしたので、企てはおじゃんでござんす」

「皇帝陛下が狙われていたのですか、エリオット卿(サー・エリオット)!」


 話し合っていたのが耳に入ったか、ハンスが血相を変えてエリオット卿(サー・エリオット)に詰め寄る。


「いや、大丈夫だ、ハンス。陛下には黒騎士(シュヴァルツリッター)がついているし、執事(バトラー)とクリングヴァル先生も交代で警護に当たっている」


 ああ、クリングヴァル先生の仕事ってそれだったのか。

 だから、ダンバーさんの試合中は現れなかったのね。


「市中の聖典教団(タナハ)の拠点は、今夜三箇所潰しんした。皇帝を襲撃した闇黒の聖典(カラ・インジール)は、クリングヴァルが討ち果たしておりんすよ」

「皇帝を襲撃したのは一人だったの? それは何とも杜撰な計画だったんだね」

「援護するはずだった連中を、黒猫(シャ・ノワール)執事(バトラー)が潰して回ったからな」


 しかし、それで本当に全部なんだろうか。

 この程度の仕掛けで、本気で皇帝を弑逆できると思っているとしたら、イフターハ・アティードも随分甘い男ということになる。


「でも、これで終わりじゃないですよね?」


 エリオット卿(サー・エリオット)に聞くと、彼は当然だというような表情になった。


「当たり前だ。これは、恐らくわたしたちの対応を探る小手調べだろう。本番は、最終日と相場が決まっている」


 暗殺の相場なんて知らないが、油断していなければいいや。


「だから、イシュマールとジリオーラは、この後付いてこい。高等科は、実地で研修だそうだ。中等科は自由行動でよかったな」

「あかんー。うちの自由が終わってもうたわ!」

「──ナム・エー・アイワ(わかった)、あ、いや、わかった」

「ジリオーラは文句を言うな。イシュマールを見習え。こいつは、いつも黙って任務を遂行するぞ」

「うちかて、文句は言いとうないっちゅうねん。中等科が自由行動なんが心配なだけやわ、もう!」


 ジリオーラ先輩はぷりぷりしながら、マリーと睨み合っている。

 マリーは機嫌よく、ジリオーラ先輩を笑顔で送り出した。


「行ってらっしゃい、ジリオーラさん。お勤め、頑張って下さいね」

「くっ、うちを排除してええ思いするつもりやねんな! サリ人の笑顔なんて信用できんっちゅうねん」


 ジリオーラ先輩はまだ言い足りないようであったが、ティナリウェン先輩が強引に腕を掴んで引っ張っていった。

 次第に遠ざかる先輩の恨めしそうな絶叫に、マリーは恭しく頭を下げる。

 ま、何だ。

 仲良くやってほしい。


「高等科は警備の任に組み込まれるようだけれど、わたしたちも何かした方がいいんじゃないか?」


 ハンスが真面目な意見を提案するが、ハーフェズは鼻で笑った。


「必要なかろう。今日の手は様子見で、これで終わりだろう。次の手は明日、まずはアラナン、お前にぶつけられてくるさ」

「──ギデオン・コーヘンか」

「やつは聖典の民(ミズラヒム)の名前を付けられていても、ワシ鼻ではないし、髪の色もやや茶色っぽい。肌も黄色というよりやや白い。混血した遊牧民の出身である可能性は高いな。わたしの見るところ、やつは闇黒の聖典(カラ・インジール)だ」

「そう聞いた方がすっきりするよ」


 そういや、ハーフェズのイスタフル帝国は、ぼくらよりよっぽどサビル王国のあったハザール海の北方に近いんだな。

 いまはそこは黄金の天幕(ザラターヤ・アルダー)が支配しているわけだが、昔から色んな遊牧民が行き来している地域だ。

 ハーフェズがその辺りの情勢に詳しいのも当然か。


「しかし、少なくともこれはルウム教会にとっていいことではないよね。背後にルウム教がいないことははっきりすると思うけれど、逆にロタール公やヴァイスブルク派は下手したら教会に破門されないかな」

「皇帝権力を強化しようとして、教皇と対立した皇帝はいままでもいたね」


 そのあたりは、ハンスが詳しいようだ。


「でも、大体教皇が破門をちらつかせて皇帝を屈服させてきた。ヴィッテンベルク皇帝は、教皇の権威を背景にして皇帝に即位しているからね。破門されれば、ルウム教の信者の諸侯が叛く」

「それでも勝てるとヴァイスブルク家は考えているのかな」

「うーん、この件にヴァイスブルク家が関わっている証拠もないしねえ。疑惑というだけじゃ、握り潰せると思っているのかも」


 うん、とりあえず、推測だけじゃ結論は出ないな。

 ぼくは、ギデオン・コーヘンを倒すことだけに集中しようか。

 国際情勢の知識は貴族の教育を受けているエリオット卿(サー・エリオット)やハンスには敵わないし、あれこれ考えても仕方ない気がしてきた。


 一応、コーヘンに効きそうな切り札をひとつ、考えておくかな。

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