第十章 春宵に響く鐘 -9-
「試合開始!」
審判の合図とともに、お互い地を蹴って接近し、激しく斬り合い始める。
ともすれば、目で追えなくなるような高速の戦闘。
普通の観客には、全く認識することができないだろう。
魔導画面に、後追いでゆっくりと再生されているから、多くの観客はそっちを見ている。
ぼくとファリニシュくらいか、仲間うちでもあれを追えているのは。
「ストリンドベリ先生、盾の使い方が巧いな」
「撃ち合いでは押されていますが、要所で盾を巧く使って体に触らせないですね」
ハンスとアルフレートが、鋭い指摘をする。
確かに、互角の撃ち合いをしているものの、ややストリンドベリ先生が押されている。
速さと技倆は、デヴレト・ギレイに軍配が上がるか。
だが、二人の指摘の通り、ストリンドベリ先生の盾の使い方は巧い。
魔刀の一撃を盾で受け止め、斧で撃ち返す。
単純だが、両手で隕鉄の魔刀を使っているギレイには効果的だ。
相手の撃ち終わりを狙って、攻撃を仕掛けられる。
盾を持たないギレイは、回避せざるを得ない。
そこで生まれる余裕で、ストリンドベリ先生も一息つけている感じだ。
しかし、身体強化だけでなく、各種付与魔法で大幅に底上げしているストリンドベリ先生に撃ち勝つとは、デヴレト・ギレイは本物の化け物だな。
しかも、スヴェーア人のストリンドベリ先生は、身長が七フィート(約二百十センチメートル)を超える巨漢だ。
小男のギレイとは、明らかにリーチが違う。
それを感じさせずに攻めたてるんだから、大したものだ。
「様子見も終わりかな」
ストリンドベリ先生の斧に、魔力が集まっていくのを見て、思わず呟く。
そろそろ攻勢に撃って出るのか。
「魔断!」
盾でギレイを押し返した後に、撃ち下ろしの大技をぶちかます。
衝撃で地面が大きく抉れるほどの威力。
鉄の甲冑でも真っ二つにする先生の決め技だ。
だが、隕鉄の魔刀を頭上に掲げたギレイは、何とかその剛撃を耐えしのぐ。
「ビューク・ビア・ギューチ」
悪態を吐くと、今度はギレイの魔刀に魔力が収束する。
大技を放ったストリンドベリ先生の隙を狙ったか。
「エジダー・ブチャク!」
下から斬り上げたギレイの一撃が、ストリンドベリ先生の丸盾を両断する。
態勢を崩し、一歩下がる先生。
追撃の刃は、しかし魔法銀の鎖帷子を通らなかった。
「サルト!」
ギレイが好機を逃したお陰で、先生は更に後退し、態勢を立て直した。
魔法の袋から替わりの盾を取り出し、防御も万全である。
振り出しに戻ったのを見たギレイは、小さく息を吐いた。
「ヤパマム。チッディーヤー・アルマク」
無造作に魔刀を右肩に担ぐと、ギレイは左手を前に出して構えた。
「バーシュターン・チカールマキチン! エジダー・ブチャク!」
肩に担いだ魔刀に魔力を込めると、ギレイは大きく跳躍した。
巨漢のストリンドベリ先生に対して、上からの攻撃とは大胆な。
「魔断!」
先程盾が割られたせいか、先生は斧でギレイの刃を迎撃に行く。
魔刀と斧。
激しくぶつかり合うが、鍔迫り合いは互角。
と思ったとき、ギレイは左掌を魔刀の峰に押し当てた。
「エジダー・ショク・ダルガーシ!」
左掌から発した衝撃波が魔刀を後押しし、先生の斧が断ち割られる。
そのまま魔法銀の兜に魔刀が振り下ろされた。
強烈な金属音とともに、魔刀が弾かれた。
魔法銀の兜の防御力は、素晴らしいものがある。
分厚い魔力障壁を突破しての攻撃など、簡単には寄せ付けない。
そう思ったときだった。
試合終了と、デヴレト・ギレイの勝利を審判が告げた。
「え、何?」
「どうなってんだよ」
ハンスとカレルも立ち上がって叫んでいる。
ぼくも思わずファリニシュを見た。
「ギレイの刃に乗った衝撃の波が、兜を貫きんした」
相変わらず、ファリニシュは見えているんだな!
しかし、そうか。
左手で魔刀の峰を叩いたとき、内部に衝撃波を送り込んでいたのか。
デヴレト・ギレイが魔刀を掲げ、勝利をアピールする。
地響きをたてて、ストリンドベリ先生が崩れ落ちた。
結界で軽減しても、気絶するほどの衝撃だったのか。
「強い……」
二回戦で、初めて推薦者が敗れた。
それだけ、あのタルタル人が強いのだ。
学院のみなも、先生の敗退に声も出ない。
静まり返った観客席を煽るように、ギレイは魔刀を振り回している。
「──でも、次は黒騎士だから」
ハンスが、祈るように呟いた。
やはり、帝国の人間はタルタル人に対する敵意が強く、また黒騎士への信頼も厚い。
「メディオラ公を忘れているよ、ハンス」
いたずら心が働き、ついハンスをからかってしまう。
ハンスは顔を赤らめたが、それでも結論は同じだった。
「メディオラ公は強い。でも、黒騎士は別なんだ」
歓呼を貰えぬままギレイが去り、異様な雰囲気のままメディオラ公が登場する。
だが、会場はまるで次に呼ばれる名前を待っているかのように反応が薄かった。
二本の剣を担いだ公爵も、この観客の反応には苦笑している。
いつもなら、彼が喝采を受ける立場なのだ。
しかし、今日の主役は彼ではない。
観衆はみな、次に出てくる男を待っている。
「お待たせ致しました! フェストに出場するのは初めて! 東から現れたるは、帝国の至宝、皇帝を護る剣、神速の断罪、平和の守護者、剣聖、レナス帝領伯、黒騎士、アルトゥール・フォン・ビシュヴァイラー!」
アナウンスとともに、東から人影が現れる。
想像していたのは、グウィネズ大公を破ったときの強烈な気当たり。
敵を圧倒する殺気がくると思っていたのだが、予想は外れた。
金糸が刺繍された黒い天鵞絨の上着を羽織った黒騎士は、凪いだ湖のように静かに登場してきたのだ。
灰色の髪を精油で固め、広い額を露にした黒騎士は、左手には黒く塗られた木製の鞘に入った刀を携えている。
魔法の袋ではなく、鞘入りで持ち運ぶのは珍しいな。
「あれが黒騎士の平和の刀だよ、アラナン君。普通の刀とは、作りがかなり違うんだ」
確かに柄に護拳がない。
いや、そもそもあの柄は木製に見える。
普通、片刃刀は柄も金属製だからね。
鞘を見る限り刀身も曲がりがないようだし、変わった構造だな。
「何で、平和の刀なんて名前なんだい?」
「さあ……噂だと、あの刀が平和の国で作られたからだとも、平和を作り出すために振るわれる刀だからとも言われているね」