第十章 春宵に響く鐘 -4-
「不遜な発言でおすなあ。御座に座るんは唯一の御方。異教の神など邪なる魔に過ぎひんのに、よう言やはりましたなあ」
肘から飾り布を泳がせながら、コンスタンツェさんが笑顔で言い放った。
「ふん、右を見ても、左を見てもエルの信者ばかりよ。宗派の名前は変えても中身は同じ。太陽神教団は東に逐われてしまった。せめて、わたしは自分の国くらいは太陽神の手に取り戻さねばならないのでな。此処で貴様に屈するわけにはゆかぬよ、コンスタンツェ・オルシーニ!」
ハーフェズが、更に魔法陣を漆黒の槍に貼り付ける。
そうか、あれは槍の力を制御しようとしているんだ。
増幅させてなお、ハーフェズは暴れまわる槍の力に苦慮しているらしい。
「ほほほ! そん槍もあんじょう使えへんようやおへんか。それであてに立ち向こうなんて、そないに死にとうおますか」
飾り布を翻しながら、コンスタンツェさんが細身の剣を振る。
聖光が刃となって飛び、ハーフェズに襲い掛かった。
距離も関係なく、攻防自在か。
確かにあの聖光は加速より隙が少なくて厄介かもしれない。
ハーフェズは、槍で聖光の刃を捌く。
並みの魔力障壁なら簡単に斬り裂くであろう攻撃を、漆黒の槍は弾き返してみせる。
そして、守勢に回りながらも、隙を見て魔法陣を三つ築き上げた。
「食らえ、竜炎の三角形!」
三つ首の竜から放たれた竜炎が、聖騎士に向かって突き進む。
ハーフェズの得意技でもあるが、紅蓮の奔流が三方向から雪崩れ込んでくるのを見るのは、本当に心臓に悪い。
「おいたをしてはあきまへんえ」
閃光が走ると同時に、竜炎が斬り裂かれた。
聖光刃は、ハーフェズの炎すら寄せ付けないのか。
斬り裂かれた炎は、コンスタンツェさんを避けて真っ二つに割れ、後方へと流れていく。
「火遊びであてを倒そ思われてもかなんおすえ」
聖騎士は、小揺るぎもしない。
開幕から一歩も動いていないのだ。
ハーフェズの大火力をもってしても、微動だにさせられないのか。
これが、黒騎士と並ぶ優勝候補の実力か。
報復は苛烈なものになる。
聖光刃の乱舞が飛び、ハーフェズに浴びせかけられる。
漆黒の槍を前に出し、ハーフェズは必死に耐える。
が、受け止めきれずに次第に傷が増えていく。
「そんなもんおすか、イスタフルの神の力は」
「ほ……ざけ! 準備は整ったわ!」
防いでいる間に、ハーフェズは五個の魔法陣を作り出していた。
コンスタンツェさんの周囲に、包囲するように展開している。
ハーフェズは、これを狙っていたのか。
「雷霆縛鎖!」
五個の魔法陣から、無数の雷撃が糸のように放射される。
炎と違い、雷撃の速度に防御は間に合わない。
コンスタンツェさんは、微動だにせずその稲妻を受け止めた。
激しい雷撃がその全身を撃つ。
直撃。
これは流石に堪えたか?
「お遊びも大概におしやす。本気で来いひんなら、終わらしとうてよろしおすな」
閃光の中から、静かな声が聞こえる。
ぞっとするほど冷静で、優しい声だった。
次の瞬間、聖光刃が縦横に煌めき、雷撃の檻が粉々に砕け散る。
「は、はははは! ──化け物め、わたしがこの言葉を使うとはな」
ハーフェズが、いきなり哄笑し出した。
コンスタンツェさんが平然と雷霆縛鎖から現れるのを見て、切れたのだろうか。
「通用しないと予想して、漆黒の槍まで持ち出したのに、つい呪文に頼ってしまった。いかんな。──だが、お陰で吹っ切れたよ」
ハーフェズは、右手の槍を後ろに下げ、左手を開いて前に突き出した。
「本番は此処からだ。その胡散臭い笑顔、ひっぺがしてやろう」
ハーフェズの表情が、珍しく真剣で決意を秘めたものになる。
いつも怠けて緩んでいたさぼり魔は、そこにはいない。
何かを背負って戦う男の姿があった。
「遠距離での魔法戦では、ハーフェズ様の勝つ可能性はゼロでございました」
画面を見ながら、ダンバーさんが初めて口許を綻ばせる。
「これで、初めて勝つ確率が生まれました。一割にも満たない確率ですが」
「一割ありませんか……」
ハーフェズの属性魔法の威力は、ぼくの魔術に匹敵する。
それを完全に圧倒した聖騎士である。
勝率が低いのはわかっていたが、改めて突き付けられると言葉を失う。
「行くぞ、コンスタンツェ・オルシーニ!」
大地を蹴って、ハーフェズが突進する。
この試合、今まではずっと遠距離でお互い戦ってきた。
無論、ハーフェズもその方が得意だ。
それを、あえて近距離に踏み込んでいく。
「ええ加減にしよし。あてもいつまでも付き合うてられんさかいに」
容赦のない聖光刃が次々と繰り出される。
それを見たハーフェズの左掌に、三重の魔法陣が浮かび上がる。
限界まで魔力障壁を強化して、一気に突破するつもりか。
だが、聖光刃の威力は魔力障壁など簡単に貫く。
三重に強化してなお、ハーフェズの体は斬り刻まれた。
それでも、急所は外して何とか間合いまで到達する。
「捉えたぞ、コンスタンツェ!」
ハーフェズの両足に、魔法陣が宿る。
前進の速度が急激に上がる。
それが、ハーフェズの切り札か。
目を慣らしたところでの加速。
漆黒の槍が繰り出される。
「あほらし」
だが、その一撃を簡単にコンスタンツェさんは切り落とした。
「速うさえすれば当たる、剣も槍もそんなもんちゃいますやろ。そないな丸見えの突き、よう当たりまへんわ」
「抜かせ!」
下に落とされた穂先を、ハーフェズは瞬時に立て直そうとする。
だが、大きい槍より、細身の剣の方が速い。
滑るような動きで一歩踏み込んだ聖騎士は、そのままハーフェズの胸を貫き、致死判定に追い込んだ。
「──残念ですが、やはり、武芸の鍛練が足りなかったようでございますね」
そう言いながらも、ダンバーさんはさほど残念そうではなかった。
結果はどうあれ、ハーフェズが踏み込んだことを評価しているのだろう。
これで、あいつがもう一段強くなると思っているんだろうな。
観衆の声援に応えて手を振る聖騎士。
ハーフェズは、地面に大の字になったまま、その姿を見つめていた。
それは、はっとするほど真摯な眼差しであった。