第九章 魔法武闘祭 -13-
メディオラ公の賭け率が、一・六倍。
オーレリアン公は二・八倍か。
観客は常連のメディオラ公有利と見ている。
これも、ベルトラン・ド・アルマニャックは気に入らないらしい。
「マリー、あのオーレリアン公ってのは、どういう人なんだい」
アルマニャック王国の人間に聞くのが一番かと、マリーに尋ねてみる。
マリーはちょっと首を傾げると、右手の人差し指を頬に当てた。
「うーん、何度かお会いしたことはあるけれど、女性には丁寧な方だったわよ。ねえ、ジャン」
「オーレリアン公爵位は、アルマニャックでは王太子に次ぐ高位。長年それを勤められるのですから、国家の柱石たる力量はお持ちです」
ふーん、アルマニャック王国での評判は悪くなさそうだな。
「教皇の一族シルヴェストリ家と、フロレンティアのアルメ家ががっちり手を組んでんねん。うちらとメディオラ公は対抗したいんやけれど、オーレリアン公は敬虔なルウムの信徒やって、教会の思い通りに動きよるんなあ」
ジリオーラ先輩から見ると、オーレリアン公の横槍が鬱陶しいようだ。
共和制を敷き、商業ギルドの商館もあるジュデッカ共和国は、聖修道会の影響も大きい。
ルウム教会とは、静かな緊張が高まっているようだね。
「だから、マリーはんを王国で保護しなかったんや。ルウム教会からマリーはんが邪教認定されてみなはれ。アルマニャック王家には、教会に立ち向かう気概はないねん」
ジリオーラ先輩の指摘は、厳しいが正鵠を射ていた。
だが、それではマリーはどうなるのか。
中等科を修了したら、マリーも選択を迫られる。
王国に戻るのか、それともヘルヴェティアの人間になるか。
「主様、始まりなんすえ」
おっと、それどころじゃないか。
ファリニシュに言われて、佇む二人に目を転じる。
自然体で構える二人に、武人としての技倆はほぼ互角と読む。
お互い、名高い軍人だ。
それほど力量に差はなさそうだ。
「試合開始!」
審判の声が会場に響き渡る。
一気に攻めるかと思いきや、お互い距離を取って踏み込まない。
静かな立ち上がりであった。
「ハンスのときと違うな」
メディオラ公は、ハンス戦では火弾を牽制で多用していた。
だが、今回は全く使おうとしていない。
「小手先の魔法が通じはささんせん。互いに間を測っておりんす。先手は恐らく、オーレリアン公でござんす」
ふむ。
「でも、二人の身長にさほど差がなくば、間合いは似たようなものになりそうだけれど?」
「オーレリアン公の細身の剣には、飛び込み突きがあるわ」
成る程、同じ武器を使うだけのことはある。
マリーの意見はもっともだ。
二刀を振りかぶって炎の如く構えるメディオラ公に対し、オーレリアン公は右手の剣を正面に突き出すようにしながらじりじりと進んでいる。
「いや、メディオラ公は攻めの構えだ。受けの竜牙剣ではなく、攻めの炎の剣を使うつもりだ」
再戦のときに備えて研究しているのか、ハンスがやけに自信ありげに断言する。
そうか、あの上段は攻めの構えか。
「オーレリアン公の間合いに入りんす」
ファリニシュが言った瞬間、両者が同時に動いた。
オーレリアン公は、左腕を振り上げた勢いを使い、右足で蹴って思い切り飛び込む。
右腕を極限まで伸ばし、メディオラ公の胸を狙った。
上段から振り下ろすより、軌道的に飛び込み突きの方が速い。
オーレリアン公には、勝算があったはずだ。
だが、メディオラ公の剣から文字通り火が噴き、その勢いで振り下ろしの速度が上がる。
先に届いたのは、メディオラ公の剛剣だった。
すれ違った後、オーレリアン公の左肩から黒い煙と血飛沫が上がる。
メディオラ公の胸にも僅かな傷があるが、かすめただけのようだ。
痛みのせいか、オーレリアン公の動きが一瞬止まる。
その隙を見逃すロレンツォ・スフォルツァではない。
振り向きざまに横殴りで斬撃を放ち、そのまま左右の連撃で攻め立てる。
受けにまわったオーレリアン公は、後方跳躍で間合いを取ろうとするが、メディオラ公が逃がさない。
遠間を一足で跳び、颶風のように斬撃を浴びせる。
剛剣を受けきれず、オーレリアン公の細身の剣が折れ飛んだ。
好機と見て、メディオラ公が一歩踏み込む。
この一歩の間合いが、威力を桁違いに跳ね上げるのだ。
だが、轟音とともにメディオラ公の斬撃がぴたりと止まった。
硝煙がたなびくと、メディオラ公が一歩、二歩と後退する。
オーレリアン公の右手には、単発式拳銃が握られていた。
銃身が短い分火力が弱いか、胸に命中しても致死判定は出ない。
「ぐ……わかっていても銃弾は避けられんか。だが、それも後は続かんだろう!」
再びメディオラ公は剣を振るうが、胸の傷のせいか動きが鈍い。
一歩後退したベルトラン・ド・アルマニャックは、単発式拳銃を投げ捨て、予備の細身の剣を魔法の袋から引き抜いた。
「動くと胸が痛むんじゃないか、ロレンツォ!」
「抜かせ。お前相手にゃこれくらい足枷があってちょうどいいんだ!」
次第に頭に血が昇っているのか、二人の言葉が乱暴になってきている。
だが、剣筋が乱れていないのは流石か。
それでも、互いに撃ち合う間合いがやや遠い。
動きが鈍くなったせいで、後一歩が踏み込めない。
それでも、メディオラ公の連打は止まらない。
守勢に回れば、今度は彼が苦しくなるからだ。
双剣を受けずに回避に専念する分、オーレリアン公は攻めに出られない。
炎を纏って振り下ろされる二本の剣を、オーレリアン公はよくかわし続けている。
「孤月!」
右上からの袈裟斬りをオーレリアン公が左に回避する。
振り切った瞬間左手の剣を警戒するが、意表を付いてメディオラ公の右手の剣がそのまま反動を付けて斬り上がってきた。
細身の剣が弾かれた。
オーレリアン公が一歩下がるが、それより速くメディオラ公が踏み込んでくる。
「幻炎剣!」
下がるオーレリアン公の頭上に炎の剣が迫る。
だが、ベルトランがそれを身をよじって回避しようとしたとき、ふっとその剣が消えた。
左から、メディオラ公の剛剣が薙ぎ払われた。
体勢を崩していたベルトラン・ド・アルマニャックは、それを回避できずに脇腹に食らう。
吹き飛ぶオーレリアン公に、追撃の右手の剣が振り下ろされた。
そこで、試合終了だった。
最後まで攻める姿勢を崩さなかったことが、メディオラ公の勝因だろうか。
ハンスが、何か満足そうに頷いている。
「最後のは、炎で剣の幻影を作り出したのか」
「使う機が絶妙でござんしたな。追い詰められたオーレリアン公は、幻を見抜く幅を失っておりんした」
激闘を制したメディオラ公が、誇らしげにジュリオ・チェーザレ・シルヴェストリのいる貴賓席に向かって、剣を突き上げている。
不機嫌そうに、枢機卿は貴賓席を去っていった。
その後を追うように聖騎士も歩き出す。
が、ふと立ち止まると振り向いてこちらを見た。
何故だか、その一瞬彼女がぼくを見て笑ったような気がした。
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