第九章 魔法武闘祭 -12-
今度は見えた。
弓手が構えて、右手が魔法の袋から矢を取り出しつがえるまでの動作が、瞬きする間に行われている。
そのまま、狙いを付けているとも思えぬ三連射がヤドヴィカに飛ぶ。
だが、少女の体から噴き出す炎が、彼女を護るかのように矢を捉え、焼き尽くした。
「アテシュ・シェイタナ」
お、ギレイが思わず呟いた言葉が、何となく意味がわかった。
ハーフェズもイスタフルのパールサ語で、似たような単語を使うからな。
ヤドヴィカの斧が、ギレイの頭上に迫る。
燃える大斧を避け、老人は大きく跳んだ。
帷子を着ているとは思えぬ軽捷な動きだ。
斧はギレイのいた地面を叩き、大爆発を巻き起こす。
おおう、凄いな。
あれでヤドヴィカは大丈夫なのか?
爆煙の中から、無傷の少女が現れる。
身に纏う炎が、強力な障壁となっているのか。
想像以上にヤドヴィカも強い。
一回戦で当たるのが、勿体ないくらいだ。
転がりながら、ギレイが再び三連射を放つ。
あんな体勢で、目が動きながらよく狙いが付けられるものだ。
だが、その矢もまた、炎の舌に捕まり、炭と消える。
「オーユン・ソナー・エルディ」
効かないと見ると、ギレイは素早く弓を魔法の袋に仕舞い込んだ。
「ユルディズ・クリジ」
新たに魔法の袋から取り出した曲刀は、不気味な輝きに満ちている。
あの爺さん、遠距離戦だけじゃなく、近距離戦もできるのか。
「隕鉄を鍛えし刀でござんすな。──あれだけの業物なら、国を買える額やもしりんせん」
「確かに、魔力も帯びている気配があるな」
ファリニシュの目は確かだ。
一目でその素性を見抜く。
しかし、これはぼくでもわかる。
あの曲刀は、明らかに危険だ。
再び大斧を振りかざし、ヤドヴィカが駆ける。
撒き散らされる炎が会場の温度を上昇させ、ギレイの額にも汗を生じさせる。
だが、流れ落ちるよりも前に、汗がすっと消えた。
なんだ、あれは。
「震えるほどの集中力でござんす。眼を見開きなんし──決まりんす」
灼熱の斧が振り下ろされる。
その瞬間、ギレイの姿がふっとかき消えたかと思うと、ヤドヴィカの背後に現れていた。
すでに、刀を振り切った態勢になっている。
爆散したかのように、ヤドヴィカの炎が消し飛んだ。
同時に、審判がギレイの勝利を告げる。
致死判定が入ったのか。
「弓も凄いと思ったけれど、刀は桁違いだ。クリングヴァル先生に匹敵するんじゃないか?」
「主様の言う通りでござんすえ」
ハンスたちも、唖然としている。
無理もない。
みな、ほとんど目で追うことができなかったのだ。
魔導画面でゆっくりと再生されているが、それを見てようやく観客席に歓声が上がる。
二回戦から出てくる推薦者たちは、頭ひとつ抜けた存在かと思っていたがそうでもない。
一回戦にも、化け物はいるもんだな。
「ア、アラナン君。あのヤドヴィカ・シドウォ嬢だって、恐ろしく強かったよね」
「強いね。他の相手なら、二回戦に進んでいたかもしれない」
「それを、あそこまで見事に一蹴できるものなのか……? 魔族っていうのは、そこまで強いのかな」
ハンスの疑問には、答える必要もなかった。
目の前で事実として明らかになっているのだ。
昔の大陸西方の人間が、彼らを魔族と呼んで恐れおののいたのもわかる。
デヴレト・ギレイは、誇示するかのように刀を高々と掲げていた。
間違いなく、彼は黄金の天幕の力を示しに来ている。
あんな連中に大挙して押し掛けられれば、ペレヤスラヴリ公国やポルスカ王国など、紙の如く撃ち破られそうだ。
「おいおい、ギレイの二回戦の相手、ストリンドベリ先生だぜ」
カレルが不安そうな声を上げる。
無理もない。
ストリンドベリ先生は、高等科の教師でも屈指の武闘派だが、あの男に勝てそうな未来が想像できなかったのだ。
「ビヨルン先生は強いっちゅうねん。莫迦にすな、阿呆!」
ジリオーラ先輩に頭を叩かれ、カレルは大袈裟に痛がりながら蹲った。
「スヴェーアの海賊戦士舐めたらあかんて! 学院最強やで!」
「はい、最強はジリちゃん先輩ッス! ごめんなさい」
迫力に負けて、カレルは何か訳のわからないことを呟いている。
やれやれ、しょうがないな。
「さて、いよいよ登場だよ、ハンス」
肩を叩くと、唇を固く結んでハンスが頷いた。
先刻承知だと言わんばかりだ。
そして、同時に待っていたアナウンスが会場内に響き渡る。
「さあ、いよいよ一回戦第八試合。一回戦最後の試合は、お馴染みのあの方の登場だ! 西から現れたるは、芸術の保護者にして傭兵隊長の星、メディオラの竜牙剣、メディオラ公爵、ロレンツォ・スフォルツァ!」
ハンスが負けた相手だ。
注目する気持ちもわかる。
何せ、武勇伝には事欠かない。
学院を卒業し、一介の傭兵隊長の身からメディオラ公に成り上がった男だ。
軍人として、ルウム教会の司令官を勤めるジュリオ・チェーザレ・シルヴェストリと並んで著名な人物である。
一時はアルマニャック王国に占領されていたメディオラを解放し、その功績で先代の公爵の娘を娶ったのだ。
ジュデッカ共和国などと結び、教皇を擁立するシルヴェストリ家とは対立しているため、今年は推薦を得られなかったのだろう。
貴賓席にいる聖騎士とジュリオ・チェーザレ・シルヴェストリにも見向きもしない。
「東から現れたるは、アルマニャック王国の誇る武人、真紅の薔薇騎士団団長、王国軍総司令官、アルマニャック王国王弟、オーレリアン公爵、ベルトラン・ド・アルマニャック!」
そして、最後にようやくアルマニャック王国の派遣してきた人物が出てきた。
今度は、ロタール公の手垢の付いていない、正真正銘の王族である。
更に、実のところ、ルウム教会の依頼でメディオラを占領していた将軍でもある。
無論、ロレンツォ・スフォルツァとの仲はよくない。
「成り上がりはやはり、育ちの悪さが隠せぬものだな」
わざとらしくハンカチを取り出し、オーレリアン公が鼻に当てる。
「失礼、武人は礼儀に疎いものですからな。礼儀だけでは勝てませぬゆえ」
鮮やかな手付きで魔法の袋から香水の瓶を取り出すと、メディオラ公は優雅にそれを手首に擦り付けた。
「薔薇の香りにしておきましょう。オーレリアン公は、薔薇がお好きのようですからな」
「──ふん。相変わらず口の減らぬ男よの!」
言い負かされた形のベルトラン・ド・アルマニャックは、顔を朱に染めて開始位置に戻る。
オーレリアン公は、茶色い革のコートの下に単発式拳銃と、細身の剣を提げており、身軽に動きそうな出で立ちだ。
一方、メディオラ公は二本の剣を携えている。
白いシャツだけ着て、上着は脱いでいる大胆な格好だ。
それが先刻、オーレリアン公の癇に障ったのだろう。
「シルヴェストリ枢機卿の手駒が大層な口を聞かれる。口よりも剣で証明されよ。さあ、参られい!」
双剣を構えたメディオラ公が吠えた。
戦場を叱咤する将の雷声。
びりびりと空気が震えるのがわかった。
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