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ルーの翼 ~アラナン戦記~  作者: 島津恭介
第一部 フラテルニア魔法学院編
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第九章 魔法武闘祭 -7-

「アラナン、変な顔すんなよ」


 ──いや、だって、まさかイグナーツの熊野郎だとは思わなかったんですよ。

 お前、何、今度はベール警備隊の制服なわけ?


「──熊のが似合ってた」

「ぶっ殺すぞ、てめえ」


 イグナーツが声を押し殺して怒る。

 まあ、遊んでいる場合じゃないな。どうしたんだろ。


聖典教団(タナハ)がフェストに潜り込ませたのは、二人だそうだ。そして、イフターハ・アティードが混ざっているらしい」


 え、本当に?

 凄いな、イグナーツ。

 ギルドでも掴んでないことをよく調べてこれるね。


「これでも、最前線でやつらとやりあってんだぞ。全く、人遣いの荒い連中だ」

「待てよ、一人はギデオン・コーヘンとしても……もう一人?」


 コーヘンは明らかにおかしい。

 わかりやす過ぎる。

 もし、イフターハ・アティードが潜入するとしたら、あんなわかりやすい潜入の仕方はしないだろう。


「でも、前半に他に怪しそうなやつはいなかったし、後は後半戦か」

「ま、後半戦は黒騎士(シュヴァルツリッター)が出てくるんだ。他の相手は気にする必要ないんじゃねえか」

「クリングヴァル先生が本命だよ。飛竜(リントブルム)の直弟子が、負けるところなんて想像もつかないよ」


 それでも、ハンスやイグナーツからしてみると、黒騎士(シュヴァルツリッター)が負けることの方が想像できないらしい。

 帝国最強の看板は伊達ではないというところなのか。


 情報を伝えると、イグナーツは立ち去っていった。

 あいつ、真面目に警備隊の仕事とかしてんのかな。

 オニール学長が用意したんだろうが、似合わないなあ、警備隊。

 取り締まるより、取り締まられる方に見えるよ。


 軽く昼飯を済ませ、再び観客席に戻る。

 後半戦は、もう始まりそうだ。

 すでに、会場には一人目の選手が出てきている。

 頭に鮮やかな青い布を巻いた色黒の戦士。

 あれは、イシュマール・アグ・ティナリウェン先輩だ。


「悔しいなあ、イシュマールに(フェスティヴィタ)出場の先を越されるやなんて」


 負けん気の強いジリオーラ先輩は、指を噛んで悔しがっている。

 二人の実力にはそんなに差はないからな。

 ジリオーラ先輩も、予選の組み合わせ次第で十分本選を狙えるだろう。


「東から現れたるは、ティオンヴィルの白き狼(ヴァイサーヴォルフ)、ロタールの誇る双翼、アルマニャックで最も典雅な男、ティオンヴィル副伯(ヴィコント)、オリヴィエ・クレマン・ド・サン=ジョルジュ!」


 アルマニャックの貴族制度は、アルビオンとはちょっと違う。


 アルビオンでは、元々男爵(バロン)という貴族階級があった。

 これは国王から封土を受ける直臣であった。

 後に大陸から公爵(デューク)侯爵(マルケス)伯爵(アール)子爵(ヴァイコント)の概念が入ってきて、男爵(バロン)の上の階級として国王が功臣に与えるようになった。

 これは、厳格に爵位に上下があるのが特徴だ。


 だが、アルマニャックの貴族は、公爵(デュク)(スカンザ民族の各部族の長)以外は役割が違うだけで身分に上下はない。

 辺境伯(マルキ)(辺境長官)、伯爵(コント)(地方長官)、副伯(ヴィコント)(小領主)、男爵(バーロ)(王の直臣)とあるが、それぞれ対等な関係である。


 要するに、アルビオンの貴族は国王に任命された家臣だが、アルマニャックは元々伯爵(コント)副伯(ヴィコント)という地方領主の集合体であり、大きな(コント)が親玉として公爵(デュク)(ロワ)を名乗っているに過ぎないのだ。


 そして、このオリヴィエ・クレマン・ド・サン=ジョルジュは、ロタール公を領袖にしている副伯(ヴィコント)というわけだ。

 マリーやジャンが、彼の登場と同時に嫌な顔をしたのも頷けるものだ。


「あいつ、ロタール公の使者でうちに来たのよ」


 当時を思い出してか、マリーは思いっきり顔をしかめる。


「ジャンが平民の出だと知ると、思いきり莫迦にしてくれたわ。貴族を鼻に掛けた嫌な男!」


 まあ、マリーさんや、貴女も貴族ですけれどね。

 でも、そういう姿勢のがマリーらしい。

 その方がぼくも好きだよ。


「で、強いのかい、あいつ」


 そう聞くと、ジャンが渋々といった感じで口を開く。

 言いたくない雰囲気を、存分に醸し出してくれるな。


「強いですよ。残念ながら、わたしを初め、アルトワ伯爵家の騎士では誰も相手になりませんでした。流石にロタール公はいい騎士を揃えているものです」


 ふーん、あんなやつがねえ。


 ティオンヴィル副伯は、儚げという言葉が似合いそうな端麗さと線の細さを持っている。

 長い金髪も透き通るように細いし、睫毛も女性のように長い。

 容姿だけは完璧な美しさを持っている。


 だが、細身の剣(エペ・ラピエル)を持つ手も異様に滑らかで白く、剣など持ったことがないように見える。

 あれで強いって?


「──どう思いますか、ジリオーラ先輩」

「あんななよっとしたん弱いんとちゃう? イシュマールはあれで、剣は高等科で一等やで」


 ティナリウェン先輩の故郷イフリキアは、南の大陸の北辺にある黒石(カアバ)教徒の国だ。

 南方大陸の出身者は、素の身体能力がえらく高いのが特徴だ。

 イシュマール・アグ・ティナリウェンもその例に漏れず、身体強化(ブースト)を使うとジリオーラ先輩の流水(コッレンテ)でも捌くのに苦労するという。


 うん、まるで美女と野獣の対決って感じだな。


 学生のティナリウェン先輩の券は人気がないが、ティオンヴィル副伯の外見を見た観客はこちらも買えず、結局倍率はオリヴィエ・クレマン・ド・サン=ジョルジュが一・九倍、イシュマール・アグ・ティナリウェンも一・九倍となった。

 どっちも二倍いかないのかよ、胴元め。


試合開始シュピール・シュターテン


 開戦の声とともに、ティナリウェン先輩の体が砂漠の魔風(シムーン)に包まれて消えていく。

 あの砂、相変わらず探査系の魔法を妨害するな。

 結構、あれは技術がいるぞ。


「やれやれ……蛮族はこれだから頂けない。このわたしに砂まみれになれとでも言うのかい?」


 サン=ジョルジュが指をひとつ鳴らすと、彼の体の周囲を気流の鎧が覆った。

 そのまま彼は、恐れる様子もなく視界の通らぬ砂漠の魔風(シムーン)の中にずかずかと入っていく。


「あかん、うちでも見えへんわあ、あれ」

「わたしも駄目よ。アラナン、貴方はどう?」


 実のところ、ぼくには見えていた。

 強化した看破眼(シャープアイ)のお陰で、二人の魔力の流れが光って見える。

 だから、どう動こうとしているかが丸わかりだった。


「サン=ジョルジュが纏った気流が、砂漠の魔風(シムーン)を押し退けている。あいつ、属性魔法(アトリビュート)も使えるんだな。ティナリウェン先輩は、偃月の牙(アルヒラールナーブ)の態勢に入っている。いまのうちに勝負を決める気だ」


 ティナリウェン先輩の剣の刃が、魔力物質化(マテリアリゼイテョン)で伸びる。

 まだ間合いに入っていないと思っているサン=ジョルジュに向けて、横凪ぎにその長大な刃が振るわれた。


「サン=ジョルジュは気付いていない。いや、何だ、いきなり……」


 絶句した。

 それだけ驚愕だったのだ。

 全く感知してなかった攻撃を、サン=ジョルジュは鮮やかに跳躍して回避していた。

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