第九章 魔法武闘祭 -5-
オリガ・レヴニナの銀色の甲冑が、紅蓮の業火に飲み込まれた。
連続の竜炎の三角形に、レヴニナの魔法が間に合わなかったのだ。
勝者ハーフェズのコールが鳴り響く。
あんにゃろう、余裕で一回戦勝ち上がりやがったな。
魔法陣の展開速度も前より少し上がっているし、何処まで強くなることやら。
「高等科のエリオット卿ですら、一回戦で敗退したのに、ハーフェズは凄いわねえ」
むっ、マリーがハーフェズを褒めていると、何故か気分が悪い。
いけない、いけない。
レオンさんみたいにクールにならないとな。
「あの火力は羨ましいよ。剣もなにも意味がないよね、あれだと」
「いや、ハンス。真の剣の達人は、属性魔法くらい斬り裂くらしいぞ」
「ええっ、それ誰が言ったんだい、アラナン君」
「クリングヴァル先生だよ。かつて、剣で魔法を斬った男を見たことがある、と」
誰がやったかまでは、教えてくれなかったけれどね。
でも、ハンスはそれを聞いて新たな目標を見出だしたみたいだ。
横たわるレヴニナの姿に、ペレヤスラヴリの応援団から悲鳴が漏れ聞こえてくる。
だが、レヴニナは元気そうに立ち上がり、心配するなと右手を上げた。
致死判定のときは自動結界が作動するからな。
大したダメージはないはずだ。
「なかなかの強者であったな、オリガ・レヴニナ。だが、欲を言えばもう少々歯応えが欲しいところだ」
不遜に嘯くと、はははと笑いながらハーフェズが退場していく。
昔から人を食ったやつだったが、最近は辛辣さが加わってきた気がするな。
周囲に対する要求水準を上げたというべきなんだろうか。
それでも、オリガ・レヴニナは胸を張って退場していった。
頭を上げて去っていくレヴニナには、公国を背負っている誇りが感じられた。
負けた後もなお、見られていることを忘れない。
いい根性をしているな。
「オリガ・レヴニナの氷雪魔法は、専門家から見てどうだったんだい」
ファリニシュに尋ねたが、狼はちょっと優しい眼差しになっただけで答えなかった。
何か思い出すことでもあったのかな。
そんなことをしていると、またアナウンスが聞こえてくる。
どうやら、午前中にもう一試合あるらしい。
結構詰め込んでいるな、運営。
長い試合ならどうするんだろう。
「驚愕の第三試合に続きまして、第四試合! 西から現れたるは、セイレイスの誇る四大将軍、黒騎兵を率いる生ける災厄、フルヴェート王国を征服した猛将、砂漠の鷹、ターヒル・ジャリール・ルーカーン!」
実況員はヴィッテンベルク語で言ったが、バーディヤ語で砂漠の鷹と言った方がしっくりくる。
のっそりと出入り口から現れたのは、右頬に大きな傷がある酷薄そうな男だった。
でかい。
身長が七フィート弱(約二メートル)はある。
頭には白い布を巻き、ゆったりとした白の長衣を腰帯で結び、その上から丈の長い茶の革のベストを羽織っている。
黒騎兵の中にあれがいたら、相当目立ちそうだな。
「あれが、ここ十年帝国を脅かしている男だよ」
ハンスの口調に僅かに恐怖が混じる。彼にしては珍しい。
「西進を続けるセイレイスの軍団は三つあってね。そのうちひとつがあの男の率いるバーディヤ人の騎馬軍団さ。マジャガリーに北上してきた別の軍団は、エーストライヒ公とモラヴィア辺境伯が援軍に出向いて撃退してね。それ以降大規模な侵攻はないが、そろそろきな臭い頃だ。ターヒル将軍が来たのは、セイレイスの武を見せつけるためじゃないかな。あの傷を付けた黒騎士と決着を付けると公言してるし」
黒石教徒の波に対して、ルウム教会と帝国は必死に防波堤を築いている。
東方にあったルウム帝国も滅ぼされ、セイレイスに飲み込まれているからな。
タルタル人の侵攻以来の西方世界の危機かもしれない。
「東から現れたるは、最強のスパーニア陸軍を率いる元帥、スパーニア・ヴァイスブルク家の結晶、四十五人の妻を持つ男、アルカサル公爵、王弟バルタサール・サエンス・デ・スパーニア殿下!」
南の大陸から押し寄せてきた黒石教徒によって占領されていたエイベリカ半島を、再びルウム教徒の手に取り戻す原動力となったのがスパーニア王国である。
その軍団は陸軍海軍ともに鍛えられ、大陸西方でも最強と噂される練度を保っている。
そのうち、陸軍を率いているのが、このバルタサール・サエンス・デ・スパーニアというわけだ。
軍人というには不似合いな美麗さを持った男だな。
真っ直ぐな黒髪を肩まで垂らし、右は黒、左は碧という珍しい色違いの瞳を持っている。
如何にも戦士というわかりやすいターヒル将軍に比べ、アルカサル公はともすると文弱の徒のように感じてしまうな。
「実際、あん御方は学問もえらいんやで、アラナン」
ジリオーラ先輩は、アルカサル公爵が贔屓らしい。
ジュデッカ共和国は海の交易でスパーニアと取引が大きいから、よく知っているのかもしれない。
「ぎょうさん本も書いてはる。世の中には知勇兼備なもんもおるて、ほんま」
学問か。
エアルにいた頃は色々と詰め込まれたが、最近は魔法と武術の鍛練ばかりだ。
少しは学問もやらないとなあ。
発表された賭け率を聞くと、砂漠の鷹が一・八倍で、アルカサル公が二・一倍か。結構接近しているのね。
いい勝負になると思っている人が多いのかな。
砂漠の鷹ターヒル・ジャリール・ルーカーンが持っているのは、長大な槍である。
柄まで黒光りする鉄で作られており、二百ポンド(約九十キログラム)以上ありそうな代物だ。
あれは普通に一撃食らうだけで、頭も割られるだろう。
よくあんなのを振り回せるな。
相対するアルカサル公バルタサール・サエンス・デ・スパーニアは、刺突剣を半身になって構えている。
戦場にいる佇まいの砂漠の鷹に対し、アルカサル公は決闘に臨むような出で立ちだな。
これが、どう影響するか。
「試合開始!」
合図が掛かったが、二人ともすぐには動かなかった。
砂漠の鷹は、じっと相手を睨み付けて動かない。
アルカサル公は、それに対し、じりじりと円を描くように横に移動していた。
「太陽の光を嫌ったんや」
ジリオーラ先輩が看破する。
なるほど、大分昇ってきたとはいえ、まだ太陽は東の空にある。
それを背にされては戦いにくかろう。
「アルカサル公が仕掛けるで」
少しずつ位置を変えていたアルカサル公の足が止まった。
態勢が整ったかな。
「太陽の光輪!」
うお、アルカサル公の背後に強烈な輝きが!
思わず目を瞑りそうになるが、咄嗟に看破眼の光量を落として調節する。
む、光を背に、アルカサル公が彼我の距離を一瞬で詰めている。
ターヒル将軍は、光に眩惑されて視界が閉ざされている。
「移動突き!」
長距離から一気に飛び込んだアルカサル公は、その勢いのまま右手の刺突剣を砂漠の鷹に突き立てた。




